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1:side Y

もー、なんでそんな恥ずかしがるんだろー。 別にさ、軽くハグするだけじゃん。 今日こそは勢いでいけると思ったのに、やっぱダメだったし。 兄さんも気ィきかせてくれたらよかったのに。 カノジョがシャイすぎて、もっと堂々とイチャイチャしたい俺としては、マジで欲求不満です。 でもあくまで人前でだけってことで、別に2人っきりのときは普通にイチャイチャしてるんだけどね。ちょっとぎこちないけどそこが可愛いというかなんというか。 別に俺との関係を隠してるわけでもないし… っていうのもアレ。今日の会見でもしっかり恋人の有無を聞かれて「同い年の彼氏がいます」って答えてくれてたし。しまいに超ハニカミ笑顔だったし。うん、まぁそれはかなり萌えたんだけど。だけどね!! (もっとイチャイチャしたいー!!カップルなんですって見せつけたいー!!) 謎の承認欲求こじらせまくってるんです。 2人っきりの時のカノジョはホント可愛いんだよ、身長差あるから何かと上目遣いなんだけど、身長差に加えてちょっと目が潤んでて、ほっぺたも赤くなって、もーホントにね、ホントに可愛いの。見せられないのが残念なくらい。 「これ美味い」 そんなカノジョのキラキラした小さい声に、ハッと我に返った。 フォークくわえたまま、手元のお皿を見てた。真っ白いお皿の上には、海老と野菜のサラダみたいなのがちょこっとのってる。 「Did you like it?」 「あっ、えっと、イエス…」 「That's good!」 兄さんの旦那とぎこちなく談笑してる。 兄さんはその様子を何となく微笑んで見てて、なんか俺だけのけものみたい……。って、それはさすがに穿ってるか。 「食べてみろって、すげぇ美味い、なんか酸っぱくてさっぱりしてるんだけど、すごいコクがあって美味しい」 カノジョはちょっと興奮気味に、横に座ってる俺の袖を引っ張ってきた。うん、可愛い。マジで可愛い。 「えー、マジで? そんなハードル上げて大丈夫?」 気を取り直してナイフとフォークで一口。サラダみたいなのをこんな上品に食べるの初めてだわ。 「あ、すげぇ、うまい!」 聞いた通りの味わいで、目がまん丸くなっちゃう。 「お前さぁ、もうちょっと品良く喋れねぇのかよ~」 ホントに眉間にシワ寄せて言う兄さんだって、十分口悪いのに! 「いや、でもマジで美味いわ。信じらんねぇ、さすが」 それを上回るくらい料理の美味さが上回ってる。 さすが旦那行きつけの超高級フレンチ。旦那と兄さんの友達のシェフがやってる店だって聞いたけど、ネットで調べたらどのサイトでも星5つ評価なんだもん。 簡単に打ち上げとか言うからてっきり適当な居酒屋とかなのかと思ってたのに、店に着いて余裕で想像の斜め上行ってて腰が抜けそうになった。 お高いブランドや意識高い系の店ばっかり並んでる通りの、さらに一等地。本当はドレスコードあるし年単位の予約制だし、店員さんも外国人しかいないし。そんな店なんだけど、それを今日は貸切してるんだって。 そんな店来たことないし。もう死亡フラグたったんじゃないかと思うレベル。 「そういえばシェフは今日来てるの?」 兄さんが英語で旦那となんか話してる。 「いや、彼はほとんどここには来ていない。彼の愛弟子がシェフを務めているんだ」 何言ってるかわかんないや。 そうしてるうちに、次の皿が運ばれてくる。フルコースだそうで。テーブルマナーも怪しいから、さっきから兄さんの動きを見よう見まねしながら食べてる。 「打ち上げってレベルじゃないよな……」 皿を平らげたカノジョが、不安そうに俺に話しかけてくる。 「心配しなくていいよ、奢りだから」 兄さんが軽く笑った。 「あっ、はい、すいません」 悪いことしてるみたいに小さくなる。 