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第1話
まどろみの中、千歳悠人(せんざいはると)は同じベッド上に横たわる人の気配を感じて手を伸ばした。
頭から肩にかけて手でなぞったその感触は……。
「 怜……?」
が、次の瞬間目を開いた悠人の目に飛び込んできたのは誰もいない空虚な空間のみであった。
そもそも薬学部で共に学んだ山村怜(やまむられん)とは、そういう関係ではない。
完全な、悠人の片思いだったのだ。
当時 怜には交際している女性がいた。
怜には今、恋人がいないんじゃないか?
本人に聞いたわけではないが、そう思う根拠がある。
交際している女性がいれば、泊まる場所がないと、悠人の部屋に転がり込んでくるはずがない。
「しばらく泊めてくれないか?」
怜から突然連絡があったのは10日ほど前の夜遅くのことだ。
聞くと、住んでいたアパートが火事になり、帰れない状況になったそうだ。
同窓会などで年に一度は会っていたと思うが、個人的に連絡が入ったのは大学を卒業して以来のことではないだろうか?
10年以上もたっているのに、 怜への思いは少しも薄れた様子はなかった。
電話越しに声を聴いただけで舞い上がってしまい、二つ返事で了承してしまったのだ。
怜がこの部屋にやってくると思うだけで、胸がきゅんと締め付けられ、鼓動が激しくなった。
大学で一緒に学んでいた時は金藤剛志(かねとうたけし)という社交的で面倒見のいい友人が中心にいた。
よく考えてみると、怜と悠人が二人きりになるのもこれが初めてのことだった。
正直、返事を早まった、と思った。
冷静でいられる自信がとてもなかった。
しかし電話があって2時間後に、怜はやってきた。
怜の荷物は紙袋一つで、中には買ったばかりだという下着や身の回りの小物を詰めていた。
「大変だったな……」
悠人は疲れた様子の怜に、淹れたてのコーヒーを手渡した。
大学に入るまで、悠人は苦みのあるコーヒーが苦手だった。
しかし怜を真似して、飲むようになり、今ではなくてはならない存在になっている。
「ん………。
ふぅう。
やっと一息つけたよ……」
キッチンの椅子に腰かけ、コーヒーカップを傾ける怜に、悠人はぼおっと見惚れてしまう。
コーヒーの香りのせいで、大学の頃に抱いていた切ない思いが思い起こされたようだ。
悠人は怜がコーヒーを飲み終わるのを待って、客間に案内した。
少ない荷物をほどきながら、怜はシャワーを使いたいと言った。
悠人は浴室と洗面所の場所を教えた。
シャワーを浴びている間に着古したトレーナーとジャージのズボンをパジャマ代わりに準備して、先に休むからと、浴室の中にいる怜に声をかけ自室に戻った。
怜としばらく同居すると考えるだけで、鼓動が早くなる。
悠人は部屋に戻ると、常用している睡眠薬を口に含んだ。
最近、悠人は職場での悩みを抱えており、眠れぬ日が続き、睡眠薬に頼る日が続いていたのである。
まさか違う理由で眠れなくなるとは思ってなかったな……。
悠人はベッドにもぐりこみながら、やがて来る睡魔を待ちわびた。
「悠人……」
睡眠薬の影響で朦朧とした悠人の首筋に、熱を帯びた唇の感触が落とされた。
「………怜?」
薄明りの中、怜の姿が浮かび上がる。
冷たい指が悠人の寝間着代わりのシャツの前を開き、胸に柔らかく触れる。
悠人は吐息を漏らした。
心地よさに、思わず背筋を反らし、ねだるように胸を突き出してしまう。
「うぅ……怜……」
怜の指が悠人の乳首をキュッとつまんだ。
衝撃に、悠人は息を詰める。
ああ……そんな……。
混乱し、何も考えられない。
怜は悠人の感じるところをすべて知り尽くしているかのように、耳朶を舌で愛撫している。
悠人は下肢へと血が集中するような感覚に襲われた。
すでに自分の欲望の証は熱を帯び始めている。
悠人はたまらずそこに手を伸ばした。
布越しに数回刺激しただけで恥ずかしいほどに硬く屹立してしまい、悠人は思わず愛撫を続ける怜を見上げた。
「……触ってほしいのか?」
耳元でささやかれ、悠人は夢中で頷いた。
怜はクスリと笑みをこぼした。
途端に悠人は不安になる。
淫らすぎる……?
少し愛撫されただけで、こんなにも高ぶっている。
だがそれは杞憂だったようだ。
悠人の手を覆うように、怜の大きな手が重ねられた。
ゆっくりとした刺激を与えられているというのに、得も言われぬ快感が悠人を襲う。
「ああ! ……怜!
