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1:side I

ガラス張りのイベント会場。窓の外の青空とビル群が壁紙みたいに見える。 雅楽をジャズっぽくアレンジした音楽、前衛芸術みたいにも見える和風の生け花。 いい匂いの和服コンパニオン、話題の美人女子アナ。 彼女らと生け花を囲まれた中央の壇上にいるのは、マイクを握りしめた俺の夫と、後輩のカノジョ。 「なんだこのシチュエーション、超変な感じ……」 そしてそれを舞台袖から見ている俺。と後輩。 「いやいや、俺の方が変な感じだからね、俺ただの大学生なのに、こんなところにいるんだもん」 2人して腕組みして、首から関係者用ストラップぶら下げて。 「でもこんなところ来ることスタッフ扱いで来ることないし、ちょっと楽しいよねぇ」 ヘラヘラしてる感じが後輩らしくて、ちょっと緊張の糸が切れそうになったけど、持ち直して平静を保つ。 ステージの上の彼は、仕事をしているいつもの様子と同じくキリッと真面目な顔をして、マイク越しに英語を話していた。 「彼のことは、俺の妻とその友人を通して知っていたのですが、今回のプロジェクトを通して、彼の持っている才能の素晴らしさを改めて知ることが出来ました。プロジェクトに関わってくれた全てのみなさん、そして妻と友人に感謝します」 彼とカノジョの後ろあたりにいた通訳のおばちゃんが、早口でそんなことを言った。おばちゃんの訳の通りだ。 「ねぇ、なんで兄さん通訳じゃないの?」 そういえばなんで俺が通訳してないのか言ってなかった。 「俺がテレビに映るのが嫌だから。アイツも俺が人前に晒されるのが嫌だっつって。利害関係一致の結果」 顔はまっすぐ舞台を見ながら、横にいる後輩に腕を組んだままピースサインをくれてやる。 「えーまじでー? マスコミとかは兄さんのこと撮りたいんじゃないの?」 「だから嫌なんだっつうの」 「俺なんかカノジョ出ずっぱりなのにさぁ」 そりゃあカノジョは今、俺の夫と同じく公人みたいな立場で舞台の上にいるわけだから。 彼の会社の日本版CMに、書道家の後輩のカノジョを起用する。言い出しっぺは彼で、そのまま広告会社に持ち込んで実現させてしまった。 数ヶ月前、一緒にカノジョの個展を見に行ったんだけど、その時すごい感動してたのは俺もよく覚えてる。 「どの作品も力強さがある!彼は線の細い男なのに、内に秘めた荒々しさをそのまま文字にしたようだ!」 なんて言ってて、さすが目の肥えた金持ちは違うなと思ったけど、まさかそのままこんな展開になるとは。 「カノジョもよくOKしたよな、こういうの嫌いじゃないんだな」 前、あんまり書道家っぽく見られたくないとか言ってたとか聞いたけど。 「悩んでたんだけどね。兄さんの旦那だし、旦那自体もあの通りの社会的にすごい人なわけだし、信用できるからやるって言ってた」 「はーん、なるほどな」 「でも恥ずかしいから一回きりって」 「一回でもすげぇと思うぞ、俺だったら絶対嫌だ」 舞台上の2人は、司会進行の女子アナの喋りに合わせて質疑応答をしている真っ最中だった。 今日は普通の記者会見よりもマスコミの参加が多いという。それは、俺の夫がこうした場に出てくることが少ないからということ、そしてカノジョが美形書道家としてじわじわと人気を集めていたからということ。 このイベント会場も、彼らの注目度を煽るように高級ホテルに特設されたものなのだけど、思えばこのホテルって俺と彼が初めて一夜を明かしたあのホテルなのだった。 妙な縁というか何というか、あれがきっかけで後輩と関係を持ったようなところもあるし、なんとも因縁めいたものを感じてしまう。 「兄さんどうしたの? すげぇ変な顔してるし」 頭をちらつくと表情に出ちゃって、なんかものすごい眉間に皺が寄った。 「それにしてもスゲーね。だってさ、兄さんが旦那にお持ち帰りされてなかったら絶対俺らなんかと会うわけなかったわけじゃん」 そして突然、後輩がそんなことを言う。 「はっ? なんだよ急に。気持ちわりぃ」 「いやほら、だってね、そうじゃん、あんな大富豪と一般人が出会うなんてさ、普通絶対ないじゃん」 でかい図体で、ガキみたいに目をキラキラさせてる。 もちろん、後輩の言う通りなんだけど。改めて考えてみると、後輩だってあのカノジョとトンチキな出会いしなかったら、この場は実現しなかったわけだから。 「俺と兄さんだって、バーで出会ったからこそのこの場所なわけだしさぁ」 「まーな」 人の出会いっていうのは、たしかに面白い。 