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3:side I

「それであいつに話聞きたいっての?」 バーに呼び出されたから何かと思ったら、バカみたいな頼みを聞かされた。 「そーなのー、絶対俺のテクニック不足に怒ったんだと思うのー」 「ぜってぇ違うと思う」 話聞いてる限り、カノジョに対するこいつの配慮のなさが原因だと思う。 「だってさぁ、そのあと連絡したけど返信こないし、会おうと思っても約束もできないんだよ」 「大体にしてその喧嘩っていつの話だよ?」 「おととい」 「最近も最近じゃねぇか! 誤差だよそんなもん! そんなに気になんだったら、家でも訪ねてって謝ればいいじゃねぇかよ」 そんなもん、俺の夫にテクニックを聞くのどうこうっていう話以前の問題だろう。 後輩は落ち着かない様子でキョロキョロとあちこちを見ると、唇を尖らせてカウンターに突っ伏した。 「そうなんだけどねぇ……。この間の俺とは違うっていうのをちゃんとこう、形にした上で謝りに行きたい気持ちもあるんだよ」 「はぁ」 「あと、あいつんちすげぇでっかいから行くだけでも緊張するっていうか」 「お前そっちだろ、足が向かない本当の理由」 「や、うーん、どっちも同じくらいっていうか」 どうも歯切れが悪い。 「いいから謝ってこいよカノジョに。話はそれから聞いてやる」 話の筋が通ってない気がして、こっちとしてもはいそうですかって取り次ぎたくない。 「ええ……だってさぁ」 「だってじゃねぇよ」 この期に及んで後輩はまだもじもじしている。 痴話喧嘩に付き合わされてるこっちの身にもなれっつうの。 「お前の一方的な話で、向こうがどう思ってんのかわかんねーけど、話聞いてる限り、カノジョはお前が俺との時のこといちいち引き合いに出すから気に障ったんじゃねぇの? デリカシーねぇなお前」 思ったことをズケズケ言う。ハッパかけないとこのままウジウジして終わりそうだ。 「いやー、それはないっしょ、だって付き合いはじめた時にもうその話してんだもん。今怒ることないじゃん」 「そうじゃなくて、ヤッてる最中とか終わってから別の相手とのこと話しされたら嫌だろって話」 「んー、そうかなぁ、俺と兄さんのことは初体験とはいえ事故みたいなもんだし、もう過ぎた話だからいちいち気にすること無いと思うんだけど……」 考え方の違いといえば聞こえがいいけど、それにしたって全然話が通じない。まぁいい。 「とにかく、ちゃんと謝ってからにしろ。それからヤツに聞いてみるから」 もう一回言ってからビールをひとくちだけ飲んだ。ため息しか出ない。ビール飲んだところで誤魔化せるもんじゃないけど。 そのとき、カウンターに置いていたスマホがチカチカ光りながら震えた。目をやる。夫の名前だった。 「あ」 なぜか後輩まで同じように反応する。 「ちょっと待ってろ」 軽く腰を捻って、後輩から体をそらす。そっと耳に当てた瞬間、彼の甘えた声が耳をくすぐってきた。 「あぁハニー、やっとトレーニングが終わったんだ、今どこにいる?」 仕事終わりに専用のジムでみっちりトレーニングしてたんだ。呼び出されたとはいえ酒飲みに来た俺とは大違い。 「おつかれ。まだバーにいるよ。そろそろ帰るよ」 まぁ何にも解決しなかったけど、適当に奢ってやればコイツも納得すんだろ。 ……なんて思ってた俺が甘かった。 「ちょっとぉ!旦那!だんなちょっと電話代わって!」 いきなり俺に抱きつくみたいに寄っかかってきて、電話してる手を取ろうとしてくる。 「バカ!何すんだお前!」 思いっきりでかい声出しちゃった。でも後輩は全然お構い無し。 「電話旦那なんでしょ!お願い!テクニック!教えて!」 「うるせぇバカが!」 一旦電話を離して思いっきり頭を殴る。 「いってぇ!!」 ガチでグーで殴ったから頭を抱えて丸まった。 