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第15話
エルファンガの境界線より東に4キロほど離れた高台に、第七部隊の本拠地、通称「鷲見城」がある。
境界に近く、魔物の多く出る地にしては、この「鷲見城」は大地が清められていて、居心地がいい。
浄化師が定期的に大地の浄化をしているのかもしれないと、ジェフリーは思った。
騎士団の第七部隊の面々は皆筋骨隆々としていて、新しく団員となったジェフ・アドルはその中では比較的小柄なタイプだ。
第七部隊は日々魔物との戦闘を経験しているためか、団員の団結力が強い様に感じられた。
皆人が好く、ジェフを新しい仲間として歓迎してくれたのだ。
バイロンの同期のフレート先輩が、特にジェフに目を掛けてくれたように思う。
少なくとも歓迎式でエールを無理矢理飲まされなかったのは、フレートのお陰だ。
「バイロンの話だと、酒乱だから飲ませない方が良いという話だった」
というなんだか不名誉な理由だが、助かったのは助かった。
しかし情報源は絶対的にリチャードで……。
ジェフリーは少しばかり胸の痛みを感じながら、その話を聞いていたのであった。
その日、赤槍のクレメンスという二つ名をもつ、第七部隊隊長、クレメンス・ウェイレットが魔物討伐に同行した。
王都での仕事も多いクレメンスは、月に10日は王宮で、残りを「鷲見城」で過ごす。
第七部隊に配属されて15日目の討伐で、ジェフリーは初めてクレメンスの戦闘を目の当たりにした。
ハイオークの固い肌をものともせず、クレメンスの一閃で首が飛んでいった。
「凄い!!!」
思わず戦闘中のジェフリーも驚嘆の声を上げた。
馬上で長槍を自由自在に振り回している姿は、さすがとしか言いようがない。
戦闘も、オークに指示を出していたハイオークがつぶれたことで、オークの陣形が崩れ、瞬く間に敗走していく。
これまでの魔物討伐が、それほど大変だったわけではない。
数に勝る騎士団員は確実に魔物を倒していった。
しかし今日、クレメンスが一人先頭に加わっただけで、オークの群れが簡単に敗れたのだ。
もちろんハイオークを討伐できたということも大きいが、そもそもAランクのハイオークを一人で討伐できるクレメンスは、騎士団の中でも特別な存在である。
一人違うだけでこんなに戦い方が変わるのかと、ジェフリーは驚くばかりだった。
これまでは、オークを一体ずつ討伐していた。
しかしハイオークに近づくことが困難で、その討伐には至っていなかった。
これが、赤槍の実力か……血を浴びて赤く染まる槍を指しているのだが、その名に恥じぬ槍技である。
その日の討伐は大成功に終わり、騎士団は「鷲見城」へと帰還した。
2週間に一度の一斉討伐は、そうして無事に終わった。
一斉討伐から、はや2週間が過ぎ、明日はまた一斉討伐の日だ。
だからできるだけ体を休めておきたいと、ジェフリーは早く就寝した。
連日、人里への魔物の襲来が続いていて、休む暇もない。
心身ともに疲弊していたジェフリーは、瞬く間に深い眠りへと落ちた。
「ジェフ、起きろ!
臨時召集だ」
真夜中、就寝後の臨時招集……それは、魔物の襲来を意味している。
まさかの3日連続の召集だ。
ジェフリーの体には疲労がたまっている。
今日は第三補だったから、今夜だけで三か所、魔物の襲来があったということだ。
いくらなんでも、多くないか?
しかし不平を言える立場でもなく、ジェフリーは急いで身支度を済ませ、宿舎の外へと走り出した。
「カールソン村にフェンリル襲撃の報のろしが入った。
今のところ砦は守られているが、時間の問題だろう。
急ぐぞ」
暗闇の中、第7部隊の副隊長フレデリック・ラーセンの下知が響く。
ジェフリーは部隊で支給された赤馬、グラデルに騎乗した。
フェンリル……巨大な狼の魔物だ。
集団で行動するが、滅多に人里には来ない。
……森で、何か異変があったんだろうか?
