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第5話

 山に行こう。清史と初めて会ったあの山へ。そう思って幸永は足早に進む。近い場所にある山へとたどり着き、幸永は必死に地面を掘りだした。  少し時間がかかってしまったが、それなりの穴を掘ることができた。幸永は布袋をその穴に入れる。土を上から被せようとした時、背後でサカリと乾いた音が響いた。父か異母兄に見つかったかと思わず勢いよく振り返る。しかしその姿を見止めると強張っていた表情が緩み、肩から力が抜けた。 「そこで何をしている?」 「……清史」  いつも浮かべている優し気な笑みはそこになかった。しかし纏っている雰囲気はいつもと同じ、優しいものだ。彼は幸永と視線を合わせるためにしゃがみ込み、土に汚れた手をとった。彼の綺麗な手が汚れてしまうと、幸永は手を引っ込めようとするが、清史がそれを許してくれない。清史は幸永の手を掴んだまま、もう片方の手で手巾を取り出し幸永の手を拭き始めた。 「何をしていた。こんなになるまで……」  素手で地面をかいていた幸永の手は土に汚れ、所々傷つけたのか小さな傷があり、血が滲んでいた。 「……ちょうどよかった。これを返そうと思って」  幸永はあえて清史の言葉に答えなかった。その代わりに穴に入れていた布袋を取り出し、布をひっくり返すようにして、器用に中の物に直接触れないようにしながら清史に差し出した。清史からもらった、侍従の香と扇子を。 「……なぜ返す? それはそなたに贈ったものだ」 「受け取れない。こんな高価なものは分不相応だ」  侍従の香も雅な扇子も、売ればかなりの額になるだろう。だからこそ父に見つかるわけにはいかなかった。これは清史が贈ってくれた品だ。ただの友人に贈るには高価すぎる贈り物。きっと清史の中ではこれはさほど高価なものではないのかもしれない。だが、清史がどんな想いで贈ってくれたのかわからない幸永には、受け取ってはいけないものだった。受け取れば、何か恐ろしいことが起こる。幸永にはそう思えてならない。ひた隠しにし続けた秘密さえもが清史に晒されてしまったら――……。そんな愚行を犯すわけにはいかないのだ。  二つの品を差し出したまま動かない幸永に、清史はため息を吐いて彼の手から陶磁器の器を取り、小さな蓋を開けた。ふわりと侍従の良い香りが漂う。  これは清史の香りだ。彼が纏うのと同じ侍従の香をわざわざ調香して幸永に贈ってくれたのだろう。幼い子供が、何を思って自分と同じ香を贈ってくれたのかはわからない。しかし使われた形跡のない侍従の香を見つめて、清史はほんのわずかに悲しそうな顔をした。 「……本当に、一度も使わなかったのだな」  幸永は何も答えなかった。沈黙こそが何よりも明確な答えだった。  清史は扇子も手に取ってパチリと開いた。開いた時の感触でわかる。この扇子もまた、一度も使用されていないのだと。 「気に入らなかったのか?」 「……いや。だが受け取ることは出来ないものだ」  本音を言えば、侍従の香も扇子も幸永の好みそのもので、それを使えたならどんなに良いだろうかと思ったことは何度もあった。清史の衣からふわりと香る侍従の香も、藤色のぼかしが美しい扇子も、思わず手を伸ばしたくなる。  好みじゃなかったわけではない。むしろ大好きだ。それでも、受け取るわけにはいかない。  それが幸永のけじめだった。

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