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第3話

 合格発表の朝、緊張でジェフリーは朝早い時間に目覚め、発表時間よりも2時間もまえに騎士団の官舎の前でその時を待った。  そして合格発表の時間になると、宿舎の前には受験者で人だかりができていた。  やがて宿舎から、一人の男性が出てきた。  しーんと、その時を待って、群衆は静まり返った。 「それでは合格者を発表する」  凛とした声が、響き渡る。 「エリス・ニエマイア」  若い男性から、喜びの声が上がった。  体も大きい。  ジェフリーの記憶が確かならば、3試合のうち1度負けていた人物だと思うが、洗練されてないないものの、筋の良さは感じられた男性だ。 「リチャード・ブレスコット」  続いて呼ばれた名前に、歓声が上がる。  ジェフリーは知らなかったが、有名人らしい。  ところどころから、冒険者「リチャード」なる人物の噂話が始まり、ざわめきが大きくなる。  そういえば、試験会場でひときわ大きい歓声を浴びている男性がいたが、恐らく彼だったのだろう。  どことなく、誰かに似ている気もするのが、思い出せなかった。  しかしすでに二人も呼ばれている。  ダメだったのだろうかと、ジェフリーは落胆した。  最初で、最後の賭けだ。  しかも、実年齢だと年を取り過ぎているから、4歳も年をごまかして臨んだというのに……才能、なかったのかな?  と、ジェフリーは嘆息した。  これでも、剣技には自信があった。  ただ、10年以上実戦経験がなかったことは、事実だ。  ……仕方ない。  こうなれば、王子の誰かを選んで番にでも王妃にでもなるさ。  騎士になれないなら……もう、どうだっていい。  ジェフリーは本来、そんな投げやりな性格ではないのだが、わずかに持っていた希望が完全に絶たれた反動で、自暴自棄になったのだ。  そしてジェフリーは踵を返し、会場を後にしようとした。 「……フ・アドル」  という声が、小さく届いて、ジェフリーは足を止めた。 「ジェフ・アドルはいないか?」  もう一度、声がした。  どうやらリチャードへの歓声で、声が聞こえていなかったようだ。 「い、います!  ここに、います!!」  ジェフリーはそれまでの人生で一番大きな声を張り上げた。  そして人垣をかき分けて、前に進んだ。  ジェフリーの姿を確認した男性は、「合格者は以上だ」と締めくくった。 大きなため息ととともに、集まっていた人々が散っていく。  そして……。 「泣くほどうれしかったのか、ジェフ・アドル」  話しかけられ、顔を上げると、合格者を発表していた男性は、ジェフリーの第一試合を試験していた男性と、同一人物であった。 「え……泣いて……?」  ジェフリーは驚いて顔に手を添えた。  頬が、涙にぬれていた。  気付かぬうちに、涙がこぼれていた。 「嬉しい……です。  凄く。  ずっと、夢に見てきましたから」  ジェフリーがそう答えると、男性は頬を緩ませ、手を差し伸べた。 「・・・私はクレメンス・ウェイレットだ。  騎士団へようこそ。  ジェフ・アドル」  ジェフリーは両手でクレメンスの手を握り締めた。  そしてその時初めて、夢がかなうのだということを、ジェフリーは実感した。  それから一か月たち、ジェフリーは初勤務の日を迎え、制服に身を包んで騎士団の官舎に足を踏み入れた。  魔法宮には辞表を置いてきた。  黙って辞めたことは心苦しいが、普通には辞職などできないし、仕方がない。  とりあえずたまっていた書類は休日返上、寝る間を惜しんで片付けてきた。  次官のイーノックには申し訳ないが、大丈夫。  彼は優秀だ。  なんとかしてくれるはず。  任命式も終わり、ジェフリーは騎士団の独身寮に入寮した。  同期のリチャードと同室である。 「リチャード・ブレスコットだ。これからよろしく頼む」  ジェフリーは部屋に着くなりリチャードから差し出された手をおずおずと握りながら、彼の体格の良さに思わず見惚れてしまった。 「こちらこそ。ジェフ・アドルだ。  君、有名な、冒険者なんだろう?」  ジェフリーがそう言うと、「……まあな」と、リチャードは男らしい端正な顔立ちを綻ばせた。  悪い人じゃないみたい。  水の妖精が、リチャードの周りをフワフワと飛んでいる。  妖精は、精霊のように強い魔力を持つわけではないが、悪意を持つ人間には敏感で近くに寄ろうとはしない。 だから、リチャードが、悪い人間のはずはないのだ。  ジェフリーは安心して、微笑んだ。  しかしリチャードの次の言葉に、ジェフリーは頭を抱えることになる。 「そういえばこの部屋……いい匂いがするな?  ……いや……部屋じゃない? ……君の匂いか?」  リチャードはそういうと、ジェフリーを見た。  しまった! という言葉が、ジェフリーの頭を駆け巡る。  いや、そもそも、アルファと同室になる可能性なんて、考えてもみなかったのだ。  オメガフェロモンを抑える薬も服用しているし、発情期、ヒートを押さえる魔道具も身に付けている。  だけど。  アルファが嗅ぎつけるというオメガの独特の甘い匂いにまでは、気が付かなかった。  フェロモンは抑えられているはずだから襲われることはないだろうが。    なんにしろ、リチャードがアルファであることは間違いないだろう。  ジェフリーにとっては嬉しくない出来事だ。というか、困る。  ジェフリーは顔を引きつらせながら、「そうなんだ……。姉から合格祝いに贈られてね。むさくるしい寮生活だから匂いぐらいは良くするようにとふりかけられた」と答えた。 「……むさくるしい連中から襲われるだけのような気がするが……」  小さい声で、リチャードはつぶやく。  ……聞こえてるから!!  早急に体臭消しの魔道具を作らなくては、と、決意するジェフリーだった。

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