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第3話

 すべてが狂ったのは、30年前ほど前のことだと母から聞かされた。  父バウニーの番のオメガが死んだのだ。  流行り病であっという間のことだったというが、詳しいことは聞かされていない。  アルファである父にとっては、かけがえのない番。  生まれてすぐに引き合わされ、一生をともにするはずの番を、まだ成人もしていないうちに失うことはどういうことなのか、その半身を失った悲しみは、ベータたる私には、分かるはずもない。  だが部族で唯一のアルファであった父には、族長を継ぐ義務があった。  結局、亡くなった番の妹だった母が、父と婚姻した。  ファリーが5歳を迎えたあの時までは、本当に幸せで、どこにでもいる愛情にあふれる家族だったと思う。  唯一違っていたのは、ファリーの番で、貴重なアルファであるトゥールを、近隣の族から引き取り、ともに過ごしていたことだ。  父が番を失ったことは、いろいろな軋轢を生みだしていた。  本来、父の番から、次の族長となるアルファが生まれてくるのが普通だ。  だかいないという事実は、変えようがない。  次の族長になるべきアルファが、わがボウド族に生まれてこないということは、族人たちに大きな影を落としていた。  だが私が7歳の時、オメガのファリーが生まれた。  これは瑞兆だった。  オメガとアルファはともに過ごす。  ファリーの生まれるちょうど、一年前グルス族に二人目のアルファが生まれていた。  父はファリーが生まれると、グルス族に申し入れをし、アルファたるトゥールを引き取った。    それから瞬く間に5年が過ぎた。  私は12歳になっていた。  毎日のように、トゥールとファリーは一緒に過ごす。  アルファとオメガの親密さには、驚かされる。  常に一緒にいて、引き離されると途端に、火がついた様に泣き出す。  二人はまさに番同士だった。  そんな幸せな生活は、突然、終わりを告げる。  今思えばその少し前から、前兆はあったのだ。  明るい性格であった父が、次第に無口で、笑わなくなった。  そして、屋敷の中庭で子供たちが集まって遊んでいた時に、父は異様な雰囲気でこちらを(今思うとファリーを)見つめていた。  そんなある晩のこと、明日、トゥールを旅に行かせると、父が言い出した。  次期アルファたるように、心身ともに鍛えると。  しかも、ファリーは残るという。  番同士のアルファとオメガを引き離すなど、聞いたことはない。  だが、アルファの父の言葉は絶対だった。  その晩、ファリーは突然トゥールと引き離され、いつまでも泣いて悲しんでいた。  だから私はファリーが泣き疲れて眠るまで添い寝していた。  もちろんファリーが眠ったら自分の寝台に戻るつもりだったのが、私自身、疲れていて、そのままファリーを抱きかかえるようにして、眠ってしまったのだ。  異変は、夜半に起きた。  眠っていた私は、息苦しさに目を覚ました。 「ファリー……ファリー……」  私は背後から、父に圧し掛かられていた。 「ち……ちうえ! 何を!」  叫ぼうとしたが、私の口は父によって塞がれる。 「ふ……ぐぅぅぅ……」 「かわいい……ファリー……私のオメガだ……私の……!!」  私に、何が出来ただろう。  小さい私の体は、大きく力が強いアルファの父に、瞬く間に蹂躙された。 「ヌート! ヌート!」  私は翌朝未明に凌辱されたままの姿で発見され、泣いている母に揺り起こされた。 「……ひどい! ヌート!  いったい何が!」 「……母上……ファリーは?  ファリーは……無事ですか?」  私がうっすらと目を開けると、まだ眠りの中にいるファリーを見つけ、安堵した。  それから私と母は、すべてをかけて、ファリーを守った。  まず私たちはトゥールを匿うことから始めた。  旅行と称してトゥールを滅しようとすることは、明らかだったからだ。  まず、年恰好の似ている孤児を用意しトゥールの身代わりとした。  父にばれるのではないかと私たちは恐れたが、父はトゥールの見送りには姿を現さなかった。しかも、トゥールの同行者に、身分の低い男を選んでおり、その者はトゥールに会ったこともなかったので、その点はうまくいった。  もっともその男は、父にとって最初から捨て駒だったのだろう。  1週間もしないうちに、その男と子供は旅先で殺害されたのだから。  そのことが発端となり、トゥールを譲ってくれたグルス族と、長きにわたる軋轢が始まる。  そして私たちは秘密裏に、トゥールを遠方の親戚へと預けた。  私と母がトゥールを送り出した時、まだ眠っていたトゥールが目を覚ました。  私はまだ幼いトゥールに語りかけた。 「トゥール。  今はお前を守るためにファリーと離れ離れるなるが……いいか?  お前はいつか、この族を継がねばならない。  それも、我が父バウリーを倒して、奪わなくてはならないのだ。  だからまず、お前は強く、賢くなるのだ。  そして、ファリーが15になったら、必ず迎えに来い。  私はそれまで、ファリーを……命に代えても守る。  必ず!」  