「マジ痛ぇ! マジで! あー……」 悶絶してやんの。ったく、バカなことするからだ。 「もしもし、ごめん、じゃあ帰るから」 気を取り直して軽く咳払いをするけど、電話の向こうはこっちの状況が気になったようだ。 「そこにキューピッドがいるのか?」 楽しそうな声に聞こえる。 「えっ? よくわかったな」 「あぁ、電話越しだが声がよく聞こえた。多分キューピッドの声だな?」 まぁうるさかったしな。 「いや、いるけど」 渋々答えると、元気そうじゃないか、とさらに返してきた。 「ちょっと変わってくれないか、この間の礼を言いたい」 「礼?」 「この間打ち上げに来てくれた礼さ」 「打ち上げ、ああ」 CMのか。それこそカノジョも一緒だった。あのときちょっと様子がおかしく見えたけど、もしかしてその時からコイツの無神経発言に怒ってたんじゃないだろうか。 「ちょっと今取り込み中だから」 慌てて切ろうとしたのに、起き上がってきた後輩がまた一言、ギブミーテクニック!とでかい声でいうのだった。 「だからお前うるせぇ!」 もう一回殴りそうだった。 「ギブミーテクニック?なんだそれは?」 あーあ、おかげで興味持っちゃったじゃねぇか! 「なんでもねぇよ、気にすんな」 「親愛なるキューピッドが俺に何か用があるんじゃないのか?」 なんで変に興味持ってんだよ。ちょっとイラッとしてくる。 「だから大丈夫だってば」 「無理にというのなら聞かないが」 彼が少し引いたところを見計らったみたいに、後輩が俺の肩に顎を置いてくる。スマホを持っているのと反対側の肩が重い。 「ちょっ、お前マジいい加減にしろ」 「お願い、兄さん、マジ、マジだから、頼む本当に」 お願いお願いと呪文かお経みたいに唱えられる。空いてる反対側の手で無理やり横っ面をひっぱたいた。 「だから痛ぇって!」 頭を抱えて悶絶してるのを近くで見ていたみたいに、彼がoh!と声を上げた。 「おいおい、喧嘩しているのか?」 外国人特有のオーバーリアクションは電話越しでも把握できるほどだった、抑揚のすごい英語が耳につく。 「喧嘩じゃねぇけどさ」 「それにしてもとんでもない声を出していたが」 「気のせいじゃねぇかな」 これ以上このおかしな会話に付き合わせるわけにはいかない。そう思っていたけど、後輩と彼はなんか変なところでウマがあうらしい。 「彼は英語はわからないだろうが、ちょっと代わってくれ」 彼も彼でそう言って譲らないのだから。もう防波堤になろうとしていたのが面倒になってきた。 「……ほらよ」 敗北した気分だった。舌打ちしながらヤツにスマホを渡す。 「えっ、なに、いいのっ?」 話したがってたくせにいざスマホを渡すと戸惑ってるし。 「お前と話したいんだってよ」 「え、マジ? 俺英語話せないじゃん」 「話したがってたくせに。まぁアイツもわかってるから。でも喋りたいって言ってる」 「マジー? 願い通じたわー」 神様に祈るみたいに手を組んでからガッツポーズしてる。 スマホを受け取ると、軽く咳払いした。カウンターに頬杖をついて、その様子を見守ることにする。 「はっ、はろー」 すっげぇ日本語発音でハローって言ってるし。 「えーっと、あのー、あいむ、てぃーちんぐ、ゆあ、てくにっく」 「なんじゃそら」 思いっきり隣でツッコんでしまった。電話越しにも夫の声でwhat?って聞こえる。 「兄さんなんて言ったらいいの? もー無理俺」 「せっかく本人と喋ってんだからもう少し頑張れって」 「ホントマジ無理、今までの話全部謝るから無理」 顔が完全に引きつってた。 「じゃあ諦めるんだな?」 ちょっと圧をかけて尋ねる。けど、そこはガンとして譲らない。 「ううん、諦めない!」 「はぁ」 「直接会って話せばちゃんとわかってもらえると思う!だからお願い、旦那に会わせて!」 「……」 なんでそんな前向きなんだよ。