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第142話
それを聞いて、矢木はすかさず三枝の手を摑んだ。
ボールをキープしたフォワードが、ディフェンダーの包囲網を突破してゴールに襲いかかるように、武内がもたついている隙に乗じて駆けだす。
三枝を救出してのけた満足感に、ランナーの血が騒ぐ。いきおいスピードがぐんぐんあがり、三枝を引っぱっていく形で、吹きさらしの渡り廊下を駆け抜けた。
別館寄りの昇降口をうっかり行き過ぎてしまっても、まだ止まらない。校舎を右手に裏庭を走りつづけ、ただしインドア派の教師に元陸上部員と同じペースで走れ、というのは酷だ。
三枝が濡れた砂利で足をすべらせた。
矢木は、つんのめった躰をすばやく抱きとめた。生身との大接触に陶然としたのもつかの間、躰をもぎ離す。
生活指導の教師に見とがめられれば、それこそ小言を食らいかねない構図で、ひいては三枝に迷惑がかかる。
「さーせん。俺、夢中で」
「正直に言うとね、助かった」
三枝は片足立ちになって、サンダルの裏にめり込んだ砂利をつまみ取った。派手にずれたIDカードを元通りにすると、苦いものを吐き出すように言った。
「みっともないところを見られたね」
矢木は、ぶんぶんと首を横に振った。
「オフレコで頼むよ。ぶっちゃけた話、武内先生とつき合っていた。でも見解の相違が原因の別れ話が、ちょっとこじれている」
矢木は砂利をひと摑み、地面に叩きつけた。三枝と武内がキスしている現場を目撃したことがあるとはいえ、本人の口から直接聞くと話は別だ。
一太刀浴びて、さらに銃弾で蜂の巣にされて、トドメに特大のハンマーで頭をぶん殴られたくらい衝撃が大きい。
だが不実な男にもてあそばれて傷ついているのは三枝のほうで、やはりドサクサにまぎれて武内に膝蹴りの一発でもみまってやるのだった。
百葉箱のかたわらでひっそりと咲く椿の紅色が、心の傷からにじみ出す鮮血のようだ。
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