私の言葉の意味が、幼いトゥールに分かっただろうか?  だがトゥールは黙って私の言葉を聞き、最後に大きく頷いた。  ファリーが15になれば、発情期が始まる。  そうすれば、どんな策を講じても父を止めることはできなくなる。  だが、その時トゥールはまだ16で、父は45……。  ……いや、先のことを考えすぎるのはやめよう。  少なくともあと10年、ファリーを守らなければならない。  私がアルファなら、今すぐ父を殺してでも止められるのに。  だが族長たるアルファを失えば、近隣の族に瞬く間に攻め込まれ、滅ぼされてされてしまうことは間違いない。  ベータである私には、族を救うことはできないし、アルファでなければ皆が従わない。  そして私と母は、翌日から神殿に隔離されたファリーを守るため、あらゆる手を講じた。  扉を頑丈なものに変えたり、鍵をつけたり。  考えられることはすべて行った。  そして私は父の凶行をファリー及ばせないように、密かに父の閨に通い続けた。  一日も欠かさず、ずっと。  ベータである私だが、父をだますのはたやすいことだ。  私はいつも、ファリーの匂いのついた服を持参していた。  最初は子供たちの教育を統括していた母が、それを用意していた。  その仕事を引き継いだ私には、そんなものを用意するのはたやすい。  武術訓練の際、あらかじめ大き目の服をファリーに渡すだけで済むのだから。  父はファリーの匂いを嗅ぐと、その欲望が止まらなくなる。  私は毎日のように、失神するまで犯され続けた。  前戯もなにもない、獣のような交合だった。  だが私も、失神してしまった後のことは、知り様がなかった。  だから母は、それから毎朝ファリーの体を調べることにした。  それが、朝のチェックの始まりだった。  ファリーからすると、私たちの行為は受け入れがたい屈辱的な行為だっただろう。  だが私たちは、常に不安だった。  父の凶行がもし、幼くか弱いファリーに行われていたら、ファリーは壊れてしまう。  そして張り型を入れて、ファリーの後孔をほぐすように慣れさせたのには理由がある。  それは、私が長年父の情愛を我が身をもって受け止めていたからだ。  トゥールがどのようにファリーを抱くかは分からない。  だが私にとってアルファのセックスは、激しく、とてつもなく長い。  私は、自分で張り型を入れ、自らの後孔をほぐすことで、その苦痛が和らぐのを知っている。  ファリーの初潮がきた、12の時からずっと、最初は母によって、それから私の手によって、ファリーは張り型を強制的に入れさせられていた。  ファリーの苦痛が少しでも減るように、私は張り型に十分に油をしみこませ、ファリーの後孔を、指で優しく開いてから、張り型を入れていた。  ファリーがその愛撫に、反応するようになったのは、いつからだっただろう。  いつからだったか、あまり覚えていない。  だが最初にファリーのペニスに触れた時のことは、よく覚えている。  私はいつものように後孔を指でほぐしていた。  その少し前から、ファリーは私の指の動きに合わせて喘ぎ声を漏らすようになっていて、私の心はいつもかき乱された。  そしてあの日、ファリーは苦しく吐息を漏らす中で私に「さわっ…て……お、ね…がい! 兄さん!」と訴えてきた。  その時、私の心もまた、何かが壊れた。  私は導かれるまま、ファリーのペニスに手を伸ばして、それを優しく愛撫した。  その間、私の頭の中には、最初の晩の父の言葉が鳴り響いていた。 『かわいい……ファリー……私のオメガだ……私の……!!』  ファリーが私の手の中に精を放った途端、私は激しい自己嫌悪に陥った。  何事もなかったふりをしてファリーの体を拭き、身支度を整え、食堂で食事を済ませた後、私はいったん家に戻り自室に引きこもると、一人哭いた。  その頃母はもう死んでいた。  私はたった一人、ファリーを守っていた。  だが母が亡くなると、ファリーは途端に反抗的になり、朝のチェックや張り型を入れるのを嫌がるようになっていた。  だから私は、卑怯にもファリーが心のよりどころとしていたジェルファを利用した。  ジェルファに会わせないと言ったこともあるし、私の愛撫に反応するファリーの淫らな身体のことをバラすと脅してみたり。  それはもちろん、ファリーを守るためにそうしていたことだ。  だがその私が、ファリーを穢そうとしている。  自らの手で。  ……実をいうと、そのころすでに、私のペニスは役に立たないものとなっていた。  ある時から父からどんな愛撫を受けようが、全く反応しなくなったのだ。  しかしあの瞬間、私はファリーに激しい情愛を抱いていた。  もし私が普通に勃起できていたら、力ずくでファリーを自分のものにしてしまっていただろう。  だが私は次の日も、その次の日も、ファリーを愛撫することをやめられなかった。  どれほど自己嫌悪しても、心を苛まれても、ファリーの上気し赤く染まった肌を見て、その甘い匂いを嗅ぐと、私は自分の欲望に負けた。  私はファリーが可愛かった。  それが父と同じように歪んだ愛情であることを重々知っていたが、止めることが出来なかった。  そして、あの日は唐突にやってきた。  