意味わかんねぇ。でも、会うまで引き下がりそうになさそう。 スマホを取り返して、彼と通話する。 「もしもし、俺」 「おうハニー! キューピッドはなんと言っていたんだ、俺も日本語をもっと学ばないとならないな」 「ううん、いいんだよ。あのな、このバカお前に会いたいんだって」 伝えると、電話越しでもわかるくらい明るく楽しそうに笑った。 「ほう、それは光栄だな! キューピッド様が俺に何の用だ? また幸運を運んでくれるつもりか?」 戯けてるし。 「お前にセックスの指南をしてほしいんだって」 何のためらいもなく口に出すと、セックスだけ聞き取った後輩が俺の背中を叩いてくる。 「ちょ、兄さん、え、おっけー? おっけーなの?」 浮き足立ってるのが言葉の端々から伝わってくるけど、俺は夫との会話に終始する。 「セックス? あぁ、だからテクニックがどうとか言っていたのか」 「テクニックは聞き取れたのか」 「かろうじてな」 こいつの日本語のリスニング力も上がったもんだと関心してしまう。それはさておき。 「セックスのテクニックを俺に聞きたいっていうのか?」 「なんかそうらしい」 「ほう、恋人に何か言われたのかな?」 言われたわけではないけど、彼は勘がいいから助かる。 「んー、まぁいろいろあったらしいよ。後で話すよ」 「わかった。詳しく聞こう」 電話越しに軽く咳払いをした彼は、キューピッドにはわかったと伝えておいてくれ、と言った。 「はっ? 教えてやる気かよ?」 「もちろん! お安い御用さ!」 「ええー、何それ、意味わかんねぇ」 「若い彼らが愛し合うために必要な手段を、俺が教えてやるということだろう、光栄なことじゃないか」 「いや、そうだけどさぁ」 俺の想像の範囲のこととはいえ、こうなる経緯を知ったら彼も何と言うだろう。 「まぁ、安請け合いしないで、俺の話聞いてからにしてくれ」 ちょっと呆れ気味に言うと、やっとわかってもらえた。 「ハニーがそこまで言うなら」 ちょっと気まずそうに。 「あ、別に大した事じゃねぇから、うん」 こっちも適当に濁した。 電話を切ると、後輩は嬉しくてしょうがない犬みたいになっていた。 「なんだって? なんだって?」 奴のケツ辺りで、ないはずの尻尾が凄い勢いで振られているのを感じた。 「あー、なんかなぁ」 めんっどくせ。というのを飲み込んで、露骨なため息を1つ。 「奴はいいって言ってた」 それだけを言う。後輩の目が輝いた。 「マジー! 超嬉しい! やった、言ってみるもんだ!」 ガッツポーズ決め込んでるけど、直接英語で言ってやったのは俺だっていうのはなかったことになってる。 「いつ? なるべく早くがいいんだけどいつ?」 がっつき具合が半端ない。俺の肩に腕を回すと、そのまま抱きついてくる。 「やーめーろーっつうの! うぜぇな」 「いいじゃぁん、一度は枕を共にした仲じゃん!」 「だからそういうこと言うからダメなんだよお前は!」 我ながらガチ説教モードでブチ切れたけど、酒も入ってる年下の男の耳に入るわけもない。 「よっし! 全部メモって全部カノジョに披露してやる!」 少年漫画の主人公みたいな目の輝かせ方をして、宝くじが高額当選したみたいな喜び方をして。 見ているだけでだんだん腹立ててるのもバカらしくなってきて、振り上げそうになった拳に込められた力が、すっと抜けていくのを感じた。 「日程いつでもいいからさ、旦那めっちゃ忙しいでしょ? あ、でもなるべく早い方が助かるかなー」 気遣うような自分勝手なようなことを言いながら、スマホを操作している。 「俺来週から定期考査あるから、その後だと助かるかなー、早ければ」 そして画面を見せつけてきた。スケジュール帳みたいなのを指さしてくる。5日間くらい連続して、赤い丸がついている。 「考査? カレンダー管理してんのかよ、意外とマメだな」 「うん、実習とかもあるからさぁ、一応。