怜!」
悠人はあっけなく、その精を着衣の中に放った。
「うぅ…!
はぁ、はぁ」
ハッとして、悠人は上半身を起こした。
じっとりとした汗が夜着を濡らしている。
部屋は真っ暗で、思わず手で怜の感触を確かめようとベットの空いた空間に手を伸ばしたが、そこには何もなかった。
ゆ、め?
あまりにリアルすぎる夢に、悠人はしばらくベットの上で呆然としていた。
だが、着衣に乱れはなく、現実の出来事ではなかったことをまざまざと思い知らされる。
何より最悪だったのは、夢のままに着衣のまま射精してしまっていたことだ。
30歳をとうに超えているのに夢精とは情けない話だ。
乱れた息を整え、悠人が時間を確認すると、まだ深夜の4時半だった。
しかしこのままで眠るわけにもいかず、悠人は着替えを取り、浴室へと向かった。
浴室の隣の洗面所には、怜が脱いだ衣服が無造作に置かれていた。
悠人は思わずシャツを手に取り、その中に顔を埋めた。
鼻孔に怜の匂いが広がり、悠人は甘い吐息をもらした。
夢だけど、あの瞬間は幸せだった。
しかし同居を始めてたった一日目にこんな失態をしでかしてしまうなんて、大丈夫だろうかと不安になる。
悠人は体にこもった熱を払うように、冷たいシャワーを浴びた。
冷静にならなきゃ……。
悠人は自分にそう言い聞かせるのだが、夢の記憶は鮮明で、悠人を|苛(さいな)む。
結局悠人は再度ベットに入ったものの、眠れずに朝を迎えた。
時計の針が6時を回ったところで諦めて体を起こし、キッチンに向かった。
悠人はぼんやりとした頭をすっきりさせようとコーヒーメーカーにコーヒーをセットし、出来上がりを待っていると、起きたばかりの怜が姿を現した。
「俺にも一杯入れてくれ」
「……ああ」
寝癖で髪が乱れている。
そんな姿の怜を見たのは初めてのことだ。
いつもはきっちりすぎるほど、整っているのに。
悠人は思わず微笑んでいた。
「……なんだよ?」
「いや……寝癖がひどいなって思って!」
「もともと癖がきついんだよ!
俺は!
結構はねてたことあるだろ?」
「そうだったかな?
いつもビシッとキメてるところしか、記憶がないな?」
悠人は出来上がったばかりのコーヒーをマグカップに入れ、怜に渡した。
それから、10日が過ぎていた。
あの夜から毎日のように、悠人は夢を見続けている。
夢の中の怜があまりにリアルで、時折夢と現実の区別がつかずにぼんやりとしてしまう。
すっかり目覚めてしまうと、ズキズキと頭が重く、痛んでいることに気付いた。
仕事のストレスも相まって、すっかり体調を壊してしまったようだ。
とても、仕事に行く気力がない。
上司の携帯に休みの連絡を入れ、ぐったりとベットに横たわっていると、寝室のドアがノックされ、怜が入ってきた。
「悠人……?
起きなくていいのか?」
「……うぅ。
具合が悪くて……休みの連絡は入れたから、構わず出勤してくれ……」
「熱は……?」
ひんやりとした手が、悠人の額に触れて、悠人は閉じていた目を開けた。
「あ……」
「少し……熱があるな?
