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3:side Y

兄さんの旦那と約束を取り付けてから、文字通り水を得た魚のように一気に自信が復活して、生き生きと大学に通うようになった。 ……と思ったら大間違いだった。 「ぁあ~も~信じらんねぇ~」 まるで飲み屋のカウンターのように、ボックス席のテーブルに突っ伏した。いつもの大学構内喫茶店なのに、目の前にいるのはカノジョじゃなくって、スノボサークルの男2人。 俺とカノジョが改めて出会うきっかけになった飲み会に誘ってくれた奴らで、あれを機に超仲良しになった。もちろん、カノジョを含めて。 「信じらんねーって、お前の方が信じらんねぇよ」 「だよなぁ、普通カノジョに言うか、そんなこと? しかもヤッた直後に」 2人とも、俺とカノジョが付き合うことになったっていうのにめちゃくちゃ驚いてたけど、まぁそれはそれでいいんじゃない?って言ってくれていた。 男同士で付き合うっていうことそのものより、飲み会で全然仲良くなさそうだったのに、そういう関係になったっていう方に驚いたみたい。 「お前らもそっちだって思う? テクニック不足じゃなくて?」 いわば俺とカノジョのキューピッド役って感じ。俺たちに何かあれば2人には話してたんだけど、話した途端にボロクソに言われちゃった。 「いや絶対そうじゃん。え、なんでわかんないの? 正気?」 「フラれろ、フラれちまえ」 「2人してそこまで言わなくてもいいでしょうよ!」 あれから1週間。カノジョと連絡は取れているけど、メッセージしても一言二言しか返してこないし、書展があって忙しいからとか言って全然会えてない。 さすがに俺もピンチだと思ってる。最悪の事態だって考えてるのに。 「え、じゃあさ、なんて謝ればいいの? 昔の話ほじくり返してすいませんでしたっていきなり言うのおかしくない?」 「そこはお前で考えろって。でも絶対その昔の経験引っ張り出したのが一番の敗因だっての」 アイスコーヒーのストローを齧りながらむすくれちゃう。 「ええー……うー……やっぱちゃんと家に行って謝ってくるしかないかぁ」 うだうだしながらテーブルに突っ伏したままでいると、ホント信じらんねぇとまた言われる。 「後手後手じゃん!」 並んで2人して本当にびっくりした顔をしていた。 「あいつの場合は確かに本当に忙しいのかもしれないけど、それにしたっておかしいってわかるだろ、大学いてつるんでないっておかしいじゃん。俺らも気持ち悪いもん」 「さっさと謝ってこいって」 喫茶店の店員さんにも「今日は相方どうしたの?」って言われてたんだけど。 うじうじウダウダしてるこの時間もすごく勿体無い気がしてきたし、何より何にも動けてない自分にイラつきもしてきていた。 「……うーん、うん。わかった、謝ってくる。ちゃんと謝ってくる」 少し頭をあげて、うんと頷いた。 「そうだよ、そうしろ。今日はまだ講義あるのか?」 現在午前11時。1時限目終わりで集合したところだった。 「今日はあと3コマだけー。カノジョもたしかそう」 「じゃあとりあえずここ呼べばいいじゃん。俺らもいるし」 「だな。2人っきりで話するよりいいだろ」 本当にサクサク話進めちゃうんだから。なんて恨み言を言ってる場合じゃない。連絡はすぐに着くだろうから、呼ぼうと思えば呼べるけど、すぐにはい呼びますとは言えない。気持ちの整理がつかない。 「えー、ちょっと待って、ちょっとだけ」 手をパタパタさせると、女子かよ!って2人して突っ込まれた。 「うー待って、俺の勘違いだとしたら最悪じゃん……」 「だとしたらじゃねぇよ、勘違いだよバカが」 「どんな顔すりゃいいの」 一気に背中押される感じが怖い。とはいえ先延ばしにもしたくない。どっちにも転びたくなくて頭がパンクしそう。 「お前さぁ、そんなことで万が一例の先生にまたカノジョ取られたらどうすんだよ?」 「……え?」 先生こと書道雑誌の編集者とカノジョとのことは、2人にも話していた。書道家の家系のカノジョがずっと世話になってるっていう編集者の渋いおっさんなんだけど、カノジョに熱上げてちょっとストーカーみたいなことしてて。で、それを助けたのが俺っていうね。 「完全に諦めてないかもしんねーじゃん」 たしかに、仮に万が一そうだとしたら、結構ピンチなんじゃ……。 「えぇ〜、マジやめてよ、そういう冗談シャレになんないから!」 「シャレじゃなくてマジの話してんだって。お前アイツに甘え過ぎなんじゃねーの?」 「甘え過ぎ……」 まぁ、甘え過ぎと言われて心当たりないかって言われたら、相当あるんだけど、ね。 スケジュール勝手に入れてくれてるの然り、俺の家に来た時につい体を求めちゃうの然り。