カノジョにその方がいいよって言われて」 「それもカノジョ発信なのかよ」 「そうだよ。俺そういうの全然無頓着だったから呆れられちゃった。何なら勝手にスマホに予定入れてくれてる」 「スマホまで見せてんのか」 こいつの生活のあらゆる面をカノジョがサポートしてるってことなのか。そこまで信頼できる相手がいるってことは良いことなんだろうな。 そう思うとホントにこいつは随分軽率なことでカノジョの信頼を失ったもんだ。 「別にやましいものなんもないし、連絡先も本当最低限の人だけにしたし、見せたって大丈夫」 自信満々に言うところを見ると、なるべく早いうちに夫に会わせてやってもいいかな、と思えてきた。 俺の予定と彼の予定は似たようなもんで、家に帰ってきてジムに行くのが彼で飲みに行くのが俺ってくらいの違いしかない。それも2時間程度のもんで、仕事以外の時間も意外と合わせようがある。 「日本に来てから友人に飲みに誘われることがなくなったからな。あれはあれで退屈なもんだった」 彼はそう言っていて、聞いた時は飲み友達と引き離して悪かったなと思ったもんだけど、人間関係をリセットしたかったから感謝しているとも言っていて、そういうもんかねと思ったのを思い出す。まぁ、そんな話はどうでもいい。 後輩の予定を聞いて家路に着いた。ゆったり歩く帰り道、ちょうど彼から連絡が入って、マンションのエントランスで待ち合わせて部屋に戻った。 「キューピッドは元気だったか? 俺も彼に会っていないから、話を聞いたら彼に会いたくなったぞ」 リビングのソファに腰掛けながら、こっちはこっちですごくウキウキした様子。 「なんなのお前ら、似たようなテンションでさぁ」 俺は俺で開口一番呆れてるわけで。夫は怪訝そうな顔をしている。 「どうしたんだハニー、そんなに嫌な話だったのか?」 事情を知らない彼は眉間に皺まで寄せている。 「あー、いや、ほら、なんかあいつらしいっていうか、なんていうか」 「まぁ聞かせてくれ、ハニーが聞いて欲しいと言っていたから、心づもりがある」 ソファに来るように促され、キッチンに立とうとエプロンに伸ばした手を止めた。 「ホントそんな大したはなしじゃねぇよ」 「大した話じゃないことが、人生に大切だったりするもんさ」 売り言葉に買い言葉というかなんというか。うーんと、と軽く濁してから、彼の隣に腰掛けた。 「あいつがお前にテクニックを教えてほしいって言ってたのはその通りなんだけど、どうしてそういう話になったのかっていうのは、俺の想像の範囲内での話だけど、あいつが原因なんじゃないかと思ってさ。あいつの話を聞いていたらそう思ったんだ」 「俺はてっきり恋人に何かを言われたのかと思っていたぜ」 「ああ、うん、それもあると思う」 自然と体を密着させながら話は続く。 「いったいどんな話をしたんだ?」 そう、肝心なそこを話していなかった。 「いや、なんかさぁ、あいつがカノジョとヤってたらしいんだよね。で、終わった後に、あいつがなんかカノジョじゃない別の奴とヤッたときの話したらしいんだよね、比べるみたいな」 あえてそれが俺のことだとは言わない。 夫には、俺があいつの初体験の相手だってことは伝えていない。伝えるタイミングもなくここまで来てしまったから、もう一生言わないつもりだった。不要な過去の話で彼を傷つける必要はない。 「Oh、それは良くないな。パートナーがいるというのに過去の相手と比べるなんて、愚かなことだ。しかもセックスを比較するなんて、最も愚かなことだ」 彼が露骨に顔をしかめる。 「だろ? さすがに俺でもそう思うもん」 ここで諸手を挙げて後輩に賛成されたらどうしようかと思った。 「しかし、若さは時にそうした過ちを犯すものだからな。誰も人のことは言えない」 けれど、後輩の気持ちもわからなくはないらしい。 「お前もそうだったの?」 