「謝んなくていいよ」 「でも、なんか申し訳ないです」 「はぁー、その謙虚さコイツに分けてやってよ」 「なんで俺よ!」 なんか火の粉浴びました。 「改めてだけど、お前らすげぇ対称的なカップルだよな。かたやガサツかたや超謙虚」 付き合った経緯はいろいろ聞いてたけど、と言うと、カノジョは目をまん丸くして俺をみた。 「喋ったの!?」 みるみる顔が赤くなる。 「あー、うーん、はい、ええ」 そういえばその辺のこと何も言ってなかったっけ。 「大丈夫、変なこと聞いてないから」 不思議なもんで、兄さんもカノジョに対しては心なしか口調が優しい。 「あんまり恥ずかしがらなくて大丈夫だよ」 「すいません、なんか緊張して」 「まぁ店もコレだからな」 友達の店とはいえ、兄さんはなんですげぇ店でこんなリラックスしてんの? 天井からでっかい天蓋みたいなシャンデリアがぶら下がってて、テーブルなんか全部ガラスだし、足元は席のところだけ渋い赤の絨毯が引かれている。俺もカノジョもそわそわしてしょうがない。 「I wanted to do hospitality without impolite because they had their hard work today.」 「頑張ってもらったから2人をもてなしたかったんだってよ」 兄さんが通訳しながら軽く微笑む。 「ま、それは俺も同じ気持ち」 手元の料理に視線を落としながら、兄さんはナイフとフォローを握り直す。 「こうやって2人とメシ食うことなかったじゃん。だからゆっくり気にしないでゆっくりしよう」 メシうまいし。付け足したように言いながら、いつもバーでは見せないような上品なゆったりした仕草で食事を続ける。 俺もカノジョも緊張したまま、次々運ばれてくる料理を、ゆっくり食べた。 シックすぎる大人の空間も、慣れてくるとなんとなく静かな夜みたいな森の中みたいな、落ち着く空間に感じられるから不思議だ。 「それにしても、お陰で本当に素晴らしい広告になったと思う。あまりメディアに出ることがない人物だと聞いてはいたが、キューピッドのパートナーとは本当に素晴らしい偶然だった」 旦那の言葉を兄さんが訳す。 「そういえば、どうしてこいつを起用することになったんすか?」 ざっくりした理由は聞いてはいたけど、ホントのところは聞いていない。 「日本らしい文化的なものをハニーに尋ねたんだ。そうしたら書道はどうかと言われたんだ」 「へぇー、書道ねー。兄さんもよくパッと思いついたじゃん」 「それこそ、お前のカノジョがそっちの方の有名人だって話思い出したからさ」 「そこも話してたのっ?」 カノジョが目をまん丸くしてたけど 「まぁまぁ、結果的に仕事になったわけだし、よかったじゃん」 ってごまかしたら、もごもご言いながら静かになった。 「悪いね、俺書道とか全然知らない世界だし、芸能関係とかもサッパリだから、正直有名人って言われても全然ピンとこなくてさ。正直びっくりした、そんな有名人だと思わなくて」 兄さんが言うと、カノジョの顔が真っ赤になる。 「いや、本当に有名ってわけじゃ、ないんですけど」 シャンパンを飲んだ直後だったから軽くむせてた。 「うちは代々そういう書道やってる家系なんですけど、ただホント好きでやってただけで、有名になりたいとかも思ったことなくて」 「うん、なんかそういう欲なさそうに見える」 「はい、全然ないです」 きっぱりハッキリ言うのが潔くて惚れ直しそう。 「でも今回は、こいつがお世話になってる先輩の旦那さんからのお話ってことだったんで、受けようと思ったんです」 言い終わってから、またシャンパンを一口。少しほっぺたが赤くなってきてる。 「そっか、ありがとね」 兄さんも少し酔いが回ってきてんだか、まったり微笑んでる。 もちろん、その旦那っていうのも世界的な有名人なわけで、信用度も倍増し。