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4-2
愁は、やっとの思いでシャワーを浴びていた。
できれば、身体に残った加瀬の匂いを、痕を、流したくない。
その思いと、葛藤していた。
唇に触れ、愁は最後のキスを思い返す。
彼らしくない。
けれど、それがなぜなのか、分からなかった。
「…加瀬…っ」
思い出すだけでも、体は反応していく。
「俺は…どうして…」
シャワーを止め、風呂場を出ると、人の気配がした。
「?…っ、貴遠…!」
そこには、貴遠が立っていた。
薄明りの中、その顔が微笑みを浮かべて愁を見た。
「帰ってきたんだ。突然どうしたの?仕事忙しいんでしょ?」
駆け寄るように抱きつくと、貴遠は愁に口付ける。
いつもの優しい穏やかなキスだが、愁は、鼓動が跳ね上がった。
その目を、見つめ返すことができない。
「君に、愁に会いたくなって。切り上げてきたんだよ。……、どうかしたの?」
「…ううん、なんでもない」
俯いた愁の耳に、貴遠は唇を寄せる。その手は、すでに愁の乳首に触れていた。
「あ…ッ、き、きお…待っ…」
「待てない」
「だ、だめ。用意してない…それに、スーツ、皺になっちゃう」
愁は、慌ててスーツを脱がすと、クローゼットに運ぶために貴遠から離れた。
「用意もしてくる」
言って、愁は小走りに離れた。
「はぁ…焦った…」
胎内には、まだ加瀬の残した精液が残っているはずだった。体の不調よりも、未練だけが、愁の中に残っている。
まるで夢の中にいたような。あの数時間から、貴遠の声が、指が、愁を現実に引き戻した。
クローゼットに入り、スーツのポケットをチェックすると、紙らしい手触りがあった。
「名刺かな…?」
に、しては大きい。取り出して、愁は息を飲んだ。
「これ…なんで…」
皺だらけになったそれは、写真だった。血液のような、赤黒い何かが所々に付着している。
見覚えのある被写体は、裸の自分と、貴遠。
加瀬から、すべて奪い返したはずの写真が、貴遠のスーツから出てくるなんて。
裏面に、皺とは違う感触が指に触れた。愁は、慌てて裏返した。
Luv u
裏返したそこに、血文字のように、記されていた。
「好…きだ?」
指が、震えていた。
加瀬。
まさか。
「…愁?どうかした?」
貴遠の声が、背後で響いた。肩を震わせ、愁は振り返る。
「貴遠…これ…どうして…?」
愁の手元を見るなり、貴遠の顔色は変わった。
いつか映画で見た様な、正体が明らかになった殺人犯の表情。それによく似ていた。
「どうして、これが、ポケットから」
「愁、それを渡せ」
声音は冷淡に、まるで別人だった。
「早く」
「これは加瀬の…」
「うるさい、さあ、早く」
知らない貴遠の顔。声。
「愁、渡さないなら…」
貴遠は、血走った目で愁を見た。
その手が、ゆっくりと、写真へと伸びるのを愁は見た。
「い…」
その手に渡ってしまったら、何か失うような気がした。
「いやだ!」
拒絶すると、愁はジャケットを掴み貴遠の脇をすり抜け、玄関を飛び出した。
駆け出した愁は、エレベーターへと向かっていた。到着階数を見れば、エレベーターが丁度待っていた。
愁は駆け乗り、一階を押し、閉じるを押して飛び出すと、非常階段の陰に隠れ、息を殺した。
後を追ってくると思っていた貴遠は、電話をしながらゆっくりと現れた。
「あぁ、逃げられた。エレベーターで降りたから逃がすな。絶対にだ」
舌打ちをし、貴遠はスマホを仕舞うと、再び部屋へと消えた。
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