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【1】

 真っ白なレースのカーテンが窓から吹き込む柔らかな風にそよいでいる。  穏やかな日差しが降り注ぐ部屋には、淫らな息遣いと掠れた嬌声が響いていた。 「ハァ……ハァ……も、ダメ……。狂いそう……あぁぁっ!」  天蓋付きの豪奢なベッドの上で下半身を露わにした青年が無心に右手を動かしては、たっぷりとした羽枕に頬を埋めて何度も体を小刻みに震わせた。 「何度……イっても、たりな……い。あぁ……満たされ、ないっ」  小柄で色が白く一見病弱にも見えるが、透き通るような肌の下には薄っすらと筋肉を纏い、深海を思わせるような青い瞳には鋭い光を湛え、畏怖さえ感じられる。  金色の柔らかな髪を乱したまま、綺麗に整えられた眉をきつく寄せ、獣の唸り声のような声で側近であるヘラルドを呼んだ。 「――ヘラルド! この気が狂いそうな匂いを……なんとか、しろっ」  彼の呼ぶ声に即座に反応し、部屋に姿を現したのは長身で筋肉質の男――ヘラルド・ロバトだった。  野性味の溢れる端正な相貌に襟足までかかるこげ茶色の髪、無造作に下ろされた前髪の奥にある赤みがかった茶色い瞳。この国でも希少種と言われる狼の血筋を引いている彼は、無駄なものがないその体を優雅に前に屈めた。 「お呼びでしょうか、シルビオ様……」  ベッドの上でシーツを見出し、下半身を露わにしたままの主を見ても別段驚く様子もなく、彼は挨拶を済ませるとブーツの踵を鳴らして彼のもとへと歩み寄った。  頬を上気させ、青い瞳に涙を滲ませながらヘラルドを見上げたシルビオは、胸を上下に喘がせながら声を震わせた。 「――城内にまだ……Ωが、残って……いるのか? この甘ったるい匂い……。体が疼いて……ハァハァ……気が狂うっ」 「城内におりましたΩ種は、シルビオ様のご命令どおり、すべて処刑いたしましたゆえ、この匂いはおそらく街の方から風に乗って流れてくるのではないでしょうか?」 「街……だと? あぁ……ん! じゃあ……街にいるΩを……すべて、殺せ!」  ヘラルドはだらしなく開かれたシルビオの腿をそっと閉じさせてから、窓際へと足を向け爽やかな風がそよぐ窓をすべて閉めた。その途端、それまで甘く香っていた部屋に精液独特の青い匂いが充満し、淫靡な空間へと様変わりする。  レースのカーテンを閉めながら、肩越しに振り返りベッドの上で身じろぐシルビオを見つめたヘラルドはわずかに視線を落として低い声で言った。 「――お言葉ではございますが、この国ではΩ種は貴重な存在。我々α種と交尾することで有能な遺伝子を持つα種を産むことが可能です。先日処刑した城内のΩ種のなかにも騎兵隊長の子を身籠った者もおりました。子を身籠ったΩ種は他のα種を誘うことはありません。それなのに……」 「ヘラルド。俺はこのジラニー王国の王だぞ……。俺に口ごたえをする気か?」 「いえ、滅相もございません。シルビオ様はこの国に古くから伝わる伝説の金狼の血を受け継ぐサラサール家最後の王。前国王亡き後、この国に平穏と富、そして人々の幸福を一番に願っておられる。しかし、その方がそのような事を仰られるとは……」 「――俺はΩ種が嫌いだ。ハァハァ……こうやって俺たちを体から発するフェロモンで誘い、子種を貪欲に欲する下等な種族だ。地位のあるα種に近づき『運命の番』だのと惑わし、子種を貪り子を成す……。この世に『運命の番』など存在するわけがなかろう……」  決して狭いとは言えない部屋。外部からの空気が遮断され、シルビオの身体から発せられるオスの匂いと、精液の匂いが混じり合い、ヘラルドはわずかに眉を顰めた。 「――では、貴方の後継はどうするおつもりですか?」 「相手がΩでなくては……いけないという決まりは……ない」 「ですが、血統を純粋に引継げるのはΩ種との交尾が最善かと……」  普段は口数の少ないヘラルドの饒舌に違和感を感じながらも、いちいち自身に噛みついてくる彼への苛立ちを隠せなかった。 