「あぁ、それも大昔の話だがな。お前だってそうだっただろう?」 「んー、まぁなー」 今が落ち着いてるってだけで女なんか取っ替え引っ替えだったし、お世辞にも素行がいいとはいえなかった。だから後輩のことなんか否定するのも正直おこがましいんだけど。そこは棚にあげちゃうから俺もどうしようもない。 改まって聞いたことないけど、活動範囲がが世界レベルだった夫なんか、もっと取っ替え引っ替えだったんじゃないかと思う。 「愛する者のために、過ちに気付いてこれから正せばいい。きちんと謝った上でな」 けれど、そんな彼の言うことは的確で、素直にすっと胸に入ってくるから不思議だ。 「お前は人として正しいよ」 ため息混じりに笑いながら言うと、同じように笑いながら軽く首を横に振る。 「それらしいことを言っているだけさ。もし正しいことを言っているのだとしたら、全てお前のおかげだ」 「はいはい、そうかよ」 いつものやりとりに終始して、軽いキスを交わした後、再びキッチンに立とうとエプロンを身につけた。 「アイツはボロボロ誰とやったとか言うからダメなんだと思うんだよな」 キッチンの動きの方に気をやりながら、何の気なしに独り言みたいに言う。 「言わなきゃわかんないのに。だから変な誤解されんだよ。本当バカだよな」 まるでアイツを擁護するようにも聞こえたけど、全然無意識で。 彼は不思議そうな訝しそうな顔をして、首を傾げていた。 「たしかに言わなければわからないだろうが」 「ん?」 「キューピッドの恋人はとても傷ついたと思うぞ。愛する相手の昔のことなんて、本人の口から聞かずとも噂話ですら知りたくなかったはずさ」 役者みたいに、露骨に眉間に皺を寄せる。 「んー、まぁそりゃあ傷ついただろうし、完全にあのバカが悪いけど、今の時代、何人かと体の関係があったっておかしくはないしな」 お前だってそうだろ、と言うと、ちょっとうろたえたみたいに軽く咳払いする。 「まぁ、そう言われてしまえば俺もその通りだが」 「だろ?」 俺だってそこは人のこと言えないし、彼のことだって否定はしない。けれど、彼は納得していないみたい。 「例えばハニーは俺と過去の相手の話を他人から聞いたとしたら、嫌ではないのか?」 「んー、どうだろな、嫌だろうけど仕方ないような気もするけどな」 とはいえ有名人の彼のこと、調べようと思えばネットでいくらでもそういう話が出てくるわけで。だけどそういうのをあえて調べたこともないし、調べたいと思ったこともない。無意識に、昔のことを知って傷つくのを避けているだけなのかもしれないけど。 「それなりの年を重ねてれば、ある程度の経験してるやつも多いだろって話。それでわかることとか学ぶこともあるわけじゃん」 あくまで一般論として言ったつもりだった。 「だが俺は、そこはなかったことのように新鮮な気持ちで向き合って愛し合えるのが一番いいと思うんだ」 彼の愛情表現はまさにそんな感じかも、と言われて改めて感じた。 肯定から入るか否定から入るかの違いなのかな。だんだんわからなくなってくる。 「ん、わかった。どっちにしたって俺にはもうお前しかいないわけだし、お前だって俺しかいないわけだし」 「その通りだな」 「だからそれでいいじゃん。いちいち何かを気にかけたり、嫉妬する理由がない」 適当にその場を濁して、改めてキッチンに立った。 これで一区切り、とひとつ息を吐いた俺のことを渋い顔をして見つめながら、彼はならば、と声をあげた。 「ハニーは嫉妬しないということか?」 「あぁ?」 うまく聞こえないフリをして、再び場を濁す。 俺はそのままそのやりとりを忘れてしまったけど、彼はなんだかしばらく渋い顔をしていたのだった。 3:side I 終わり

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