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2:side Y
(あーんもう)
マジで最近カノジョの様子がおかしい。
別に普通に会ってるし、デートもしてる。話もする。けど、あんまり笑わないし、寂しい顔してることが多くなったような気がする。まぁ、ラブラブだとは思ってるけど。
「っ、ん……」
今だって、2人でイチャイチャしてる真っ最中。いつもの俺のシングルサイズのベッドで、汗ばんでるカノジョの姿を、じぃっくり眺めているところ。
(あ、ヤバい、めっちゃ可愛い)
ゆるーく眉間に皺寄せながら、唇半開きにしてるのがすごい可愛い。ぎゅっと目を閉じてるのも恥ずかしそうで萌える。唇真っ赤だし。キスしまくったからちょっと腫れぼったく見えるのもすごくいい。
中に入れてまだあんまり経ってないのに、それだけでもうイッてもいいような気がしてきた。
「可愛いー、超可愛い」
心の中で思ってたつもりが、ぽろっと口から出ちゃってた。
「っ、あ?」
喘ぎながらぽやぽやしてたカノジョが、ふわっと目を開けた。
「なぁに……っ?」
軽く首かしげてくる。その仕草もちょっと子供っぽくて可愛い。あー、もう可愛いしか出てこないんだけど。語彙力が足りなすぎる。
「超可愛いなぁ~と思ってさぁ~」
正直に白状しちゃおう。
白状ついでに鼻の下が伸びちゃうのもご愛嬌ということで。あー、部屋の電気暗くするんじゃなかった。ムードを考えて、ベッドサイドのデスク用のライトだけ付けてた。おかげでちょっと暗くてカノジョの体が見にくい。
「お前いっつも言うよなそれ……」
そう、いっつも言っちゃうんだよ。それでもカノジョは拒否するでもなくって、ただじっと俺の方を見てくれるだけだった。
「うーん、だって可愛いし。セクシーだし」
「セクシーって……」
「もう体つきがヤバい。体だけじゃなくって全部だけど、特に体つきがヤバい」
カノジョは相変わらず中高生的な発展途上みたいな幼さと、なのに色気たっぷりな大人っぽさを備えたまさに俺好みのいい体をしてて、見てるだけで十分オカズになるくらい興奮させてくれる。
それを抱けるっていうんだから、贅沢極まりない感じっていうか……あー、語彙力が足りない。
けど、切れ長い目でジィッと見つめられると、目が綺麗すぎてなんか悪いことしてるような気分になってくる。
「お前のそういう感覚全然理解できないけど、まぁ、うん、褒めてくれてありがとう」
軽く頷くみたいに頭だけでお辞儀した。
「いやぁこちらこそいつもお世話になってますぅ」
こっちもつられて鼻の下伸ばしながら会釈しちゃう。
その顔を見て、カノジョがふっと笑う。
「気持ちいいけど、今日はゆっくりできそうだね」
「え? ゆっくり?」
「話しながら、ゆっくり。いっつもあんまり余裕ない感じするし」
「あー、うん、そうかも」
いっつもどうしても余裕なくてガツガツやっちゃうんだよなぁ。悪いなぁと思いながら。カノジョが可愛すぎるからしょうがないじゃんって言い訳したってダメでしょうか。
「ちょっと新鮮でいいよな」
カノジョはちょっと嬉しそう。あんまり考えたことなかったけど、たまにはこうやってゆっくりやるのいいかもしれない。
ゆるーく突き上げて時々カノジョの甘ったるい声を聞きながら、なんでもない話をするのも、それはそれで楽しい。
「そういえばさ、この間お前が言ってた駅前のコーヒー屋、なんかテレビの取材来てたみたいよ」
「あー、アレ? なんか外国から来たやつだっけ?」
