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第144話

   気をつけをして締めくくった。ニベもなく断られても不屈の精神でいこう。たとえ一万回フラれても、もう一回アタックすればほだされてくれるかもしれないから。  ネバー・ギブ・アップ。矢木は拳を握り、唱えた。  制服のブレザーもワイシャツも、小糠雨にそろって湿り気を帯びてきた。蝉の羽化がはじまる予兆に蛹に裂け目が生じるように、一文字に結ばれていた唇が、ゆるみかけた。  引導を渡される。矢木がそう思って身がまえたせつな、三枝はよくよく目を凝らしていなければ見落とすほど、あるかなきかにうなずいた。  予鈴が鳴ってタイムアップを告げた。お互い消化不良の気分を引きずっているように、振り返り、振り返りしながら右と左に別れた。    その夜のこと。矢木は、刑事ドラマさながらのミッションを自分に課した。  つまりレジデンス横峯のエントランスを見張るのにうってつけのブロック塀の陰に身をひそめて、かれこれ三十分。ちなみに背中には使い捨てのカイロを貼り、フリースとグラウンドコートを重ね着している。  その上からマフラーをぐるぐるに巻きつけて手袋をはめる、という重装備だ。  ──にいちゃんは恋敵と対決してくる……。  いざ出動とスニーカーを履いているところに通りかかった妹に宣言すると、日ごろは小生意気なくせにカイロを分けてくれたばかりか、ハイタッチで送りだしてくれた。  闘志満々で、雨もあがった。しかし、いかんせん凍てつくように寒い。  両手をこすり合わせて足踏みをしても、冷気がしんしんと這いのぼってくる。  天王山を今週末に控えているこの時期に寝込む羽目になったら、悲惨だ。  それでも、運悪く大学入学共通テストを受けそこねて、志望校の入試にぶっつけ本番で挑むことになっても後悔しないと断言できる。  昼間の様子では、武内は今夜中に三枝宅に押しかける公算が大きい。そして脅したり(すか)したりして、復縁を迫る恐れがたぶんにある。

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