「っていうかアレかな、俺と兄さんは普通の人なのに、運命の相手がお互いたまたますげぇ人だったってことなのかな」 軽く首を傾げてるのが、ちょっと可愛いと思ってしまった。 「たまたまにしちゃすげぇ確率だけどな」 「まぁねー。日頃の行いよかったのかもねー」 「俺はともかくお前はそんなよくねぇだろ」 「なんでよ! 全然そんなことあるし!」 隣でやいのやいの言ってるけど、そうやって明らかに俺とも彼とも違うペースの存在感が心地よかったりもする。 「それでは、これにて新CM発表会を終了させていただきます。写真撮影などは改めてこちらの壇上にて行いますので、そのままお待ち下さい」 女子アナの声が館内にひときわ大きく響いた。ちょっとびっくりして軽く体が震えた。 「ああ、もう終わりか」 後輩と顔を見合わせる。 「正味30分くらいじゃなかった? あんまり大したことなかったね」 「30分以上はやってただろ、多分」 あんだけ見てたのに、どういう進行だったとかどんな話ししてたとか、全然思い浮かばない。特に後半、物思いにふけっていたせいで全然頭に入ってなかった。 フラッシュが焚かれる音がすごい。遠巻きに光だけ見てると、なんか小規模な爆発に見えてくる。 「うわぁ、目ェやられそう……」 また眉間に皺を寄せてしまう。 「ちょっとー、もう老眼? やめてよー兄さん」 「ちげぇよ馬鹿! 光凄すぎて絶対眩しいだろアレ!」 「老眼に対する切り返し早いから!」 ゲラゲラ笑いやがって。横から腕に思いっきりパンチ食らわしたところで、シャッター音が止んだ。 「以上をもちまして、本イベントのすべてを終了させていただきます。ありがとうございました」 再度アナウンスが流れた。 「痛い……兄さんひでぇ……めっちゃ痛い……」 殴られたところをさする後輩はのことはさておき、拍手とともに壇上から去っていく2人を目で追う。 イベントのメインの2人が舞台からいなくなると、会場のマスコミ関係者が一気に席を立った。 「なぁ、俺らも裏に引っ込んだ方がいいのかな」 その痛がる腕をツンツンつつく。 「あー、かもね、なんかみんなハケてくね」 人の動きを見ながら壁の花状態になっていた俺らのところに、俺らと同じ関係者用ストラップをぶら下げたスーツの女性がやってくる。 「こちらにどうぞ」 長い黒髪をふわっとまとめてて、わりと可愛い若い女の子。普段顔をつき合わせてるのが男ばっかりだからなんか新鮮。 促されるがまま、人の流れとは逆方向の舞台の横の通用口に案内された。一皮剥くと、表の華やかさは何処へやら、物置状態の狭い廊下が続いている。裏を見せられるとちょっとガッカリした。 「なんか特別感あっていいねー、こんなホテルの裏側なんか絶対来られないじゃん!こんなになってんだねー」 後輩のヘラヘラした感じは変わらない。ホントにどこでも緊張感ないなコイツ。 「案内の女の子も可愛いしさぁ、すげー楽しい!」 しまいには鼻の下伸ばしまくってるし。 「カノジョに言ってやっからな」 歩きながらサラッと言うと、秒速で腕に縋り付かれた。 「それだけはやめて!!本気じゃないから、俺マジであいつ一筋だから!!」 「はーん。そうかよ」 「ぜってぇ信じてねぇじゃん!マジだから、マジ!ホントにあいつのこと好きなの!」 「わーったって、うっせぇなぁ」 もう構うのも面倒で適当にあしらってたけど、ヤツの焦りは止まらない。 「もーマジで言わないでー、お願いー」 でっかい図体が擦り付いてきて片腕が重い。 「離れたら言わないから!離れろ!」 やっとの思いで振り払ってやっと離した。 「こちらでございます、どうぞ」 なんと思って聞いてたか知らないけど、ねぇちゃんは笑顔で俺たちをエスコートしてくれた。物置みたいな廊下を何箇所か曲がってたどり着いたのは、会見が始まる前に4人でいた控え室だった。 「ハニー!」 「あっ」 舞台の上にいた2人はすでに戻ってきていて、俺の夫に至っては俺の姿を見つけ次第、取っ組み合うように抱きしめてきたのだった。 「会いたかった、見てくれたか俺の勇姿を」 「いてぇって!見たから離せ!」 それに比べて後輩のカップルときたらおとなしいもんだった。 2人とも壇上の衣装のままで、なんだかテレビの中の人がそのまま抜け出てきたみたいにな不思議な感覚を覚えた。 「もーすげぇかっこよかったよ!さすが書道家って感じーっ!って、嫌なんだっけそう言われんの?」 「今日は大丈夫。だって書道家でここにきてるんだし」 「マジでー、じゃあ先生って呼んじゃおうかなー」 「先生はちょっとヤダ」 「えー」 見つめ合って、軽くハグして。微笑み合う大学生カップルは初々しさが眩しい。それに比べて俺と夫ときたら、本当に国民性というかなんというか。 