「そうそう。東京以外だと初出店なんだって」
「へぇー、じゃあ今度行ってみよっか」
「うんっ」
行きたかったのかな、行こうかって言ったらすんごい笑顔になった。
「学校の喫茶店のコーヒーもいいけど、たまにはね」
「だねー、つい節約で学校の喫茶店で済ましちゃうもんねぇ」
ちなみに俺たち、足しげく喫茶店に通ってたせいで、大学では知られた同性カップルになりマシタ。
「アフォガード美味いって言ってたから、アフォガードは食べてみたい」
「あれ? アイスはアイスで食べたいとか言ってなかったっけ?」
「妹に食べさせられて、少し慣れたんだ」
カノジョはまだ小学生の年の離れた妹をすごく可愛がっている。こうやってポツポツとしか話してくれないけど、ちょっと嬉しそうに話してるのもすんごい可愛いくて好きなんだ。本当にいいお兄ちゃんなんだろうなっていうのが伝わってくる。
「そっかぁー、じゃあ今度は俺と食べようねぇ、うーん」
つい、子供を甘やかすみたいに言っちゃう。
「ガキ扱いすんな」
そうやってほっぺた膨らませるから余計に可愛いんだっつうの。
「まぁいいじゃん。ね?」
この場を濁すには、体を動かすのが一番。
腰だけぐんと突き上げると、カノジョがちょっと高い声で短く喘いだ。
「ちょっ、話、まだ終わってなっ」
「んー、終わってなかったっけ?」
「ばかっ」
必死で対抗してこようとする。腕をばたつかせよう動かすのを、それとなく押さえつける。
「やだあっ」
俺知ってんだよねぇ。うちのカノジョ、強引に攻められるの嫌いじゃないってこと。もちろん本気で嫌がることはしないけどね。
その証拠に、中の締め付けがすごい。腰を深く進めれば進めるほど、逃がさない!みたいな強い締め付けを何度も繰り返してくる。
「あぁっ、待ってヤバい、そんな締め付けられたらっ」
すぐイッちゃいそう。男のプライドにかけて、それだけは何としてでも避けたい。
だけど腰の動きも止まらないし。
「ぁあっ、あぅっ、はぁあ……っ」
カノジョの方もちゃんと感じてるみたいだからまぁいいや。
とろんとしたため息に絡めたみたいな喘ぎ声が、気持ちいい証拠。カノジョのことなら、手に取るようにわかるんだから。
「っ、ひ」
上づった声とビクッと跳ねる体。気持ちいいって全身で表現してくれてる感じ。たまんない。
「気持ちいいの? ん?」
俺も俺で、つい甘やかしたいみたいな聞き方しちゃう。
額と額をくっつけながら、視線も逃したくなくて、じっと見つめて。
(キレーな栗色)
うっすら開いたカノジョの瞳は、濁りのない綺麗な栗色をしてた。
それすら恥ずかしいみたいに、ぎゅっと目を閉じられてしまった。
「ねぇ、目、見たい、ちゃんと」
俺もちゃんと喋れてないし。お願いしたところで、恥ずかしがり屋だから目を開けてはくれないだろう。
「やぁ、だ」
やっぱりますます目を閉じちゃう。ぎゅっとしてる目の皺すら可愛い。
「大丈夫だって。俺しか見てないし。ね?」
なるべく優しく優しく言ったつもり。俺も俺でもう結構体が限界近くて。ゆっくり目を開けてくれたカノジョの瞼に、軽くキスを1つ。
なんとなく目が潤んでて、それもなんかすごくいい。
「ねぇもうイっていい? 結構我慢してたんだよね」
はっきりと尋ねると、恥ずかしそうにはしていたけど、ブレずに俺のことを見て答えてくれる。
「うん、俺もイきたいから、イこ」
汗ばむベッドの上で、まったり微笑んでくれた。うっすら汗の影が浮かんで見言えるのもすごく色っぽくて、なんていうか、すごくイイ!
