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第14話

 ジェフリーは、まずこの状況をどう処理するかということを、考えなければならなかった。  幸い、リチャードはまだ夢の中にいる。  もっともそれは、ジェフリーによって施された魔法の眠りではあったが。  リチャードが目を覚ましかけたことに慄おののいて、とっさに術をかけてしまったから。 「ドリュー……どれほど時間が過ぎた?」  時間の感覚がなくなっていたジェフリーは、まずそこから確認することにした。 「一晩と少し……今、太陽は中天にあるわ」  ふむ、と考え込む。  魔法で押さえていた発情期は二日に凝縮するように調整していたが、リチャードに精を注がれたお陰で、短い時間で正気に戻れたようだ。  今でも完全に発情期を脱したとは言えないが、それでもかなり終わりに近い感覚がある。 「ありがとう、ドリュー。  すまないが少し外してくれないか?  キャストを呼びたい」  ジェフリーがそう言うと、ドリューはふっと姿を消した。 「キャスト……来てほしい」  ジェフリーの呼びかけに答えて、火の精霊キャストが姿を現した。  ジェフリーは水の精霊ドリューと親和性が高い。  ゆえに、水の精霊と打ち消し合う相克の間柄である火の精霊キャストは、ジェフリーに遠慮していつも遠巻きに控えてくれている。  しかしこうやってジェフリーが呼びかけると、すぐに姿を現してくれる温かく優しい精霊だ。 「大丈夫かジェフリー。  昨夜はルドーが余計なことをするから、気が気ではなかった。  かといってドリューがいると私の力は弱まるし、ルドーの魔力を強めてしまうから、近づくことも出来ずにやきもきしていた」  キャストの言葉で、ジェフリーは昨夜の出来事がルドーの仕業だったとことに気付いた。  確かにルドーが迎むかえ入れなければ、リチャードがこの部屋に入ることなど不可能だからだ。  ルドーに問いただしたい気持はあるが、今はひとまず置いておく。  先に済ませなくてならないことが、たくさんあった。 「ええと。  キャスト、まず私が切ったこの髪を、燃やしてほしい。  このままだと魔力を持ちすぎていて危ない。  それと……目くらましの魔道具に魔力を注ぎ込んでくれないか?  随分消費してしまったから。  あ、髪を燃やすときは類焼しないように、安全に」  ジェフリーは昨夜切り落としたばかりの髪を渡す。  持ち帰ることも考えていたのだが、どこに配属が決まっても、人の目が多すぎる。  誰かに見つけられる方が怖かった。  魔力を含んだ髪は、一瞬にして燃え上がると緑の光を放っていた。 「ありがとう、キャスト。  ついでで悪いんだが、お風呂のお湯も温めてほしい。  その……体を……清める必要がある」  精霊は、人の営みには興味を示さないことは分かっているのだが、思わず顔が赤くなる。 「承知した」  ジェフリーは仕切られただけの浴室に入ると、後孔に指を差し入れ、リチャードの放った精を掻き出した。  初めてのことでうまくできたかは分からないが、そのまま放置して妊娠の可能性を高めることはできなかった。  ジェフリーはうまくいかない自分の人生を嘆いて大きなため息をついた。  謝罪して済むことではないが、リチャードは巻き込まれた。  彼にとっては本当に事故にあったのと同じことだろう。  オメガの発情期に、アルファが抗えるはずもない。  しかも特別濃厚な発情期のオメガフェロモンだ。  何が起こっていたかも分からなかったろう。  それに……彼には想う人がいる……。  だから……もし妊娠していてもリチャードを縛りつけることなく、自分一人で引き受けなければ……。  幸い、時間がそれほど過ぎていなかったお陰で、なんとか誤魔化すことができるだろう。  キャストによって温められた湯に体を沈めながら、ジェフリーは昨晩の痕跡を洗い流していく。  昨夜のことは、夢だ。  一時いっときの、夢。 「リチャード!!  目を覚ませ!!」  リチャードはジェフ・アドルに体を揺すられ、ゆっくりと瞼を開いた。  視界一杯に、見慣れたジェフの顔が映る。 「ジェフ……え??」  リチャードは混乱して、確かめるように部屋を見回した。 「一体いつまで寝てるんだ?  