ふと嫌な予感が頭をかすめたが、今はそんな余裕はなかった。
先に駆けだした先輩の後を追い、ジェフリーはグラデルを駆りたて、カールソン村へと急いだ。
早駆けでも1時間ほどかかる道のりだ。
必死に急いだのも空しく、村はほぼ壊滅状態だった。
――――ひどい。
激しい戦闘の結果、2頭のフェンリルを討伐し、他は逃げ去った。
しかし、三百人ほどの集落は……たった一晩の襲撃で、生き残りはわずか三十四名。
そのうち二十五名は負傷と、大惨事だった。
表立って治療はできないものの、ジェフリーは水の精霊ドリューに、彼らの怪我の治療を頼んだ。
少なくとも重症ではない範囲まで。
この村の再起は難しい……。
遺体の後始末を済ませた騎士団は、生き残りの者たちを連れて、翌日「鷲見城」と帰還した。
しかし、事態は思ったより深刻だった。
昨夜は「鷲見城」にも、魔物の襲来があったのだ。
オーガとの戦闘の色濃く残る城の周辺は、まだ混乱の中にあった。
オーガの遺体とともに、騎士団員の負傷者が、まだ収容されずに残っている。
これほどの混乱と襲来は、珍しい。
今日の一斉討伐は無理だろう。
さすがにこの混乱で討伐に出たら、命とりだ。
あたりはオーガの放つ腐臭と血の匂いに包まれている。
ジェフリーは不意にこみ上げるものを感じて、城内へと入る隊列から離れた。
「うぅぅ………」
馬を降りてふらふらと草むらに入ったジェフリーは、胃の中の物をすべて吐き出す。
疲労のせいか……?
心配してドリューが姿を現したが、それとは別に、ジェフリーの足元から黒い影がとびだした。
いつもは地の底にいて、ほとんど姿を現さない、土の精霊ヴァグだ。
穢れた土地の浄化をしに行ったようで、すぐに周囲の匂いが薄まった。
おそらく体調を崩したジェフリーのために、浄化を行ったのだろう。
幾分呼吸が楽になったジェフリーは、ドリューの表情を窺う。
「疲れのせいでもあるわ……でも……」
それだけじゃない。
ドリューの言葉に、その意味をジェフリーは感じ取った。
「……ああ、そう、か」
ついに、来てしまったか。
ずっと考ることを避けてきた。
わずかな変化も感じ取れるドリューにも聞かず。
子供……リチャードと、自分の。
……しかし、この期に及んでも、どうしていいのか分からない。
産むのも堕ろすのも……。
ジェフリーは口元を拭い、馬を連れ、城内へと向かう。
「ドリュー…助けられる人は、助けて」
とにかく今は、体を休めなければ……。
厩うまやにつくとグラデルから手早く鞍を外し、飼い葉を与え、飼育の者に預ける。
そのまま宿舎に戻ろうとするジェフリーを、しかしフレート先輩が呼び止めた。
「ジェフ!
探したぞ。
隊長が、お呼びだ」
クレメンス隊長……ほとんど会話したこともないのに、一体何の話だろう。
「ジェフ……大丈夫か、顔色が悪いぞ」
「え……あ、大丈夫です。
疲れてるだけですよ」
ジェフリーは無理矢理に笑顔を浮かべ、探してくれた礼を言い別れると、クレメンスの執務室へと向かった。
「ジェフ・アドルです。
お呼びにつき、参上しました」
ジェフリーがクレメンスの執務室に入ると、何故かクレメンスは副隊長フレデリック・ラーセンを、下がらせた。
なにを言われるのだろう。
隊列を乱したこと?
体力のなさ?
そんなことで呼び出しを受けるだろうか。
ばれたとは思えないのだが……(であれば、魔法宮の者が来ているはず)。
そんなジェフリーの想像を、無視するように、クレメンスは口を開いた。
「呼び出したのは、他でもない。
ジェフ・アドル。
君は……オメガだな?」
ジェフリーはとっさに何も答えることが出来ず、ただ立ち尽くした。
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