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【7】

 人の通りも途絶えた繁華街の外れにある雑居ビルにいくつもの悲鳴が響いたのはほんの一瞬のことだった。  狭くうす暗い階段の踊り場に立った男は、手にした日本刀の刃先をじっと見つめたまま恍惚の表情で唇を綻ばせた。 「これで誰にも邪魔されない……。二人だけの楽園……」  力なく下した手から滴る大量の血液を気にする風でもなく、男はフラフラと階段を上がると錆びれたスチールドアを開けた。  ドアの脇に掲げられた看板には『関東龍翔会』と達筆な文字が踊る。その看板も飛び散った血で汚れ、廊下に横たわるスーツ姿の男たちにはもう息がなかった。  革張りのソファにドカリと身を投げた彼は、ベルトを緩めると穿いていたスラックスを下着ごと脱ぎ捨てた。  そして、手にしていた日本刀の柄を自身の後孔に突きこむと満足げに笑った。 「早く……抱いて。こんなものじゃ……満足出来ないっ。貴方の……逞しいモノで突いて!」  膝を立て、腰をユラユラと揺する彼は関東一円に勢力を伸ばし、今やこの繁華街を仕切る『関東龍翔会』若頭、小田切(おだぎり)だった。  その堂々とした貫録と畏怖は関わった者を震え上がらせるほどの威力を持つクールな美丈夫。彼の美しさに惹かれた何人かの男が死んだ。  小田切には愛してやまない男がいる。彼の為ならば人の命など関係ない。まして自身の命さえも惜しくない。  その男を待つ間、小田切は一心不乱に自身のペニスを上下に扱いた。  運命ともいうべき出会いを果たしたその男は、間もなくここに来る。 「早く……来て。俺を……滅茶苦茶に、してっ」  荒い息を繰り返しながら堪えきれない愉悦の声を漏らす小田切の鼻が微かに動いた。甘ったるい花の匂い。それがだんだん近づいていることを知ると、後孔に咥えた刀の柄をキュッときつく喰い締めた。 「あぁ……あの方が来る。早く、孕ませて……α種の子を」  反社会的ではあってもΩ種であることは隠せない。発情期になれば愛する者の子種を欲して貪欲に体を疼かせる。愛する者との逢瀬を邪魔する者はすべて片付けた。 (あの方は血の匂いが好きだから……)  今夜も滴るほどの血を全身に浴びて美しさを増した小田切は、階段を上る硬い靴音に体を震わせた。 「早く……きて」  ガタンッ! とスチール製のドアを蹴破るようにして姿を現したスーツ姿の男が、肩を上下させて荒い息を繰り返した。 「小田切……お前って男は……っ」  小柄で少し幼さを残した相貌、明るい栗色の髪が印象的な青年の視線がソファで自慰をする小田切に注がれた。  警視庁組織犯罪対策部に籍を置く敏腕刑事――藤田(ふじた)の低い声が事務所内に響いた。  その声に堪らないといった表情で、後孔に咥えこんでいた日本刀を引き抜いた小田切は、藤田を見つめて舌先を伸ばした。 「発情……してしまいました。藤田……さん」 「ったく……。毎回毎回、派手なことをしやがって……どんだけ俺を振り回せば気が済むんだ?」  藤田は大仰なため息をつきながらも、スーツの上着を脱ぎ、ネクタイを乱暴に外すとベルトを緩めながら長身の小田切のもとに歩み寄った。  天井を仰ぐ様にそそり立った彼のペニスの先からは白濁交じりの蜜が溢れ、もうすでに何度か絶頂を迎えていたことを知る。 「この淫乱Ω種が……っ」  藤田は舌打ちを繰り返しながら自身のペニスを寛げたスラックスから引きずり出すと、数回扱きあげた。それは女性の腕ほどの太さのあるもので、幼く可愛げのある顔からは想像出来ないほど凶悪なものだった。 「犯して……。滅茶苦茶に犯して……! 貴方の子を……孕ませて」  小田切と藤田の出会いは必然だった。