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第141話

 SOSが発せられたように矢木を引き留めた〝何かがぶつかった物音〟とは、書籍がつぎつぎと落下したさいに生じたものだ。そうと見て取った。  この調子では拳が炸裂して、床に転がっているのは三枝のほうでもおかしくなかった。  眼鏡が吹き飛ぶどころか、口の端から血をしたたらせてうずくまる場面が、想像の域を超えて像を結ぶと血が沸騰して、 「三枝先生から離れろ!」  武内になかば体当たりをかましていきながら、ふたりを引き離した。余勢を駆って三枝を背中にかばい、武内を()めつける。  武内は一刹那、棒立ちになった。それから書庫の入口へと(こうべ)を巡らせると、目撃者が矢木ひとりなら懐柔するのはたやすい、頭ごなしに叱りつけてウヤムヤにするのが得策だ、と算盤をはじいたに違いない。 「何を勘違いしたのか知らないが、俺を突き飛ばしたことは不問に付してやる。昼休みが終わるぞ、うろついていないで教室に戻りなさい」    と、居丈高に命じて腕時計をつついた。  肩を軽く押されて、矢木が頭を振り向けると、三枝は強ばった笑みを浮かべた。 「意見が衝突しただけで、きみが心配することは何もな……」 「先生を侮辱されて黙っていられない!」  語気荒く遮って武内に詰め寄る。たじろいだ色が彼の瞳をよぎり、それは瞬時に狡猾なものに取って代わられた。 「共通テストを目前にして教師に言いがかりをつけるとは、余裕じゃないか」  矢木は、ぐっと詰まった。生活指導の主任教諭にあることないこと吹き込んで、反省文を提出するなりの処分を下すよう働きかけることも可能だ、と暗に匂わせているのだ。  すると武内は鷹揚ぶって、矢木にうなずきかけた。 「三枝先生と俺はまだ話がある。矢木、次の授業はなんだ、受験科目か」 「何度蒸し返されても、おれの考えは変わりません。失礼します。矢木くん、副担任という立場上、きみが授業に出るのを見届ける義務がある」

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