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第9話
◇◇
兄さん
拝啓
元気ですか、兄さん。兄さんがこの世を去ってから、もう三年が経ったそうです。月日が経つのは、早いものですね。
僕は昨日、全てを思い出しました。兄さんとの思い出も、結婚式のことも、あの事故のことも。医師によれば、人の脳は到底乗り越えられそうもない出来事に遭遇したとき、心が壊れないように忘れようとするのだそうです。僕の場合はおそらく、事故の時の衝撃がトリガーとなって、一部記憶が抜け落ちたのだろうと言われました。
それと、母さんからあの結婚のことを聞きました。あの結婚は、本当は僕の為のだったんだって。僕が道を踏み違えないように、わざと兄さんは他の女性 との結婚を選んだって。
兄さんは、本当に優しいね。そういうところ、本当に好きです。
ねえ、兄さん。兄さんは、『愛の究極の形は死だ』という言葉を聞いたことがありますか。僕は初めて聞いた時、この言葉の意味を理解出来ませんでした。けれど僕は、もうとっくに、その言葉の意味を知っていたようです。
あの時、兄さんが僕の代わりにトラックの前に躍り出て、僕の身体を強く押した時、僕は酷く冷静でした。手を掴んで、足で思い切り地面を蹴って車道とは反対側へ飛び込めば、まだ十分間に合うことも知っていました。けれど僕は、手を伸ばしませんでした。わざと、兄さんを殺したんです。その瞬間、兄さんは僕の、僕だけの兄さんになった。…ここまで言えば、僕の言いたいことが分かりますよね?
少し遅くなったけれど、僕は兄さんの、兄さんだけの弟になりに行きます。足が竦むけれど、躊躇いそうになるけれど、兄さんの為と思えば、怖くありません。
最後に一つだけ、ずっと言えなかったことを、言わせて下さい。
兄さん。僕は、兄さんが好きです。
敬具
×月◯日 有山一青
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