「やっ」
声と体が跳ね上がる。
「いきなりっ、おっきく、しないで」
自分でもわかった、下半身がなんかすごく血が巡ってる感じがしたのが。
だから、そう言われましても。
「これは調整できないってわかってるでしょ?」
同性なんだからあるあるネタみたいなレベルでわかってくれるだろう。もちろん、カノジョだって、こういう場面でうわ言みたいに言っただけだろうし。
「でもっ、おっきぃ……」
カノジョに涙目でそういうこと言われるの、悪い気はしないなぁ。
「そういうのわかるくらい感じちゃってんだ?」
そういうとき、敢えて静かに穏やかに尋ねる。そうすると本当に顔真っ赤にして、どうしたらいいのかわかんないみたいなオロオロした表情で目を泳がせるから。
「そっ、いうの、いちいち言わなくても……」
「だって聞きたいじゃん、ちゃんと感じてるのか心配だし」
なーんて。心配なんか全然してない。カノジョが感じてるのは、カノジョ以上に俺がわかってる。
伏せている長い睫毛が小刻みに震えて、本当に恥ずかしいってことをアピールしてくる。
「そ、りゃあ」
「うん?」
「あの……っ」
「うん」
つっかえつっかえなのがすごく可愛い。
「気持ちいい、よ」
そして絞り出した、本当に小さい一言。俺しか聞いてないのに、誰かに聞かれるんじゃないかって恐れてるみたいに、声を潜めてる。
「えぇ~、もっかい、もっかい聞かせて!」
それが本当にどうしようもなく健気で、無駄におねだりしちゃってた。
「一回でいいだろ」
「もう一回くらいいいじゃん」
「よくないっ」
そうやって出し惜しみするところも、次の楽しみに取っておくって感じですごくいいけどね。あー、俺本当にカノジョにベタ惚れなんだなぁ。
「どうでもいいから、あの」
言葉を詰まらせた彼女が、目を泳がせる。
もじもじしながら、無理矢理自分の下半身に触れた。
「早く、ちゃんとして……?」
自分のをぎゅっと握って、俺の顔を見てくる。薄暗い明かりの中だけど、密着してるから俺の顔をしっかり見てくれてるのがよくわかる。
「わかった、うん、気持ちよくする」
鼻の下が伸びそうになるのを堪えて、ゆっくりと打ち付けるみたいに、また腰を揺らし始めた。
「っ、あ」
カノジョが軽くしゃくりあげながら喘ぐ。
「んっ、んんっ」
声を我慢するみたいに、ぎゅっと口を閉じていた。
「我慢しなくていいよ、ちゃんと声聞かせてよ、ちゃんと気持ち良くするから」
交換条件みたいなこと囁きかける。嫌がるかなと思ったけど、カノジョは少し息を弾ませてから、少しずつ可愛い喘ぎ声を聞かせてくれた。
「ぁん、っあ、はぁ」
「うん、可愛い、すげぇいい」
本当に声だけでイきそう。流石にそれはプライドが許さない。
別にマウンティングかまされてるわけでもなんでもないのに、なんか優位に立ちたくなっちゃう。
「あぁっ! うぁっ、あ」
少しずつ声が大きくなる。あんまり声が大きくならないように、注意を促す意味でキスをして。
察したカノジョが少し音量を落とした。でも喘ぎ声は可愛いまま耳に響いてくる。
「っ、あー……」
俺も俺で、うまく声が出せなくなる。どういうわけかこうやってカノジョと抱き合ってると、全然我慢ができなくなっちゃってどうしたらいいのかわかんなくなる。
女の子とは全然違う。多分だけど、本当にカノジョのことが好きだからこそ気持ちいいんだ思う。
「ちょ、うっ、んん」
無理矢理えぐるみたいに腰を揺らすと、中ですらひきつるみたいに締め付けられた。
「っ、あっ、もぉ」
カノジョの声もひきつってる。少しだけ声が高くなると、カノジョが本当に感じている証拠。
「あっ、あ、ん……っ」
男だから喘ぐ声が変で嫌だって言ってたけど、俺を興奮させるには十分な、本当に甘ったるい声なんだよね。
耳元で直にその声聴くと、本当どうしようもなく幸せだなって思えるし。
「もうちょっとおっきい声でも大丈夫だよ」
蚊の鳴く声みたいにボリュームダウンしちゃったから、ちゃんと聞きたくてこそっと囁く。
「でもっ、あ」
なのに余計に控えめになっちゃう。
「無理そ? 声出ない 」
「出ないっ」
しまいに囁いちゃうし。そうやって控えめにしてるところもすんごい可愛いからいいか。
全部に夢中で、俺がやることなすこと全てに新鮮に応えてくれる。
高校のとき彼女はいたって言ってたことがあったけど、本当に手を繋ぐとかそのくらいのことしかしたことなかったんだって。だから、こういうことするのは俺が初めてなんだって。
大事なことだからもう一回言うけど、俺が初めてだったんだって!
