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第5話

 リーチャードがジェフ・アドルを意識したのは、騎士団見習の試験会場でのことだった。  剣筋の確かさと、激しく動いているのに下半身が全くブレない動き。  美しく無駄のない試技に、自然とリチャードの視線はジェフ・アドルへと引き付けられたのだ。  リチャードには、長年冒険者として培ってきた経験がある。  だからもしリチャードとジェフ・アドルと戦うとしたら、いい勝負になると思うのだ。  しかし純粋に剣術のみの腕前を比べたとしたら、リチャードはジェフ・アドルにまったく敵わない。  それほど力量が違っていた。  いったい誰に師事したのか分からないが、師匠が相当な腕前なのは、間違いないだろう。  彼は間違いなく合格するな……。  疑いもなく、リチャードはそう思った。  確かにジェフ・アドルは体格に恵まれているとは言えない。リチャードより頭半分は小さいくらいだ。  しかし、あれほど見事な剣術使いを落とすようなら、騎士団の試験官の見る目を疑う。  あんな使い手がいるなら、俺も油断してたら間違いなく不合格だな。  そんな気持ちで、リチャードはその日の3試合を正攻法できっちりと戦った。  お陰でリチャードの顔を知っている連中から騒ぎ立てられる羽目になったが……結局、予想通り、ジェフ・アドルは合格していた。  そしてもちろんリチャードも。  そして合格発表から一か月後、2人は騎士団の騎士見習として新たな生活をスタートさせ……そして、リチャードは独身寮でジェフ・アドルと同室となった。  最初の印象は、すごい奴。  しかし騎士団に入団して早3か月の今、リチャードはその印象を大きく変更しなければならない事態に陥っていた。 「リチャード……キスして……」  誰だこいつは。  いくら潤んだ瞳で見ても、ダメなもんはダメだ。  俺には好きな人がいるんだから。  リチャードはジェフの酒癖の悪さに頭を抱えた。  酒場に誘ったのはリチャードの方だった。 「やめろ! ジェフ!  ったく、酒飲ますんじゃなかったよ!」  ジェフは見た目通りで真面目な性格だ。  俺とは違って騎士団命って感じで訓練に手を抜くなんてこともなく。  朝から夜まで、乱れるとこなんて見たことが無い。  ちょっと、思っちまっただけなんだが。  酒入るとどうなるのかなって。  まさか酒飲んで絡んで来るとは……全くの予想外だった。  リチャードは酒場のど真ん中でリチャードにキスを迫るジェフに途方にくれた。  酒を飲んだことが無いと聞いて、リチャードは嘘か勘違いだと疑ってしまったが……本当のことだったようだ。  「兄ちゃん……俺がキスしてやろうか?」  横から中年のむさくるしい男性が、ジェフの服をツンツンと引っ張る。  物好きな!  ……まあ、少しは可愛いかもしれないが。 「ん~。リチャードがキスしてくれないなら、おじさんでもいいかなぁ」  ジェフはリチャードから体を離して、男性の方へ身を傾けようとした。 「いやいや……ダメだろ!」  俺は慌ててジェフの体を引き寄せる。  今は酔っぱらって変なことになってるが、酔いがさめてこんなおっさんとキスしたと分かったら、どんなことになるか分からない。  それでなくとも、騎士団員のバイロンに揶揄からかわれて、抱きつかれて、顔真っ赤にするほど初心うぶな奴だから。 「じゃあ……リチャードぉ。  キスー」  ジェフはとろんとした瞳でリチャードを見上げて体を絡めてきた。 「ったく!!!!  仕方ねーな!!!」  リチャードはため息をつきながら、軽くジェフの唇に自分の唇を合わせた。  う……意外と……。  いや、何考えてるんだ!  相手はジェフだ。  リチャードはすぐに唇を離した。  驚いたことに、ジェフは目を見開いたかと思うと、急に泣き出した。  おいおい。  やめてくれ。  今度は泣き上戸かよ!! 「ひー、どー、いー!!!  リチャード!!」 「って!  お前が強請ねだったんだろうが!  お姫様みたいするみたいに優しくキスしてやったのに!!」  いやいや。  そこで黙られても。  赤くなられても。  だけどジェフにはそれが限界だった。  ジェフの体から力が抜けて、リチャードの方に倒れてきた。 「ふにゃぁ……リチャ……」 「うわ……世話焼ける……」  リチャードはため息をつきながら、ジェフの体を抱えて席を立った。 「勘定置いとくよ!」  リチャードはでかい声で怒鳴ると、コインをテーブルに向けて指ではじくと、そのまま酒場を後にした。  もう絶対こいつとは酒飲まない!  ジェフは飲んだらダメな人種だ。  リチャードはゆっくりと歩を進めながら、中天に位置する月に愛しい人の顔を想い浮かべた。 「……浮気じゃありませんよ?  ジェフリー様。  あのキスは。  俺が好きなのは貴方なんだから」  リチャードは、夜道を歩きながら、空しくも独り言でジェフリー様に弁解した。 「う……ん……。  僕もぉ。  リチャ……好き」  いやいや、お前じゃないし。  リチャードはジェフの寝言に苦笑しながら、寮までの道を歩いて行った。

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