カノジョにしては珍しく、二つ返事で「やります」となったわけで。 俺は兄さんと旦那の縁結びをしたってことで、兄さんの旦那からキューピッドって呼ばれてるんだけど、今回は旦那とカノジョのキューピッドしたってことになるかな。 「キューピッドには本当に感謝している。彼は俺の人生になくてはならない恩人だ」 だってよ、と兄さんが言う。 「でしょー、俺様様って感じでしょ?」 「調子のんなバカが」 「いいじゃあん、ちょっとくらい調子乗ったってぇ」 やりとりを見て、カノジョが笑った。 「本当仲いいんだな」 笑った顔が本当に綺麗だしエロい。 「仲いいわけじゃねぇけど。腐れ縁だよ」 なんて、まんざらでもなさそうな兄さんが鼻で笑いながら言った。 「腐れ縁っていうか、もうこうなったらマジで運命の相手みたいなもんだよね!」 軽くウインクする。嫌がれるかと思ったけど、逆に「そうだな」って肯定されちゃった。カノジョの天使の微笑みは止まらない。 「ちょっと兄弟みたいな感じにも見えます」 「兄弟っ? こんなうるせぇ弟いらねぇわ」 「うるさくないっしょ!」 「それがうるせぇってんだよ」 呆れ顔の兄さんの肩をグッと抱き寄せながら、旦那が豪快に笑った。 「You treat him properly The appearance when you are having sex seems like a different person」 旦那がなんか英語で笑いながらいうのを聞いた途端、兄さんのほっぺたがみるみる赤くなってきた。 「You do not have to say such a thing!」 声を裏返して英語で返した。 「You do not need to be shy. Because that is the truth」 「Do not say strange things!」 旦那は笑いっぱなしだし兄さんは顔真っ赤だし、なんか喧嘩してるわけではないみたいだからいいや。そうしてる間に、料理が淡々と運ばれてくるし。痴話喧嘩より美味い飯のほうが大事。 「ったく!」 「旦那なんつってたの?」 「なんでもねーよ」 顔真っ赤で、不機嫌な感じ丸出し。すると旦那がニヤニヤして兄さんの肩に触りながら、ホントにカタコトの日本語で「はにー いま せっくす とき べつじん」と言った。 「はっ?」 せっくす?いきなり飛び出した日本語?英語?にびっくりして背筋がシャキッとなる。カノジョは食べる手が止まったまま顔真っ赤にしてる。 「だから言わなくていいって!!」 場の雰囲気ぶち壊しのでかい声出しながら、兄さんが旦那の口を塞いだ。しかも思いっきり日本語で。おかげでさっきのやりとりの内容がなんとなくわかってきた。 「あー、あー、なるほどね、ヤッてるときと別人みたいだってことね、兄さんがね」 同意しそうになったけど、旦那の手前、口に出さないようにグッと飲み込んだ。 一回だけ兄さんと寝たことあるけど、ホントに色っぽかったもん。大人の色気~なんだけど、なんか余裕なさそうな感じもすげー可愛いみたいな。男でもこんな顔するんだなぁってちょっと感激した思い出。 まぁ今となっては、うちのカノジョの可愛さに勝るものは何もないですけどね。 「うっせぇ!」 兄さんもムキになるしー。 と思ったけど、隣のカノジョはちょっと渋い顔してる。 「どした、大丈夫?」 声をかけると、チラッとこっちを見て頷いて、すぐに視線をお皿に戻した。 「?」 なんか一気に空気が変わった感じがした。空気が悪いってほどではないけど、なんかカノジョの様子が変。 でも、食べる様子はあんまり変わりなくて、丁寧に静かだったから、あんまり気にもしなかった。 兄さんもチラッとカノジョを見たけど、別に何も言わなかった。 「あともう2品ほど来る予定だ、ゆっくり食事を楽しもうじゃないか」 知らぬは旦那ばかりというか何というか。 