「もー、むりっ、い」
ちょっと高くて、甘ったるく鼻にかかった声。本当にイきたいみたい。
カノジョの下半身を掴んで、ちょっと乱暴に上下させる。俺が普段してるのと同じように。俺が1人でしてるときの癖丸出しで摩ってたら、カノジョもだんだん俺の癖に慣れてきちゃったみたい。
「あっ、もぉっ、っ」
ちょうど先端いじってたとき、カノジョはあっという間に達した。俺の指先は、カノジョの発したあったかい蜜でぬめってる。
「すご……1人でしてなかったの?」
なんかいつもより量多いような色が濃いような。
手を見ながら露骨に聞いたら、顔真っ赤にしてそっぽを向いた。
「忙しくてしてなかった……」
「ああ、撮影あったしねー」
「それだけじゃない、けど」
書展がどうのとかも言ってたっけなぁ。書道家っていうのもなかなか忙しいみたい。
「え、最後にしたのいつ?」
息も整わないのにズケズケ聞いちゃう。
「わかんない、いちいち覚えてない、そんなの」
無理矢理息を整えようとしながら、一言一言言う。
「覚えてないくらい前?」
「え、だって、いちいち覚えてる?」
「俺覚えてるー、昨日もしたし」
雑談しだしたけど、俺がまだ達してない。
雑談の合間、ゆるく腰を前後させる。
「っ、あ」
「昨日もしたけど、やっぱお前としてる方が気持ちいい」
カノジョの声がちょっと跳ねた。カノジョを気持ちよくさせて、あとは俺のターンって感じ。
カノジョにすっかり覆いかぶさるようにしていた体勢を、俺が動きやすいように少し体を起こす。
「も少し泣いてもらおうかな~」
いたずらっぽく言うのはこれが最後。
ゆっくり引き抜くと、一気に根元まで突き入れた。油断していたカノジョが目を見開く。
「ひゃっ!うぁっ」
声が裏返ってる。慌てて手の甲で口を隠そうとするのを、両手の手首を奪って阻止した。
達して敏感になってる中を攻められるのが本当に弱いみたい。
「ちゃんと声聞かせて?」
耳の穴に直に囁いた。
「ばかっ、あ」
目を真っ赤にしてウルウルさせてて、じっと俺のこと見つめてて、本当に可愛い。
いつも思うけど、本当にこの人が付き合ってくれてるなんて信じらんない。死にたいなんて思ったこと一度もないけど、不思議と、本当生きててよかったなぁと思う。
感慨深さに浸りながら、腰の動きは止められない。
「っ、やべー、いくっ、カモ」
歯を食いしばったつもりだったけど、我慢できなくてぼろっと口にした。
「はやくっ、いけっえ」
限界を迎えていたカノジョが、逃げ腰で、半泣きで声を裏返す。
逃げ腰になられたら、気持ちよくなるものもなれやしない。強引に突き上げながら、カノジョの腰をしっかり掴んだ。
カノジョが髪を振り乱す。
「やだぁっ! もぉっ、や」
さらっとした長めの柔らかい髪が、俺の目の前だけでぐっちゃぐちゃに乱れる。本当に最高の眺め。
その顔見てるだけで、だいぶ限界に近くなってくる。
「っ、あー……」
もう我慢する必要もないか。もう俺もいい加減出したくなってきてるし。
「いい? 出すよ、ね」
ダメって言われたって出すんですけどね。中まで敏感になってるカノジョの耳には届かない。
「もぉっ、あっ、あ」
声が上ずっててすごくヤラしい。枕に頭を食い込ませるみたいに頭を反らせて、終わったら髪ぐちゃぐちゃになってんじゃないかな。
あー、もーダメだ。
ふっと頭の中が真っ白になって、甘ったるい電気を浴びせられたみたいな心地よさとともに、思いっきり吐き出した。もちろんゴム越しに。カノジョの体に傷をつけたくないから。
「っ、あー」
一気に吐き出して、カノジョの上に倒れこんだ。
「うあっ」
受け止めてくれたカノジョがびっくりして変な声を出した。
「……おもい」
「あ、あー、ごめん、悪気なし」
「じゃあどけ」
もうちょい抱きついてたかったのに。引き抜きながら渋々離れると、無理矢理横に寝た俺に抱きついてきてくれた。
「この方がいい」
「そお?」
「うん」
腕枕すると、肩にほっぺたを擦り付けてきてくれる。
「この方が落ち着く」
イッたばっかりとはいえ、全部の力を抜いてまったりされると、頼られてる感じがしてすごくいい。
「守られたい感じ?」
敢えて聞いてみるけど、カノジョが素直にうんというわけもない。
「そういうわけじゃない」
「俺は守りたいけどなぁ」
「……」
ちょっとだけ動いた。顔を隠すように。
「守りたいとか、いいって」
「なんでー? 男って守りたいもんじゃん」
「俺も男だから」