薬を持ってきてやる。
待ってろ」
しばらくして怜は水と薬を手に戻ってきた。
PTPシートから錠剤を取り出して悠人の口に含ませた。
いつもの癖でなんの薬か確かめようとシートに視線を向けると、怜の苦笑が聞こえてきた。
「アセトアミノフェンだよ。…ほら…水をたくさん飲め」
悠人は怜が口に近づけたコップの水を飲みほした。
そのまま悠人は緩やかな眠りについた。
ふと目を覚ますと、枕元にペットボトルの水が、サイドテーブルにラップされたおかゆと薬が準備されている。
………意外と、面倒見のいい奴だったんだな。
そういえば、年の離れた弟がいるって言ってたっけ。
こんな風にかいがいしく面倒を見ていたのかもしれないな、と思うと、あまり生活感を感じさせない怜の意外な一面を知ったような気持ちになる。
まだ少し熱っぽい気がするが、頭痛はやんでいた。
悠人は起き上がり、怜の用意してくれたおかゆに口をつける。
それにしても……どうしよう。
悠人が思い浮かべたのは、怜のことではない。
この1か月、悠人を悩ませている要因のことだ。
「臨床試験のデータの改竄?」
新薬の開発部門にいる後輩巡純一(めぐりじゅんいち)から誘いを受け、居酒屋の個室で聞かされた話は、営業職であるMR(メディカル・リプレゼンタティブ)の職に就く悠人には思いがけないことであった。
間もなく販売が始まるその薬は、会社から受けた研修では、すい臓がんに特に効果が出来る新薬で、副作用も少ないということだった。
「副作用が少ないなんて、嘘っぱちですよ。
がんに効果が出る前に肝中心静脈閉塞症を起こす頻度が高いんです。
D-0821は」
鬱屈を晴らすように酒を煽る純一に、悠人はどういう経緯があるのか自分も調べてみるから、と約束した。
治験に携わった部署にも何人か知り合いがいる。
悠人はそういった知り合いに連絡を取り、それとなく新薬について話を振ってみたのだが、みんな揃って口が重かった。
組織的に隠ぺいを図った可能性が高くなり、悠人は一度、厚生省の担当部署に電話をかけた。
だが内部告発するということは、すべてを失うということだ。
結局ほとんど話すことが出来ず、すぐに悠人は電話を切ってしまった。
だがその日から、悠人は眠れなくなってしまった。
密かに集めたデータは自宅のパソコンの中に眠っている。
そんなときに、怜は悠人のもとにやってきた。
怜は都内の総合病院に勤める薬剤師だ。
相談しようにも、話せば同じ医療に携わるものとして、怜を苦しめるだけだろう。
悠人は深いため息をつき、今度のことを考えて暗澹たる気持ちになった。
告発をしようがしまいが、行きつくところはバッドエンドだけだ。
何か方法はないものだろうか。
匿名で告発するとか?
しかし資料を集めていたことが知られれば、告発者が誰かなんてすぐばれることだ。
結局考えは堂々巡りで決着がつかない。
発売日が1か月後にせまり、それにあわせて焦燥感だけが募っていく。
できることなら知らない前に戻りたかった。
そうしたらなんの苦悩もなかっただろう。
「………寝てるのか?」
怜の声に悠人は目を覚ました。
再びベットにもぐりこんでつらつらと考え続けていたのが、いつしかまた眠ってしまったらしい。
部屋は薄暗く、夜になっていることが分かる。
「怜……」
悠人はベッドサイドに立つ怜を見上げた。
怜はベッドに腰を下ろした。
「悠人、お前、何か……」
「え?」
「いや……何か食べれそうか?
食べたいのがあれば作ってやるぞ?」
「え……あ。
そうだな?
………リンゴ?」
怜はクク…と笑みを漏らし、「それは料理じゃない」と言った。
悠人は同じように笑みを浮かべた。
ああ……俺、ホントに怜が好きだ。
「怜。
ありがと」
悠人はため息のように言葉を紡いだ。
「馬鹿。
礼を言うのはこっちの方だ。
こんなことくらい、何でもない。
なんならウサギさんにしてやるぞ」
「じゃあ、そうしてもらおうかな?
せっかくだから」
たわいない会話が本当に心にしみた。
しばらくして怜はウサギのリンゴを本当に器に盛って戻ってきた。
くすくす笑いながら悠人は手に取る。
怜は悠人が食べ終わるまで待つつもりなのかパソコンを置いたテーブルの前の椅子に腰かけ、悠人の様子を見守っている。
そして悠人が食べ終わると、朝と同じように PTPシートから錠剤を取り出して悠人の口元に錠剤を含ませる。
怜の優しい手つきは愛撫のように悠人の体温を高くする。
「……ゆっくり休めよ?」
怜は悠人の頭を優しくなで、部屋を出ていった。
「う……怜……」
冷たい指が、悠人の顔を撫でる。
その指が唇に触れ、悠人は夢中でその指を口に含む。
吸い付きながら舌を這わせて舐めあげる。
悠人は、まただ、と思った。
あの、淫らな夢。
次の瞬間、鼻孔に怜の匂いが広がる。
「あぁ………怜……!」
いつものように触れてほしいと、悠人は両手を伸ばして怜の体を引き寄せた。
