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第4話
ファリーの逃亡がばれないように、私は洞窟に空いた穴をふさいだ。
強固に守られたこの城壁の中からファリーを逃がすため、私と母は10年がかりで壁の外から洞窟に続く抜け道を、トンネルを作った。
母が死んでから、トンネルの掘削はなかなか進まなかった。
このトンネルが、洞窟に到達したのは、ファリーを逃がす実に2週間前のことだ。
私は眠るファリーをトゥールに託し、私はファリーの逃亡が知られないように、裏工作をした。
私はいったん自宅に戻り、ジェルファには警戒が必要だからしばらく戻れないと伝え、私はローブを深くかぶり、ファリーに成りすまし神殿のファリーの部屋にこもった。
幸いにして、混乱のさなかで、私がファリーでないと気付く者はいなった。
その日の晩も、父はファリーの部屋を訪れたが、扉は開かれなかった。
そして翌日になっても閉じ籠っていることに業を煮やした父が、翌日の昼間、族員を動員してファリーの部屋の扉を壊したことでやっと、ファリーの不在が露見し、私は希少なオメガを逃がした罪で捕らえられた。
それから三日が過ぎた。
私は連日、ファリーの行方を問われ、拷問された。
爪という爪はすべてはがさた。
瞼も重く開こうとしない。
だが私はまだ、死ねなかった。
そして、気の優しい刑吏のフフドの泊番の時、私は床に這い、泣きながら懇願した。
「お願……いだ…! ガリアを……呼んでほしい。
ジェル……ファのこ……とが気…がかり……なんだ! 頼……む!」
翌日の晩、私は朦朧としながらも、ガリアの訪れを知った。
私は感覚のない手をガリアに伸ばした。
「ヌート様……ジェルファは泣いています。
なぜ、こんなことに?」
もう少しだ。
母さん。
私に力をくれ。
「ガリア……できるだけ早く、ジェルファを嫁にもらってくれ。
奪ってもいい……父から遠ざけろ!」
私は可能な限りはっきりと、ガリアに告げた。
「ヌート様……それは、どういう!!
まさか族長がジェルファを害するとおっしゃっているのですか?」
「……もう、ファリーはいない。
私も、もうすぐ、いなくなる。
その後父がどうなるか、分からない。
だが……ぐっ……ジェルファは……似すぎている……ファリーに。
どうか、守ってほしい!
たの……む!」
あと少し。もう少し力をくれ。
「……トゥールは生きている」
「え?」
「……ファリーは今、トゥールと一緒にいる……。
いつか、父を倒すために、トゥールは戻る……だから!
……希望を失うな!
皆にそう伝えてくれ!」
それだけ告げて、私は瞳を閉じた。
未だガリアの声が聞こえていたが、もうその声は遠くなりつつある。
母上……僕はもう……貴方の元へ行っても、いいでしょうか?
最後の瞬間、私の脳裏には、子供の頃、まだ何も知らなかったその日の家族の笑い声が響いていた。
ああ……やっと……。
そして私は永遠に、目覚めることのない眠りへとついた。
それから、12年の時が流れた。
ボウド族の城壁を一望できる丘の上に、新しい墓が築かれていた。
その傍らには、ガリア、ジェルファ、そして二人の間に生まれた3人の子供。
それから一年前突然現れるや、近隣のアルファの中でも恐れられていた族長のバウニーを打ち負かし追放して新たな族長となったトゥールと、その番のファリー。そしてその子供が2人。
その者たちが、罪人として葬られていたヌートの墓を掘り起こし、この丘に埋葬しなおしたのだ。
ガリアは墓標に跪き、華を手向けた。
「ヌート様……我らベータはアルファに絶対服従……それから逃れることはできません。
だがそのアルファが正常な判断が下せなくなったとき、私たちを救ったのは、ほかならぬ貴方です。
私にとって、貴方は純然たるアルファに他なりません」
ガリアの言葉を聞きながら、ファリーは今も耳朶に残る、ヌートの言葉を思い起こした。
睡眠薬を含み、眠りに引きずり込まれるその前、目を閉じた後に聞こえた、兄さんの言葉。
「私のファリー……。
愛している……。
私が死んだ後でも、私の心は永遠にお前のものだ」
囁くように告げられた言葉は、狂おしく甘くファリーの心に焼き付いている。
(トゥール……。
私は誰よりもあなたを愛しているけど……。
ヌート兄さんほど、私を愛し、守ってくれた人はいない。
あなたですら、敵わない。
だからあなたは|番(つがい)だけど、二番目。
ヌート兄さんの、次……)
私は涙を落としながら、兄さんの墓標に触れた。
その瞬間、私の頬に風が撫でるようにそよいだ。
……兄さん? そこにいるの?
私は風の行く先を、いつまでも見つめていた。
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