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第143話

 寒々しい空のもと、体育館へと移動するクラス、馬鹿話に盛りあがっているクラス、と十年一日の学校風景が描かれる。  矢木は不意に思った。この高校に入学したおかげで、運命の男性(ひと)と巡り会えた。そうだ、三枝に恋する宿命(さだめ)だったのだ。  瞼が熱を帯び、クシャミが出そうなふうを装って(はな)をすすった。ついでに大きく伸びをしたところに、矢木大雅くん、と改まった口調で呼びかけられた。 「幻滅させる結果になって、すまない。端的に言って、おれはきみにふさわしくない。だから卒業したら改めて告……」  口ごもり、眼鏡をひといじりしてから、きっぱりと言葉を継ぐ。 「あの話は忘れてほしい」  言下に走り去る気配が感じられ、矢木は掌を向けてタイムを要求した。そして足を踏んばると、三枝をまっすぐ見つめた。 「俺は意外にモテる子で、卒業式はきっと第二ボタンの奪い合いです。けど、先生にもらってもらいたい。ちなみに拒否ってもあげます、返品は不可能です」  ドヤ顔でうそぶいて胸を張る。やんわりと断られるのがオチだと思うと内心、冷や冷やものだった。  レンズの奥の瞳が揺れ惑う。一教師としての建前と、一個人としての本音がせめぎ合っているさまを物語って、まばたきをする回数が加速度的に増していき、やがて前者が後者をねじ伏せたとおぼしい。きりりとした顔つきで見つめ返してきた。 〝希望〟がひび割れて、砕け散ってしまうイメージが脳裡をよぎる。最後のひと欠けらまでもが粉々になる前に、早口でまくしたてる。 「先生、八百メートル走は残り五十がマジに地獄で。肺がぺちゃんこになりそうだわ、足がもげそうだわ、俺に中距離の適性があるってほざいた監督が恨めしいわ」    面食らったような相槌が返った。 「短距離から転向して、フォームを改造して、夏なんか走りながら吐くのが当たり前なくらい走り込んでスタミナをつけて。八百の基礎固めに半年はかかったかな。で、何が言いたいかっていうと俺の長所は粘り強いこと。先生の心の片隅に、ちょこっと居場所を作ってもらえるまで気長に待ちます」

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