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 愁は、やっとの思いでシャワーを浴びていた。  できれば、身体に残った加瀬の匂いを、痕を、流したくない。  その思いと、葛藤していた。  唇に触れ、愁は最後のキスを思い返す。  彼らしくない。   けれど、それがなぜなのか、分からなかった。 「…加瀬…っ」  思い出すだけでも、体は反応していく。   「俺は…どうして…」  シャワーを止め、風呂場を出ると、人の気配がした。 「?…っ、貴遠…!」  そこには、貴遠が立っていた。  薄明りの中、その顔が微笑みを浮かべて愁を見た。 「帰ってきたんだ。突然どうしたの?仕事忙しいんでしょ?」  駆け寄るように抱きつくと、貴遠は愁に口付ける。  いつもの優しい穏やかなキスだが、愁は、鼓動が跳ね上がった。  その目を、見つめ返すことができない。 「君に、愁に会いたくなって。切り上げてきたんだよ。……、どうかしたの?」 「…ううん、なんでもない」  俯いた愁の耳に、貴遠は唇を寄せる。その手は、すでに愁の乳首に触れていた。 「あ…ッ、き、きお…待っ…」 「待てない」 「だ、だめ。用意してない…それに、スーツ、皺になっちゃう」  愁は、慌ててスーツを脱がすと、クローゼットに運ぶために貴遠から離れた。 「用意もしてくる」  言って、愁は小走りに離れた。 「はぁ…焦った…」  胎内には、まだ加瀬の残した精液が残っているはずだった。体の不調よりも、未練だけが、愁の中に残っている。  まるで夢の中にいたような。あの数時間から、貴遠の声が、指が、愁を現実に引き戻した。  クローゼットに入り、スーツのポケットをチェックすると、紙らしい手触りがあった。 「名刺かな…?」  に、しては大きい。取り出して、愁は息を飲んだ。 「これ…なんで…」  皺だらけになったそれは、写真だった。血液のような、赤黒い何かが所々に付着している。  見覚えのある被写体は、裸の自分と、貴遠。  加瀬から、すべて奪い返したはずの写真が、貴遠のスーツから出てくるなんて。  裏面に、皺とは違う感触が指に触れた。愁は、慌てて裏返した。  Luv u  裏返したそこに、血文字のように、記されていた。 「好…きだ?」  指が、震えていた。  加瀬。  まさか。 「…愁?どうかした?」  貴遠の声が、背後で響いた。肩を震わせ、愁は振り返る。 「貴遠…これ…どうして…?」  愁の手元を見るなり、貴遠の顔色は変わった。 いつか映画で見た様な、正体が明らかになった殺人犯の表情。それによく似ていた。 「どうして、これが、ポケットから」 「愁、それを渡せ」  声音は冷淡に、まるで別人だった。 「早く」 「これは加瀬の…」 「うるさい、さあ、早く」  知らない貴遠の顔。声。 「愁、渡さないなら…」  貴遠は、血走った目で愁を見た。  その手が、ゆっくりと、写真へと伸びるのを愁は見た。 「い…」  その手に渡ってしまったら、何か失うような気がした。 「いやだ!」  拒絶すると、愁はジャケットを掴み貴遠の脇をすり抜け、玄関を飛び出した。  駆け出した愁は、エレベーターへと向かっていた。到着階数を見れば、エレベーターが丁度待っていた。 愁は駆け乗り、一階を押し、閉じるを押して飛び出すと、非常階段の陰に隠れ、息を殺した。  後を追ってくると思っていた貴遠は、電話をしながらゆっくりと現れた。 「あぁ、逃げられた。エレベーターで降りたから逃がすな。絶対にだ」  舌打ちをし、貴遠はスマホを仕舞うと、再び部屋へと消えた。

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