「ハニーが隣にいない通訳なんてなんの手応えもなかった。しかし、お前を晒しものにするわけにはいかなかったからな、我慢した。俺偉いだろう?」 一向に俺を離す気配もなく、英語で囁いてくる。 「うんうん偉かった偉かった! 偉かったから離れろ!」 「離れたくないんだ、お前の香りを嗅がせてくれ」 「嗅ぐな!」 こっちも英語でまくし立てるみたいに言うと、ピュアっぽい大学生カップルが、じっとこっちを見ていた。 「ほらっ、ガキども見てるだろ! 教育上よくねぇから!」 ピタピタと体を叩く。それを見ていたカップルの片方、俺の昔っからの知り合いの方が口を開いた。 「すげーよなぁ、愛情表現、さすがって感じ!」 「はぁ?」 「俺とっさにそこまでできねぇわ、やりたいけど」 後輩が言うと、すぐに隣のカノジョが肩をひっぱたく。 「なんと言ったんだ?」 彼が軽く首を傾げた。 「お前の愛情表現を見習いたいんだと」 簡単に伝えると、目が輝いた。 「それはいい! 彼は若いからな、日本人も多様な愛情表現を知っておくことはいいことだ!」 そのまま俺のことをお姫様抱っこする。 「ちょっと待てぇぇ!」 スーツでよくやるな。なんて思ってる場合じゃなかった。どんな服着ててもこいつは俺を抱えられるし抱える。甲冑でもイケんじゃないかと思うほどに。 「Hey boy, Can you hold this lover like this?」 こんな風に恋人を抱き上げられるか? しまいに得意げに言う。 「すっげぇ!兄さんそんな簡単に抱っこするとかありえねぇ!」 カノジョも口には出してないけど、ポカンとしてこっちを見てる。 「Rather than such a thing, let me down to the floor!」 「Let me show them a little more. Haha!」 おろせと言う俺と、もう少し見せつけようと言う彼。 「あーもー何言ってっかわかんねぇ!やめて!日本語で喋って!」 後輩がデカい声で言うのを賞賛と受け止めて、彼の行動は余計にエスカレートした。俺を抱き上げたままくるくると回る。控え室の中はソファーセットが置いてあるだけで広いから、なんの障害もなくくるくると回り続ける。 「ちょっ! お前マジでやめろって!」 恥ずかしくて、彼の肩をバンバン叩いた。 「恥ずかしがり屋の俺のハニーを観てもらういい機会だ」 「よくねえ!マジで怒るぞ!」 英語でまくし立てるとやっと降ろしてくれたけど、後輩とそのカノジョがちょっと引いてた。 「大のおっさんが楽しそうにイチャイチャしてんのってなんか新鮮つーかなんつーか」 あの後輩に苦笑された! 「違うっ!違う、そういうんじゃない!」 弁明したところで、今度はからかいのニヤニヤに変わる。 「照れなくてはいいじゃんー、仲良きことは~ってよく言うし」 「お前頭悪いくせにそういう変なことばっか覚えやがって!」 「頭悪いは余計でしょ!」 ひどーいって言いながら、カノジョに縋り付……こうとしたところで見事にカノジョにひらっとかわされてた。 「お前まで!」 ブルータス!とでも言いたそうな表情。カノジョの方は顔真っ赤にしてる。 「人前は恥ずかしい」 カノジョが小さい声で言う。日本人として真っ当な感覚だと思う。着流しを衣装として着たままだったから、皺になるのが嫌なのかもしれないけど。 「じゃあ二人っきりならいいっ?」 よっぽどハグしたいのか、食い気味な後輩の鼻息が荒い。 「ふっ、二人っきりなら、うん」 それを言うのも恥ずかしいという感じで、声を震わせながら頷いた。とてもキス魔とは思えないけど、こういうタイプが酒飲むと大胆になるもんだからな。 ただ、後輩がうるさいくらい可愛い可愛いって言ってるのは、なんか分かる気がする。 「ちょっと兄さんたち出てって!」 絶対言うと思ったから、即座に返す。 「出ていかねぇよバカ」 「もー、ちょっと気ィつかってくれてもいいじゃあん」 欲求不満丸出し。若くて何よりなこった。 「それよりもそろそろ着替えないとな」 夫の嬉々とした英語が室内に響く。 「打ち上げをするんだろう?」 軽くウインクする。そうだ、このイベントの打ち上げを4人でやろうって話をして、もう店まで押さえていたんだから。 「打ち上げの店行くからそろそろ着替えろって」 通訳すると、カノジョはハッとして頷いた。ずっと緊張しっぱなしなおどおどした感じが可愛い。 後輩はまだ唇を尖らせている。どんだけ欲求不満なんだか。 ー1:side I 終ー

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