自分でもちゃんとしなきゃって思ってるけど、俺も本当に根がぐうたらだし、カノジョも優しいしでつい甘えちゃってる。 「……うん、ダメだね、ちゃんとしよう」 先生の話題を出されたら、黙ってはいられない。俺が救い出したっていうプライドみたいなものがあって、絶対にそこだけは譲れない。 「よーし、よく言った! じゃあさっささと行動だ」 おっさんが褒めるみたいな褒め方をされた。 「行動だって何をどうすんの」 「だからさっき言ったじゃん、とりあえずここに呼べって」 「うー……うん」 「まだ躊躇ってんのかよ、じゃあ俺が連絡する」 「あーまって! それは俺がやる!」 ぐだぐだしたやり取りに終始する。静かな店内が俺らの近くだけ騒がしい。 そんな店の中にふわっと風が吹いたのは、店のドアが空いたからだった。 一番奥の席にいた俺ら全員が、風につられてそっちを見る。 ふわっとした優しい風の雰囲気そのままに店の中に入ってきたのは、カノジョだった。 「えっ」 3人とも同じタイミングで驚嘆した。 ドアの向こうから差し込む日の光を髪に受けて、黒髪が少しオレンジ色に光って見える。ツヤッとした肌も遠目に見ても綺麗で、驚きの一方で頭の片隅でやっぱ綺麗だなぁって思っちゃうほどに。 「おい!」 俺より先に、友達が声をかける。気づいたカノジョが軽く微笑んだ。 「なに、どしたの」 ふわふわ笑いながらこっちに寄ってきた。ちょっと緊張する。自然と背中を丸めちゃうのを、正面の2人からしっかりしろ!と怒られてしまった。 「いや、今次のコマまでヒマ潰してたの」 「あぁそうなの」 ふんわり答える感じは、いつもと変わりないのに。 「つうかこいつに呼び出されてさぁ」 「えっ?」 俺に視線が向くと、一気に表情が凍りついた。 「……よっ」 もう無理やり搾り出した勇気で、強引に笑顔をつくった。口角の引きつりヤバい。 「ちょうど空きコマだっていうからコーヒー飲もうって話になってよ」 「そう、なんだ」 「俺らも空きコマだったから。お前もコーヒー飲みにきたの?」 親友2人は実に自然に話題を振って、俺とカノジョの間を行き来した。 カノジョはちらっと俺の方を見て、すぐに2人に視線をやった。 「ううん、俺はちょっと待ち合わせで」 「待ち合わせ?」 「うん、来月の書展の打ち合わせがあって」 話している途中、再び喫茶店の扉が開いた。カノジョと同じように日の光を受けて、アッシュグレーの入った黒髪が艶っぽく光る。 「すまない、待たせたね」 久しぶりに聞く声だった。カノジョが振り返る。 「あっ、先生」 そう、先生こと、俺が一世一代の大芝居打ってカノジョを助け出したストーカー編集者! 「え、ちょっと!」 びっくりして勢いよく席を立っちゃった。 先生とカノジョ、そして親友2人の視線が俺に向く。先生はちょっと目を丸くして、すぐに細めた。前講師室で会った時はメガネなんかかけてなかったのに、今日はメガネかけてるし。すらっとしてしムカつくくらい似合うし! 「おや、久しぶりだね、相変わらず元気そうだ」 ちょっと含みがある言い方するし! 「いやおかげさんで元気ですけど!」 そういうことじゃなくて。ムキになって睨みつけるみたいに見ちゃう。 カノジョはカノジョで、なんか言いたそうな言いたくなさそうな感じで、ただそのやり取りを見てる。 「そうだろうね。交際が充実しているだろうっていうのは、日々の彼の姿を見ていてそう感じるよ」 言いながらカノジョの肩にそっと手を置いた。 「まぁ、これからも仲良くやっていってくれ」 「だからっ! そういうのやめてくださいって! カノジョに触んないでください!」 カノジョもカノジョで何も言わないし! しまいにムキになってる俺のことをチラッと見て、すぐに視線をそらせてしまう。 「先生、それより打ち合わせしましょう。もう時間ないですから」 さっさと一番遠い席に座る。 「いいのかい? 恋人との再会だろう?」 先生が大げさに言うけど、カノジョは大丈夫ですってハッキリ言った。 「書展近いしそれどころじゃないんで」 目も合わせず、さらっと吐かれたカノジョの言葉が、グサグサと鋭く胸に突き刺さる。さすがの先生も一瞬だけ目を丸くしてた。 親友2人はちらっと俺を見てる。俺は変な汗かきながら、目が点になってた。 「まぁ、書展の話し合いにきたからな」 仕切り直すみたいに言いながら、先生がカノジョの後に続いて向かいの席に着いた。なんだか書類みたいなのを机いっぱいに並べ始めると、もう俺なんか入り込む隙間もない。 「……おいおい、マジでやべーんじゃねーの?」 「本当に先生に取られんじゃね?」 声を潜めて話しかけられたけど、本当にスルッと反対の耳にすり抜けて行ってしまった。 いや、コレまずいわマジで。 3:sideY 終わり

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