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第6話
「っ……頭……割れそう」
これが二日酔いか……と、ジェフリーは平衡感覚がない体をゆるゆると起こした。
薄暗い部屋に、昇りかけの朝日が差し込んでいる。
覚えていないが、昨晩は自力で寮に戻ってこれたのだろうか?
狭い寝台の縁に腰かけながら、ジェフリーは薄目を開けて寝台の足元に脱ぎ散らかされた自分の服をみた。
「ドリュー……きつい……頼む……」
ジェフリーは、心配そうに彼の顔を覗き込む水の精霊ドリューに、アルコールの解毒を頼んだ。
『飲み過ぎですよ……ジェフリー』
ドリューは苦言を言いながらも、水色の瞳を瞬かせて解毒をしてくれた。
体の不快さは綺麗に無くなったが、体のあちこちに残る痣あざは残っている。
どうやらジェフリーを戒めるために、軽い傷に関しては治してくれる気がないらしい。
どこで怪我をしたんだか……。
ジェフリーは腕に残る打ち身を確認するように視線を上げると、向かい側の寝台のリチャードがこちらを見ていることに気付いた。
「……うわっ。
すまない!」
ジェフリーは慌てて寝台のシーツで体を覆った。
下履きしか穿いてないあられない姿を、リチャードに見られてしまった。
羞恥で頭に血がのぼる。
「いや……気にしすぎだろ?
……男同士なんだから……」
そう……か。俺は今ベータってことになってるんだから、気にしすぎか……。
魔法宮はオメガが多かったせいだろうか。
男同士でも肌を見せるような行為は避けられていた。
リチャードは寝台から立ち上がり、何事もなかったように部屋を出て、共同の洗面所へと向かった。
ジェフリーはリチャードが出ていくのを待って、ようやく伏せていた顔を上げた。
今日のことは自分の不注意だった。
魔法宮では当然のように一人部屋が与えられていたため、ついうっかりするとリチャードがいることを失念している瞬間があるのだ。
特に朝、頭が回っていないときにおこるのだが。
しかし裸を見られた羞恥心は、簡単に拭い去れるものではない。
手早く服を着た後も顔の火照りが去らず、仕方なくジェフリーは窓を開け放ち、風の精霊ルドーを呼んだ。
「ルドー……冷たい風をくれないか?」
頬を赤く染めるジェフリーの様子を、面白そうにルドーは見つめた。
ジェフリーの注文通りに心地よい冷たさの風が窓に吹き込む。
『真っ赤だな。ジェフリー。
いいのか? 可愛い顔をリチャードに見せなくて』
「……可愛くはないだろう?
第一、なんでリチャードに見せないといけない?」
『想い人には素直が一番だ。
ジェフリーは中身の方が可愛いのだから』
やっと火照りが収まってきたというのに、ルドーの「想い人」という言葉で、ジェフリーは再び頬に熱を感じた。
「なっ……」
思わず絶句していると、扉の開く音が聞こえる。
リチャードが戻ってきたようだ。
音から類推するに、身支度をしているらしい。
しかし、赤面しているジェフリーは、振り向けなかった。
ジェフリーはパチパチと頬を両手で叩き、必死で邪念を払う。
……うぅぅ……ルドーが変なこと言うから、意識してしまうじゃないか。
そりゃ、リチャードは今まであったアルファの中では一番気の合うアルファだ。
気さくだし、冒険者生活が長かったせいか世慣れていて話も面白い。
それに、ジェフリーを年下だと思って、なんだかんだと世話を焼く。
先日、山中での訓練中にジェフリーがぬかるみに足を滑らせ斜面に滑り落ちたときも、慌てて迎えに来たほどだ。
ルドーが風で衝撃を減らしてくれていたから、大した傷はなかったのだが。
ジェフリーは慌てたリチャードの表情を思い出して、くっ……と笑みを漏らした。
リチャードの方がよっぽど可愛いと思うけどな……。
そんなことを考えていたら、ようやくに火照りが去る。
ジェフリーもリチャードの後を追うように、身支度を開始した。
もうすぐ、寮の食堂が開く時間だ。
「……なあ?」
乱れた寝台を整えていると、リチャードから声が掛かった。
「……ジェフ、昨日のこと……覚えているか?」
「昨日……?」
困惑気味にジェフが答えると、リチャードは小さいため息をつくと、「覚えてないならいい……。俺は先に行くぞ」と、ジェフリーを置いて、さっさと食堂に行ってしまった。
パタンと閉められたドアを見ながら、ジェフリーは精霊たちに視線を投げかけた。
「……昨日、何かあった?」
途端に、いつもはジェフリーに付いて離れない精霊たちが、蜘蛛の子を散らすようにジェフリーから離れていく。
「……ちょっと!
何があったか、教えてよ!」
ジェフリーの叫びは、空しく響くのだった。
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