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第20話

 あの日と違うのは雨の勢いがそれほど強くないことと、その場にアキがいないことである。そんな当たり前のことに、いちいち肩を落とす自分自身に対して、何とも言えない苛立ちを覚える。  移動中は激しかった雨は、いつの間にか小雨になっていた。それでも苛立ったこの身を冷やすには充分だった。  その場所に近づくごとに自責の念がよぎる。自らの保身のために、アキの望みを叶えてやることができなかった。その後悔があっては前に進めない。これはアキとのけじめでもあった。 『俺、真人さんの吸い殻になりたいな……』  アキからアプローチを受けていた頃、酔っぱらった彼が妙なことを口にした。その訳を聞くと、アキは赤く染まった目元を細めて、にっかりと笑った。 『だって真人さんといっつもキスしてるじゃないですかー! 俺も真人さんとキスしたいのに』  そう言って口を尖らせるアキを、高崎は心のどこかで可愛いと思っていた。もしかしたら、この時から惹かれていたのかもしれない。 『俺もタバコ吸えたら、真人さんと間接キスできたのにな……』 「馬鹿が……」  当時と同じセリフを吐き捨て、高崎の足は歩みを止めた。  あの時とは違い、今はまだ街灯は灯っていない。それでもその場所は、なぜか光り輝いて見えた。血の痕も何も残っていない、いたって普通の場所。すぐにでも日常の中に溶け込んでしまいそうだ。  高崎はしゃがみこみ、半分ほど灰になった煙草をそっと電柱の脇に供える。それから火の点いたままのそれを、革靴で踏みにじった。灰がほろりと崩れ、地面に溶け込んでいく。 『あなたと触れ合いたい……』  あの日、カクテルグラスを穢してしまったこの灰を、はたしてアキは受け入れるのだろうか。アフィニティに込めた想いを無碍にしたこの灰を、喜んでくれるのだろうか。  当然、その答えは返ってこない。 「じゃあな」  永遠の別れを告げ、高崎はその場を後にした。しかしその口の中には、決して消えない苦味が広がったままだった。 了

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