発情期を迎えた藤田は小田切が発するΩ種特有のフェロモンに当てられて身体を重ねた。その瞬間に蘇ったのは前世の記憶。もう、何度目かも分からない転生の度に彼に惹かれ結ばれてきた。  前回は医師と看護師、その前は……大学講師と教え子。その前は……。  さかのぼることも嫌になるほど、小田切との関係は続いていた。そして今回も……。 「そんなに孕みたいんなら、自分から乗れ!」  ドカッとソファに腰を下ろした藤田の腿に跨り、力を持ったペニスに手を添えて自身の後孔に沈めた小田切は、堪らないと吐息をついた。 「はぁぁ……気持ち、いい……っ」 「お前の匂い……今日は一段と……すご、い……っ。っふあ……ぐっ!」 「藤田さんこそ……いい匂い。また、このままイカせてくれるの?」  小田切の両手首に彫られた鎖のタトゥーは藤田からの束縛の証。これがある以上、彼からは逃げられない。 「――たっぷり出してやるからな。今夜も……」 「一緒にイってくれる? いつもみたいに……」  その問いかけを無視するように小田切の腰を掴んだ藤田は腰を激しく突き上げた。体格差のある二人だが、繋がった場所が緩む様子がない。結合部から洩れる卑猥な水音に、時折ギリギリまで茎を引き抜く藤田に焦れる小田切の切なげな声が重なった。  周囲の人間が雑居ビルの異変に気付いたのは、それから数時間後のことだった。  互いの精液に塗れ、なおも交尾を続ける小田切と藤田の視界の端に映ったのは、窓の外で揺れる赤色灯だった。それは次第に数を増し、回転しながらけたたましくサイレンを鳴らしながら近づいてくる。 「――もう気付かれたか」  ソファに両手をつき、腰を高く上げた小田切の背後から突き上げていた藤田が舌打ちする。雑居ビルの外部は相当数の警察車両に包囲されていた。 「やだぁ……。まだ……したい! もっと欲しい……っ」 「そろそろ限界だな。また次の機会に……だ。愛しているよ、小田切――いや、 ヘラルド」 「シルビオ……様。また……お会い出来ることを……」  藤田は突き込んでいたペニスを引き抜くと、自身が脱いだスラックスのそばに転がっていた拳銃を手にした。そして再び、小田切の後孔に自身を突きこむと、激しく腰を振った。 「あぁ……ダメ! 壊れちゃう……シルビオ様っ。あぁ――っ」 「あの世で待っていろ。気持よく逝かせてやる」 「はい……。愛しています……シルビオ様」  藤田は肩越しに振り返った小田切のこめかみに拳銃を突きつけると、迷うことなく引き金を引いた。  恍惚の表情で目を見開いたまま崩れ落ちた小田切の中がこれ以上ないほど喰い締め、藤田はその快感に最後の絶頂を迎えた。 「何度見てもお前の死に顔は美しいな……。また、見たくなる」  フッと口元を綻ばせて、すべてを吐き出し終えるとそのまま腰をユラユラと揺らした。  藤田の長大なものを咥えたままの小田切の後孔がクパクパと音を鳴らす。それを見つめながら藤田は自らのこめかみに銃口を押し当てると、古に結ばれた『運命の番』に誓う。 「――永遠に離さない。お前は俺だけの番だ」  再び銃声が雑居ビルに響き渡った。繋がったままこと切れた藤田は、汗ばんだ小田切の背に口付けるような形で逝った。  最愛の男に誓う永遠の愛。そして――再び生まれ変わり交わるための約束。  そのキスの意味を知るものは誰もいない。  二人きりの楽園で繰り広げられるのは、血と狂気に満ちた宴――。  あの夜と同じように、窓の外がパトカーの赤色灯の光で真っ赤に染まる。  すべてを失い、たった一つのものを手に入れた二人を祝福する炎のように……。

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