逆にその存ぜぬ感じが、無理やり空気を変えるのにちょうどいい。 「ねー、ここのご飯マジで美味すぎるんだけどどうしたらいいの?やばくない?」 余計大袈裟に演技して喋ると、兄さんからお叱りの声が飛ぶ。 「だからもっと品よくしろっての! お前それで社会人になったらどうすんだよ、保育士なんだろしかも。ったく」 「やー、そんときゃそんときっしょ! いざとなったら旦那の会社で雇ってよ」 「絶対無理」 「すぐ否定しないで!?」 かたやカノジョは黙々と食べ続けてる。食べてるから具合悪いわけじゃないだろうけど、 何だろう、大丈夫かな? 結局あとは最後の最後までカノジョは特に話をしなかった。でもメシの一つ一つに目を輝かせてたから、本当に具合悪いわけではなかったみたい。 帰りは旦那の会社の人が車で家まで送ってくれた。 「すげぇ… 左ハンドルだしこれ欧州のメーカーの超高級車じゃん、テレビで見たことある…」 多分もう一生乗ること無いと思う。 運転手から少し離れた後ろの席で、2人で並んで帰路に着く。 なんかよそよそしい感じはそのままで、なんで話しかけたらいいか、流石の俺でもちょっと悩んだ。 「メシすごかったな、あんなの食うと思わなかったマジで」 ホント満腹でヤバイっていうのをアピールしながら話しかけた。 けどカノジョは黙って外を眺めていて、特に相槌を打つわけでもなかった。 「ね、うまかったよね?」 あえて突っ込んでもう一度同意を求めると、やっとチラッとこっちを見て、軽く頷いた。 え、なに、車酔い? じゃないか。 「なぁ、大丈夫? 店にいた時からなんか変だよな?」 「そんなことないよ」 「変だって」 「普通だよ」 全然普通じゃない返答じゃんそれ。声も低いし。それ以上話しかけてくるな、みたいな雰囲気まで出してくる。 まぁそういうの全然気にしないんだけど。 「疲れたの? 慣れないことしたもんな、取材とか写真撮影とか」 「……」 「話すのあんまり好きじゃないのに、超頑張ったよなー、お前やっぱすげぇよ」 「そう。ありがとう」 やっぱり素っ気無い。 ゆっくり手を伸ばしてみた。握り慣れた柔らかい手。今は指先がひんやりしてて、そのままあっためてあげたくなる。 けれど、自然にそっと離されてしまった。 「ちょっと……」 「目的地はこちらでよろしいでしょうか?」 なんで離すの?と聞こうとした瞬間に、運転手の声がした。指定したのは俺の家だった。 「あ、はぁい、降ります!」 行こ、と声をかける。けれどカノジョは動かない。 「俺いい。家に帰るよ」 疲れたし、と付け足すみたいに言った。 「えー? 降りない? うち来ない?」 いつもうちに来るのに。やっぱりなんか変。 でもホントに疲れてるのかもしれないし。 「うん、今日は大丈夫」 そこでやっと俺の方を見て、なんとなく笑った。でも、いつも見てるふわっとした優しい笑顔じゃなくて、なんか寂しそうな笑顔に見えた。 「……ん、そっか」 今日は、何を言っても、これ以上カノジョに触れることはできないような気がした。 「じゃあ、また」 戸惑いながら軽く会釈して、ひらっと手を振る。何も言わないけど、同じようにひらっと手を振り返してくれる。 ドアが閉まった。走り去っていく車を、見えなくなるまで見送ってしまった。 (……どうしよう) なんてメッセージを送ったらいいんだろう。握りしめてたスマホの存在を急に意識した。 連絡したいけど、なんか今は、何を送ったらいいかわかんない。 でも、だからって明日改めて何かメッセージ送ろうと思っても、なんか何も思いつかない気がする、し。 「あー、もぉ!」 頭をガリガリかいて、とりあえず自分の部屋に戻った。 ー1:side Y 終ー

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