「お前は守られててほしい、俺に」
「なにそれー」
納得いかないよね。ですよね。わかってるんだけど、そういうことにしておいてほしい。わがまま丸出しだけど、カノジョを強引に抱きしめて納めた。
「でも、この間はありがと」
俺の胸に埋もれたまま、カノジョが呟いた。
「痴漢追っ払ってくれて、ありがと」
そうそう、この間一緒にちょっと混んでた電車乗った時、サラリーマンに変に密着されてて超嫌がってたのね。もう電車待ってる時から変に距離感近いなとは思ってたんだけどさ。無理矢理間に体押し込んで、軽くカノジョのことハグして守ったよっていう話です。ハイ。
「あー、うん、それは大丈夫」
そのおっさん、俺が体挟み込んだら舌打ちしてたからね。確信犯だったと思うよ。
「結局守られてるもんな、俺」
ちょっと落ち込んだみたいに、息を吐きながら呟いた。
「うーん、そんな気にすることないと思うけど」
「こういう時も、俺女役じゃん」
「んーまぁ」
そこはまぁなし崩しにというか、ほとんど俺が強制的にっていうか、そうしちゃったところもあるんだけど。
「男役やりたい?」
カノジョは少しぼんやりしたまま、うーんと唸った。
男だもん、やりたくないわけじゃないだろうけど、俺個人としてはやりたくないと言ってほしかった。
「やってみたいけど」
「けど?」
ぼんやりを引きずったまま、のんびりした口調で言う。
「なんか俺とお前とじゃしっくり来ないような気がする」
そしてそうっと抱きついてきた。
「もうちょっとちっちゃくて可愛い子がいい、やっぱり」
「んー、じゃあ俺とは無理かぁ」
さりげなく離脱する。だからって浮気されても困るんだけどさ。
「お前じゃごっついし、痛そう」
言いながら肩から二の腕を撫でてくる。
「そうねー、お前よりはごついかな。お前は細すぎるしな」
「しょうがないじゃん、太れないんだから」
そういう体質なんだって。
「まーねー、本当にゴツい男なんか本当にそっちの人じゃない限り、抱かない方がいいと思うよ。俺兄さんとしたとき本当思ったもんね」
かつての思い出が頭をよぎった。
「兄さんもさぁ、結構ゴツいから変な感じしたっていうかって感じだったから。初めてがそれだから、なんかその印象強いんだよね」
もう何度思い出したことか、俺の初体験のこと。初めて他人に体をさらけ出したのは、俺の尊敬する大事な先輩で親友でアニキみたいな兄さん。
カノジョにもそのことは伝えてる。つい最近と言っちゃあつい最近なんだけど、えらい昔のことみたいにも感じる。カノジョを大事に思うようになってから、余計に。
「でもさぁ、あの時本当に男がムリだって思ったら、お前と付き合えなかったもんなぁ」
そうなんだよ、あの時の経験がなかったら、カノジョとはただの大学のコンビニバイトとその客のままだったわけだから。
「それは本当に感謝しなきゃだなぁ、兄さんに」
ぽつっと言っちゃってた。いかにも感慨深そうに。
カノジョは何も答えなかった。
「ね、そう思わない?」
何も言わないなんておかしいと思って尋ねてみたけど、やっぱりカノジョは何も言わなかった。
なんか変な空気が流れる。ぴったりくっついてるはずなのに、カノジョが遠い感じがする。
「えっ?」
何がえなのか、自分でもよくわかんないけど、なんかえっ言っちゃってた。
腕の中でちらっとカノジョが動く。本当にさらっと髪が動いたって感じ。
そこから一気に体を起こしたカノジョは、無言で俺の体を跨いで、床に抜け殻みたいに落ちている服を集め始めた。
「なに、どしたどした?」
いつもならこのまま一寝入りするのに、一心不乱に集めた服を着ている。俺も体を起こすけど、こっちの動きなんか御構い無しって感じだし。
「なぁどしたの、ねぇ」
まっぱのまんま起き上がる。立ち上がって、全部服を着てしまったカノジョの肩を掴んだ。
少し下から見上げるみたいに睨まれる。目が真っ赤に潤んでいた。
「っ、さわんな!」
「え……っ」
背筋が伸びた。まずい。なんかよくわかんないけどこの状況まずいぞ。
「ちょっ、なに、なんで泣いてんの?」
聞いたところで話してくれなさそうなのに、俺も俺で気が動転してて聞いちゃった。
「なんでもねぇし」
って行ってるけど絶対なんでもあるでしょうその感じだと。
「なんでもないのに泣くわけないじゃん、どうしたんだって、話してくれなきゃわかんないって」
ちゃんと聞きたい。つい今の今まで悪い雰囲気じゃなかったはずなのに、どうしてこんなことになっちゃったんだ?