首筋に、胸に、怜の息がかかり、悠人は期待に身を捩じらせた。
ゆっくりと怜は舌で悠人の肌を味わっていた。
感じやすくなった乳首を甘くかまれ、悠人は「あぁ……ん」と、舌足らずに声を漏らした。
怜の体重が重くのしかかり、怜の固く張り詰めたペニスの感触が、悠人の体に擦りすけられると、悠人は喜びの声をもらした。
悠人がおそるおそる手を伸ばすと、怜の体がそれに反応するように揺れた。
「くっ……」
苦し気な声が響く。
怜が、感じている。
それだけで達してしまいそうな興奮が悠人を襲った。
「怜…………抱いて…」
すすり泣くように、悠人は囁いた。
普段は決して口にできない欲望が、夢の中では自然と言えた。
夢の中の怜もまた、驚くほど情熱的だ。
怜は悠人の下着に手を差し込むと、硬くなった悠人のペニスを優しく愛撫し始めた。
「あぁん……あぁ……うぅう」
快感が全身を突き抜けるようだった。
怜の愛撫に身を任せながら、悠人はいつになく甘えた声を漏らすのが恥ずかしくて自分の指を口に含んでこらえようとするのだが、怜はそれを許さず、口元にある手を払いのけた。
「悠人……もっと…感じて…声を…聴かせて」
怜の声が耳朶をうち、悠人は体を震わせた。
「あぁあ…あ…んん……はぁぁん。
れ……ん。
イ、キ……た……い」
張りつめすぎなほど張りつめた悠人のペニスは、我慢しきれずにあふれだした精液でぐちゅぐちゅと音を立て濡れそぼっている。
涙目で訴えるが、怜は「まだ駄目だよ…ハルト」と言って、その刺激を緩めた。
ふっと苦しさから解放されほっと息をついた悠人だったが、次の瞬間下着をはぎ取られ、悠人のこぼした液で濡れそぼった指が後孔にあてがわれると、うっと息を飲んだ。
「悠人……力を抜いて」
敏感な耳朶を甘く噛まれながら、怜は耳元に囁いた。
「あぁ……」
何も受け入れたことがないその場所に、怜の指がゆっくりと挿入され、悠人はその感触に慄いた。
痺れるような感触が背筋を伝わる。
「ううぅ………怜…」
萎えかけたペニスが、怜の指の刺激を受け、ゆっくりと立ち上がる。
自分でも肉襞がひくひくと痙攣するように怜の指に絡みついているのが分かった。
怜の指は的確に悠人の快感を煽り、次第に怜はその本数を増やしていった。
3本の指がぎちぎちに肉襞をこすり、悠人を極限へと攻め立てていく。
もうこれ以上は無理だと怜に訴えようとするのだが、口から洩れるのは嗚咽ばかりで全く声にならなかった。
「悠人……入れるぞ……」
悠人の訴えが通じたように、怜の指が抜かれた直後だった。
指で嫌というほど刺激されたその場所に、熱く硬いものがあてがわれ、悠人は思わず体をのけぞらせた。
体が無理矢理引き裂かれていくような、激しい痛みが悠人を襲った。
逃げようにも腰が捕まれ、否応なしにそれは悠人の体の中に侵入していく。
「うぅ……ハル…ト。
そんなに締め付けるな」
締め付けているつもりは悠人にはないのだが、息をするたびに肉壁に感じる怜の感触が痛みと同時に激しい興奮となって悠人を襲った。
「怜……怜……」
「ハル……ト…」
怜に抱かれているというその感覚が、狂おしく、悠人を乱れさせた。
「全部……入ったぞ」
と、怜の声が落とされた。
これ以上ないとゆうほど広げられた肉壁は、次第に怜の感触に馴染み始めている。
「あぁ…ン。
怜……」
ゆっくりと腰を揺らし始めた怜の動きに合わせ、悠人は欲望そのままにその感触を貪った。
抜き差しされるたびに襲い掛かる強烈な刺激が悠人を啼かせる。
喉がカラカラになるほど悠人は喘いだ。
ああ……夢でも……幸せ、だ……。
嬉しい……。
翌朝目覚めた悠人は、目覚めるなり「くしゅん」とくしゃみをこぼした。
ぼんやりとした頭で、昨夜の夢を思い起こす。
見るたびにリアルになる夢に、現実との境目があいまいになりそうだ。
夢の中の怜は最後に悠人を風呂に入れ、全身をきれいに洗い流してくれた。
そのことを思い出すと、思わず笑みが浮かぶ。
体調を崩した悠人を甲斐甲斐しく面倒を見てくれた怜だ。本当にそんなことまでしてくれそうな、雰囲気がある。
それにしても、全身がだるく、本当に怜と体を合わせたかのような痛みが体に残る。
本格的に風邪をひいてしまったかな?
幸い今日は土曜日で仕事もない。
悠人は幸福な夢の続きでも見たいと、ぬくもりの残る布団の中にもぐりこんだ。
ふと、夢のさなかに見た悠人のパソコンのデスクに座る怜の姿が脳裏に浮かんだ。
あれって、何だろうな?
どちらにせよ、怜が悠人のパソコンを使えるはずがない。
悠人の設定したパスワードを知らないからだ。
「ren0704」怜の名前と、誕生日を合わせたパスワード。
知られてしまったら恥ずかしいパスワードだが、怜には思いもよらないパスワードだろう。
悠人の気持ちを、怜は知らないのだから。
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