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八
目覚めたことを自覚するまで、少し間があった。
軒の向こうに見えるのは、意識を手放す前と同じ青空。しかし陽が少し西に傾き、風も宵の涼しさを孕み始めた気がする。
すぐ傍らで、誰かが背中を向け座っていた。自分が目覚めたことを気配で察したのだろう、ゆっくり振り返ったその人はやはり葉月だった。
葉月は不思議な顔をしていた。
先刻見た苦痛に耐える表情とも、常の無表情ともどこか違う。
例えるならば、空虚。何もかもを諦め、捨て去ってしまったような寂 寥 の影が、彼の静かすぎる面 にはあった。
「気を失ったから転がしておいた」
淡々と述べられた自身の状況に、あずさは慌てて跳ね起きる。申し訳ありません、と平伏して気がついた。汗にまみれていた身は清められ、着物も雑ではあるが着させられている。
「大変失礼致しました。二度とこのような失態がないよう、気をつけます」
「…………」
「そろそろ夕 餉 の支 度 がありますので、これで下がらせて」
「必要ない」
中途で遮 られ、あずさは言葉を失う。
恐る恐る顔を上げると、葉月はこちらに背中を向けたままだった。
そしてあの抑揚のない声で、信じられないことを口にした。
「霜月のいない今なら見逃してやれる。……おまえの『家』に、帰るといい」
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