目を伏せたカノジョは、少し黙った後に、小さい声で話したくないと言った。
「いや、でも」
「でもじゃなくて話したくない。もう帰る」
財布とスマホが入っただけの小さい肩がけカバンを引っこ抜くみたいに持って、ズカズカと玄関に向かってしまう。
「っ! ちょっと待って!」
全裸なのも全然気にしないで玄関まで追いかけた。追いかけたっていったところで、そこは一人暮らしの1Kの部屋。でっかく3、4歩くらいでカノジョに追いついた。
後ろから捕まるみたいに肩を掴む。振り返ったカノジョは眉間に軽く皺を寄せた、本当に悲しそうな顔をしてた。びっくりして、心臓がきゅっとなる。
「……バカ」
綺麗な赤い唇が、その奥の白い歯が、たった一言小さく動いた。
「バカ。もう知らない」
「……え?」
なんか俺、そんなに変なこと言った?変なことした?
「バイバイ」
頭が真っ白になってる俺の手を振り払って、カノジョはあっという間に家から出て行ってしまった。角部屋で隣が階段になっているのを、カンカン踏みしめる音がする。
音は最終的に聞こえなくなって、もうカノジョがいた形跡は何となく残ってる布団の温もりくらいだった。
「……え?」
ぽかんとしてしまって、あっという間にカノジョの背中を見送った俺。何であんなに不機嫌になっちゃったんだ? 全然ピンとこない。それがダメってこと? 全然わかんない。
(そして俺どうしたらいい?)
ショックで心がうまくうごかない。
「えー、ちょっと、ちょっと待て、落ち着け俺」
素っ裸のまま、一人で家の中をくるくる回りながら頭を整理する。あ、ゴミ出しするの忘れた。洗濯もしなきゃなのに。どうでもいいことに頭が持ってかれながら。
まずは今までの流れを整理しよう。お互い今日の講義が午前中だけだったから、学校終わりに普通にカフェで待ち合わせして、簡単にお昼食べて、そのまま俺の家に来て。
「そんでぇ、借りてきてたAV一緒に見てぇ」
指折り数える。
「そんで、いつも通りにイチャイチャしてぇ……」
全然普段と変わりなかったのに。なんか変わったことをしたつもりもない。
けど。
(まぁ、最近あんまり元気ないなとは思ってたけど)
それも原因がよくわかんないままだったんだけど、なんかそれが関係しているのかな。
「うー、でもそれって俺が関係してるかどうかもわかんないし……」
ベッドの、ちょうどカノジョが居た辺りに腰掛けて頭を抱える。
大学のことかな。それとも書道のことかな。もしかしてまだ先生に付きまとわれてるとか。
(いや、それなら俺に言ってくれるハズだし)
大学のことも、書道のことも、家のことも、どんなに小さいことも俺に話してくれるんだ。
例え口喧嘩みたいになったって、カノジョはちゃんと俺に自分の思いを話してくれる。カノジョのことなら、俺は何だって知ってる。俺もカノジョに何だってはなしてるし、もちろんお互いに他言もしない。
(え、ってことは、もしかして俺に対する何かってことか?)
なんかそんな気がする。だとしても今思い返した通り、全然心当たりがない……んですけど?
「ええー……ちょっと、ちょっと待て……」
頭が痛くなってきた。誰も答えてくれないのに、独り言を言いながらベッドの上をのたうちまわる。
落ち着け俺、絶対何かあったはずだ。思い返せば、絶対ヒントが、原因があるはず……。
(最近元気なかったのもそのせいとかだったりする?)