もう昼だぞ?  それとも……頭が痛むか?」  ジェフは心配そうにリチャードの顔を覗き込む。  頭と言われて意識を向けると、確かに後頭部に鈍い痛みを感じる。  手を伸ばし触れるとこぶが出来ていた。 「……これは??」  リチャードは途方にくれた。  何があったのか分からない。  しかし現在の状況は、昨夜の記憶をすべて否定するものだ。  ジェフリー・レブルの姿はどこにもないし、リチャードは着衣のままで、ベットの上は寝乱れた様子もない。  シーツにはしわのひとつも寄っていないのだ。 「覚えてないのか?  昨日部屋を訪ねてきたとき、通りすがりの酔っ払いに頭殴られたろ?  ドアを開けたらお前が昏倒して倒れてきたから驚いた」  近くに人などいただろうか?  そんな記憶はないのだが。  リチャードは黙り込んで記憶をたどる。 「……リチャード?  黙ってないで、何か言ってくれ。  大丈夫か?」  ジェフが心配そうに見つめる。  とっさに何も答えられなかった。  ……大丈夫なはずはない。  あれが夢なら、精霊は私を弄もてあそび過ぎだと思う。  しかしそれでいて、夢だと言われれば、夢のような気もしてくるのだ。  わずかに否定できる事があるとすれば、それは体に残る快感の記憶……リチャードの体に忘れようにも忘れられないほど刻み付けられたあの感覚は、夢にしてはリアルすぎる。  逆に、夢という方が自然なほど、昨夜はすべてが不可解な出来事だらけだった。  昨夜……リチャードはジェフリー・レブルを抱いていたはずだ。  美しいその姿……艶なまめかしくリチャードを寝台に誘い入れたその様子は、今でもはっきりと脳裏に思い浮かべることが出来る。  濃厚な甘い匂いがリチャードを突き動かし、獰猛な獣のように、ジェフリーへと襲い掛かった。  ジェフリー・レブルを想うたび、妄想していなかったと言えば、嘘になる。  愛を交わすことなど現実にはあり得ないことだと知っているのに、それでも自分の胸に抱いだくそのことを想わずにいられなかったのだ。  リチャードの腕の中にすっぽりと収まったジェフリーは、嬉しそうにリチャードを受け入れた。  小さく震え、体をしならせ、とても初心に顔を赤らめ、それでいてリチャードの愛撫には素直に体を開いた。  リチャードはそんなジェフリーの体を、夢中になって貪むさぼった。  だけど……それはすべて、ジェフ・アドルの、声だった。  愛らしく上げる嬌声のひとつひとつ。  リチャードの名前を呼び、リチャードを求めるその声が。  リチャードを舌足らずに「リチャ」と呼びかける声が。  確かにジェフの声だった。  そもそもジェフリー・レブルは、リチャードの名前など、知っているはずもないのだ。  それなのに彼・は、間違いなくリチャードの名前を知っていた。  そして、身体の血ががたぎるような興奮の中……リチャードは「ジェフ」を抱いていた。  外見はジェフリー・レブルのままなのに、リチャードは彼・をジェフ・アドルだと認識し、そして絶頂を迎えるときには彼・の深い場所を穿うがち、醜いまでに独占欲を顕あらわにして、その精を注ぎ込んだ。  そう考えると、あれはやはり、夢だったのだろう。  いや、むしろ、現実であってほしくない。  リチャードは心配そうに自分を見つめるジェフを、複雑な気持ちで見返した。  剣の才能はピカイチ。  容姿こそ平凡だけど、表情が豊かで、自分を飾ることなく、素直で、おもしろくて、時にイタズラ好き。  今一番リチャードと親しい友人だ。  それなのに、ジェフを見ていると、胸が締め付けられ、苦しくなる。  泣きたくなるような、切ないような、そんな感情が溢れて、落ち着くことが出来なかった。  結局……リチャードは認めるのが怖かったのだ。  今や、ジェフリー・レブルと同等……もしくはそれ以上にジェフ・アドルのことを愛しているなどということは、とてもではないが認めることが出来なかった。 「……済まない、ジェフ……。  悪いが……帰る。  邪魔して悪かった。  ……頭冷やさないと」  リチャードはフラフラと立ち上がり、部屋を後にした。  その背中を寂しそうに見つめる瞳があることには、気が付かぬまま。

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