4 / 7

第4話

 雅に談笑しながら歩く人々。通り過ぎる牛車。すべての時間がゆっくりと流れる中にあって、幸永は焦る気持ちを抑えながら走り、帰宅を急いだ。手には年の離れた異母兄からの文が握られている。 「父上! 兄上!」  勢いのままに父と異母兄のいる部屋に入る。そこには珍しく北の方と側室である幸永の母もいた。その隣には異母兄の妻の姿もある。父は狩衣姿で、異母兄は幸永と同じように仕事から走って帰って来たのであろう衣冠姿のままだった。 「帰ったか――……」  項垂れている父が小さく呟くように言った。幸永は荒い息のまま空いた場所に座る。  誰も、何も言わない。ただただ重苦しい沈黙だけが落ちた。父も異母兄も、北の方も母も、皆が項垂れて口をつぐんでいる。その様子だけで異母兄から送られてきた文の内容が真実であるという紛れもない証明であったが、それでも幸永は信じることを拒み、重苦しい沈黙の中口を開いた。 「――父上。借金があるというのは……本当でしょうか」  否と言ってほしい。この状況の中で幸永はそんな願いを持った。愚かなことだと自分でもわかっている。現実はそんなに優しくない。 「……宴に出席するだけでも金はかかる。儂と光昌(みつまさ)の稼ぎだけではどうにもならず、幸永など言うまでもない。父の代より懇意にしていた大納言殿に幾度か借り受けたが、今日、数日のうちに全額返済せよと」  いくら借り受けたのか、その答えを幸永はよく覚えていない。気づけば茫然と自室に座り込んでいた。  いくら貧乏でも、借金をしなければ生きていけないほどではなかった。ならばどこに金が流れたのか、幸永は父の少ない言葉で容易く想像することができた。  父は人一倍見栄っ張りなのだ。恥をかかされることを殊更嫌う。故に自分の着る衣冠は勿論、異母兄の衣冠や狩衣にも金をかけて良いものを着用し、異母兄の妻を娶る際にも調度品を新たに揃えて迎え入れた。  先日の宴は恥をかかされるだけだとわかっていたために幸永が出席したが、それ以外の宴には父や異母兄が出席する。殿上人と繋がりを持つためだ。なんとか気に入られようとするあまりにいつも以上に着物に気を使い、扇子なども高価なものを用意していた。見栄を張って牛車を使うこともしばしあった。それらに金が流れて行ってしまったのだ。  すべては身から出た錆だ。だからと言って父や異母兄ばかりを責められはしない。家に金は入れていたが、その使い道を知りもしなかった幸永にも非はある。幸永は重い重いため息をついて立ちあがった。奥に隠していたものを手に取り、手近な布袋に入れて外へと出た。  父は売れそうなものは全て売り払って金に換えると言っていた。大納言の要求に逆らえば一家取り潰しになるのは必定。見栄を張っている場合ではない。だからこそ、幸永は手にした物をこの家に置いておくことはできないのだ。

ともだちにシェアしよう!