もちろん、その時期が近づいていることは知っていた。  あとひと月もすれば、ファリーは15になる。  ファリーの発情期が始まれば、臭いに猛る父を止めておける人物はいない。  だが私はファリーを、手放せるだろうか?  私がそんな不安に苛まれる中、ジェルファに野営の話を聞いた私は、それがトゥールだと確信していた。  私は急いでその野営の話をしたというガリアに接触し、硬く口止めした。  私の心は、二つに引き裂かれそうだった。  ファリーを手放したくない思いと、本来の番であるトゥールに渡さなければ、ファリーの幸福はないという思い。  だが私は、ファリーを失うことなんて、考えられなかった。  ファリーがいなければ、とても生きていけそうにない。  だが次の朝、ファリーは私の愛撫を拒んだ。  私は冷や水を頭からかけられた気分になった。  だがそのことがなければ、私はとてもトゥールにファリーを渡すことが出来なかっただろう。  どれほどファリーが傷つけられようが、私は手元にファリーを残したかもしれない。  そして、そのころ同時に、私には気がかりなことが増えた。  父がファリーを見つめる視線がきつくなりはじめたこと。  そして、オメガより男らしく成長した私の体を、父が次第に拒絶し始めたこと。  私は午後の武術訓練でいつもよりきつくファリーを攻め立て、ファリーの大量の汗がしみこんだ服で、何とか父をつなぎ止めようとした。  数日はうまくいった。  ファリーの部屋の鍵が壊されていたちょうどその日の夕方、私は山中で隠れ潜むトゥールと接触に成功した。  トゥールは私がそれまであったことのあるどんなアルファよりも美しかった。  私はファリーを逃がす算段が出来たら、東の塔にのろしを上げると言った。  それを待ち、慎重に山中に潜むように告げ、私と母が準備していた脱出計画の全容を教えた。  トゥールは10年前の私の言葉を覚えていた。 「今まで、ファリーを守ってくださり、ありがとうございました」  屈託のない笑顔で、トゥールにそう告げられた私の心に、罪悪感が募っていた。  私はファリーの体を守った。  だが私は心の中で、何度となくファリーを犯し穢していたのだから。  私が陽が沈むころ、私はファリーの部屋に赴いた。  ファリーはあどけない顔で、眠っていた。 (ファリー……愛している……誰よりも)  私はファリーの顔を、右手で優しく、愛おしく撫でた。    そして……指先が唇に触れると、ファリーの唇が濡れて輝き、私を誘惑した。  私は震える手で、左手で、無理矢理ファリーに触れる手を引き寄せた。  私はいつしか涙を落としていた。  30分ほどそうしていただろうか……ファリーが寝返りを打った。  そして私は涙をぬぐい、ファリーの肩をゆすって、ファリーを起こした。  もうすぐ、ファリーはいなくなる。  私は一秒でも長くファリーと一緒にいたかった。  そのまま寝かせていることもできたのに、深く眠り込むファリーを起こしたのだ。  だが私はそのことで、もう時間がないことを、まざまざと知らされた。  父が、ファリーの部屋の鍵を壊したのは疑いようのない事実だ。  私は深い父の執念を思い知ったのだ。  私はファリーに身を守るための指示を与え、何とか父を防げないものかと、父の寝所に向かおうとしていた。  その時、ファリーの様子がおかしいことに気付いた。  ファリーは勃起していた。  先ほどまで、私が会っていたトゥールの匂いに、敏感に反応していた。  番の絆は離ればなれでも薄れることはないのだと、私は切ない気持ちでファリーを見つめた。  いつしか部屋は、ファリーの放つ甘い匂いで充満していた。  私はファリーに発情期が来たのではないかと恐れたが、私の愛撫を受けて、ファリーの匂いが薄れてきた。  ぐったりと横たわるファリーの頭を、私は撫でた。  もう、時間はない。  明日、決行しようと、私は決意した。  そのためには、今夜を乗り切らなくては。  私はファリーに命じて、扉を固く閉ざすようにした。  ファリーの部屋の扉は、非常に硬い紫檀に付け替えられている。  父であっても壊すのは容易ではないだろう。  だが私はさらにタンスで塞ぐように指示し、実際にその強固ぶりを確認した。  それからしばらく、私は父の姿を探した。  父の姿はなく、私は焦り、神殿中を探し回った。  夜半過ぎ、私は背後から殴られて昏倒した。  夜明け前に目が覚め、いそいでファリーの部屋に向かった私は、ボロボロになった扉の惨状に、息を飲んだ。  硬い紫檀の扉には大きな斧がいまだに突き刺さっており、何度も切り付けられた跡が残っていた。 「ファリー! ファリー!  大丈夫か?」  私は声を限りに叫んだ。  返事がなかった。  私は焦る気持ちでドアを叩き続けた。  ファリーが無事なことを知ったとき、私がどれほど安堵したか……それを言葉では言い表せない。  私は深く、ファリーを抱きしめた。  私の……私のファリー。愛している。  泣きじゃくるファリーは聞いていなかっただろう。  だがいい。  私はもう十分に救われた。

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