振り返ったときのあの悲しそうな顔が蘇る。俺の推理が間違ってたとしたら、あの悲しそうな顔の説明がまるでつかない。
自分の行いを省みる。
いつもだけど、エスコートも雑だし、話もちゃんと聞いてるつもりだけど右から左のときもあるカモ。
(……よくなかったよなぁ)
でもフォローはしてたつもり。ある程度は聞いてたし、カノジョのリクエストに応えて一緒に映画見に行ったりとかもしてたし。
「……まてよ」
もしかして……。
「もしかして俺、下手だった……?」
乱暴にしちゃってた自覚はかなりある。だって我慢できないし……それを言い訳についいつも強引に抱いちゃってたところは否定できないわけで。
(半泣きで嫌がってたときもあったっけ)
一回したのに、まっぱにパーカー羽織ってたのがすんごい可愛くて、一気に2回戦に持ち込んじゃったことがあったんだよ。
あんときのことは本当後からすごい後悔したんだ。死ぬほど謝ったんだよ。マジで地面に土下座したもんね。若気の至りってやつだよ、自分で言うのもアレだけど。
居酒屋と俺と兄さん行きつけのバーの酒代奢るので手打ちにしてもらったんだけど。
(いやいや、それは本当にやばかったけど、それって今関係ある?)
なんか思い出したとか?でも直接は関係ないよな……。
過去の百人斬りの経験をもとに、なるべくとにかく優しくやってるつもりだったんだけど。少しは男同士のアレコレとかも勉強したつもりだったんだけど。
(やっぱり俺……)
もう完全にそれしか思い浮かばない。
「下手だったんだ……」
もう頭のてっぺんからつま先まで雷に打たれたような気分だった。
別にテクニックに自負があったわけじゃないけど、経験をもとにある程度やれてると思ってたから、自分なりの結論に衝撃を受ける。
や、まて、とはいえちゃんとイってたし、気持ちいいって言ってたし、別に俺が下手ってわけじゃない、と、思う。
「んだけどなぁ~!」
もうどうしようもなくて布団を抱きしめる。
思えば今まで別に上手いとか言われたこともなかったしなぁ。夢中でやりまくってただけだったからそりゃそうだなって感じだけど、でも俺にしてみたら結構繊細にしてたつもりなんだけどねぇ。
謝るったって、どこをなんて謝ったらいいんだろう……。
(下手すぎてすいませんでした、とか?)
ふざけてるとしか思えないでしょ!
(もっと上手くなるから仲直りしよう)
似たようなもんじゃん。
いろいろ考えたけど、あんまりにもガツンと来すぎて頭がついていかない。
「うえぇ……どうしよう……」
もう全部が衝撃的すぎて、どうしたらいいのかわかんない。
謝るどころかなんて切り出したらいいのかすらわからないし。
(……そうだ)
あの人の顔が、ふと頭の中に思い浮かんだ。
スイッチを切り替えたみたいにパッと思い浮かんで、もうそれ以外の選択肢が思い浮かばないほどの名案。
「そうじゃん、旦那がいた!」
俺なんかよりもずっと経験値の高い、兄さんの旦那に教えてもらえばいいじゃん!
俺が下手だから不満だったんだとしたら、その道のプロに手取り足取りテクニックをレクチャーしてもらえばいいんだ!
我ながら頭が冴えてる。多少勉強はしたつもりだったけど、どっちかといえば女相手のやり方だよなぁって薄々思ってもいたんだよねぇ。
カノジョのことはめちゃくちゃ大事に思ってる。だからやっぱり、ちゃんと男相手のそういうテクニックや技みたいなものを、しっかり勉強したい。しなきゃダメなんだよな。
「もしかしたらこういうときの謝り方のコツとかもあるかもしれないし……」
まずは自分なりに謝ってみるけどさ。
そうと決まればまずはフロントマンの兄さんに連絡してみる。連絡待ってる間に、カノジョに連絡して、なんなら家訪ねてちゃんと謝る。
(2人とも出てくれるかわかんないけど)
カノジョの方は特に。
とりあえず動かなきゃ何も始まらないし、何も謝れない。
俺は裸のまま、スマホを握った。
-2:side Y 終わり-
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