「――国中のΩ種を殺せ! この匂いは俺を狂わせる」  国王の命令は絶対――。ヘラルドは一瞬だけ唇を噛みしめたが、すぐに胸に手を当てて腰を深く折り曲げると低い声で応えた。 「御意に。すぐに手配をいたします……」  目を伏せた視線の先には、シーツを指でギュッと掴んで艶めかしく体を捩るシルビオの姿があった。  金色の髪を乱し、顎を上向けては熱い吐息を吐き出す。  弓なりに反った背中は、小さな叫び声と同時に添えられた右手に白濁を散らかしながら弛緩し、皺だらけのシーツにゆっくりと沈んでいく。  薄い筋肉を纏った白い肌に散らかる精液は、この国に住む者であれば誰もが垂涎する貴重なものだ。世界中のどこを探しても見つからない伝説の金狼。このジラニー王国の固有種であった彼らの血統を継ぐ者はシルビオ以外に存在しない。  その子種を欲しがる者は多い。純粋に王に見初められることを夢見る女性、王の子を身籠りこの国を我が物にしようと企む性悪貴族、そして生まれた子を高値で売り捌こうと目論む商人。  一歩城を出れば、そこは私利私欲に駆られた者たちの住処。そんな輩から彼を守り続けて来たヘラルドには、彼らも羨むような日課があった。 「――ヘラルド」 「はい」 「――俺を満たせ」  すっと青い瞳を細めたシルビオが赤い舌先を覗かせてヘラルドに向けて体を捩った。細い腰に纏わりついたままの毛布を跳ねのけるように両脚を大きく開いたシルビオは、腰を浮かせてヒクヒクと収縮を繰り返している双丘の奥の蕾を彼に見せつけるように晒した。  幾度となく放たれた白濁に濡れた美しく可憐な蕾だが、ヘラルドの目には貪欲に牙を剥く獣のようにも見えた。  毎月のように訪れる発情期。金狼の発情は他の種族とは周期や機関が異なるだけではない特殊な行為を要する。本能が求める相手が見つからないと判断した場合に限り、その身体は受け身になる。  そうかといって、その場凌ぎの相手の精を受け入れたところで妊娠することはない。元来、金狼の血統はオスとして『孕ませる』側であるがゆえに、子を成す生殖器官は備わってはいないからだ。 「この劣情を鎮めよ……。それがお前の役目だ」  ヘラルドは表情を変えることなく着ていた上着を脱ぎ捨てると、広いベッドに片膝をついた。  彼の体重でマットレスが沈むと、シルビオが両手を差し出した。 「希少種のα……。お前の子種を欲する者は多いだろうな」  誘うようにヘラルドの顔を引寄せて耳元で囁いたシルビオに、ヘラルドは薄い唇をふっと綻ばせた。 「――仕事と割り切っております。そうでなければ国民に焼き殺されますよ。国王の中に精液をぶちまけるなんて……」 「孕むことはない……」 「――いつか、孕むかもしれませんね。私も今、発情期ですから」  王の側近として、自身が発情期であることさえも周囲に気付かせない完璧な装い。だが、シルビオは気づいていた。ヘラルドの首筋に顔を寄せた時、発情を示すオスの匂いがしたからだ。 「いい匂いだ……ヘラルド」 「お褒めに預かり光栄……。ですが、貴方の身体から立ち上る香りの方がもっと……」 「もっと……」 「甘く心地よく、そして……イヤらしい」 「クスッ……。楽しませてやる……俺の体を貪るがいい」  畏怖を纏った小悪魔が愛らしい顔で誘う。その誘惑に打ち勝てるものなどどこにもいない。  ヘラルドはすでに芯を持ち始めた自身の下肢をひと撫でして優雅に微笑んだ。 「お一人で寂しかったでしょう?――ここを弄ってくれる者がいないと」  シルビオの潤んだ蕾に、ヘラルドの長い指がグッと押し込まれる。その衝撃に息を詰めて顎を反らしたシルビオの喉にやんわりと牙を立てる。 「早く……楽しませろっ」  息も絶え絶えに濡れたペニスを震わせたシルビオに、ヘラルドは口角をわずかにあげて悪態をつくその唇を塞いだ。 「――御意に」  互いに絡ませた舌は焼けるように熱く、そしてほろ苦い精液と芳しい蜂蜜の味がした。

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