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第5話 口でとろける
その晩の夕飯はクリームシチューだった。
咲夜の嫌いな玉ねぎは全て伸弥の皿によそられていた。
体に悪いからと言って普段なら飲ませてもらえない炭酸飲料もテーブルに並んでいる。
「伸弥さーん、デザートは?」
「まずは、夕飯を全部食べような」
「でもデザートは?!むぐぅ!」
口いっぱいに伸弥お手製のシチューの味が広がった。
自分を黙らせるために無理やり口にスプーンを突っ込んできたことくらい、咲夜だって理解できた。喋っている途中だったのに!と普段なら声をあげそうだが、ほろほろと口の中で蕩けたじゃが芋のせいで、それはどうでも良いこととなっていた。
「次は何が食べたい?」
「んーとじゃあニンジン!」
あーんと口を大きく開けた咲夜はニンジンの到着を待っていた。
そう、あの後何度も咲夜を抱きつぶしてしまった伸弥は「動けない、体が痛い」と文句を言う番の面倒を見ることとなった。もちろん、必要以上に甘やかしてしまうのはどちらのせいでもない。甘え上手の咲夜を甘やかすのが伸弥の至福の時なのだから。
ダイニングテーブルの椅子は硬すぎで下半身が痛いと言った咲夜のために、伸弥はソファーにありったけのクッションを集めた。
当たり前のように、ベッドから歩いてきたわけではない。伸弥に抱きかかえられて咲夜はソファーまでたどり着いた。頼んだわけではない、伸弥は自分のΩである咲夜を宝のように扱っていたから、痛みを感じるなんて口に出されただけで、これ以上苦を感じないようにと全てを尽くしたのだ。
全てのαが伸弥のように振る舞うわけではないのだ、と咲夜は学校で習った。
一部のαはΩに人権などないと考えているらしい。それなら、自分は幸せ者だ。外に出ればα様だと称えられ、細かいことは分からないが職場ではお偉いさんである伸弥は、帰宅すれば自分をとても大切にしてくれる。
それはもう、糖分高めのデザートよりも、胸焼けしそうなほど甘ったるく咲夜を甘やかすのだ。
「まだ、食べれるか?」
「んーもうお腹いっぱいー!」
「デザートはあとにするか?」
「それは別腹だよ!」
デザートは箱に入っていた。
伸弥が帰宅前に買ったショートケーキだ。同じ店で買ってきたフルーツサンドは、事後直後に咲夜がぺろりと食べてしまった。
「んー美味しそう!え、ダメだよ、イチゴは最後って決まってるでしょ?」
「はは、そういうルールなのか?」
「違うの?」
「いや、お前が言うならそうだな」
甘ったるい香りはショートケーキのせいだけではない。
フワフワと部屋に充満するのは2人のフェロモンだ。
幸福感でいっぱいになれる大切な香り。
第二の性が2人をめぐり合わせた。
フェロモンが2人を誘い、2人だからできる香りを作りだす。
他の誰かではダメなのだ。
これは伸弥が咲夜といるから成せること。
「明日はお休みでしょ?」
「ああ、どこか行きたいところでもあるのか?」
「んー」
どこでもいい、そこに伸弥がいれば。
【終】
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