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結婚飛行

俺は夜明けを知らない。きっと一生、知ることは無い。  暗幕を持ち上げるように夜が明けて、城に光が差した頃、幕を下ろすように夜は突然やってくる。 かつての先祖は太陽という光の下で暮らしていたらしいが、俺たちが住む城郭国家シスタはそんな国なのだ。 「ローゼン、光が差した。窓の傍に来ないか?」  カーテンを開けて陰鬱な部屋に日光を入れてやると、ベットに横たえていたローゼンが迷惑そうに瞼を擦った。重たそうに上体を持ち上げて俺を見上げるローゼンは、その煌びやかで美しい金糸の髪を掻き上げる。 「ありがとうダリ。少し日を浴びるよ、ガウンを取ってくれ」  布団をはいだローゼンは一糸纏わぬ姿で窓の傍までやってくる。  生白く細い肌は日の光を浴びて艶めきを取り戻すようだった。  細身にも関わらず骨が浮き出ないしなやかな肉付きに、情欲的な腰のラインと芽吹き始めた胸元の赤実。 それらを緩やかな髪糸の裏に隠しておきながら、一族の証である尖り耳だけが突き出ている。そして桃色の瞳はいつも伏せがちで憂いでいた。  俺は壁に掛けてあったガウンを手に取り、ローゼンの肩に掛けてやる振りをして、背後から抱きしめた。柔らかな布ごとローゼンの身体を包むようにして引き寄せ、耳の後ろにキスをする。  かちりと金属音が鳴る。ローゼンの髪飾りが揺れた。  右耳の少し上に飾られたガーネットの髪飾りは、王冠の代わりだ。ローゼンこそがこの国で唯一のオメガであり、次期女王である証なのだ。 「……暖かいな」  ぽつりとローゼンが漏らした。俺はもう少し強くローゼンを抱きしめて、耳元で「こうしていると暖かいよな」と囁いてみたが、「違うよ」とつれない返事をされた。 「日の温度が高くなったと言っているんだ。そろそろ春がやってくる」 「日の温度だけで季節が解るようになったのか?」 「根拠はあるよ、あれを見たらいい」  ローゼンが窓の外を指さす。城下町の向こうに聳える城郭の、さらに向こう側に巨人の姿見えた。 「……ジャスマンだ。花を摘んでいる」  俺は世界を知らない。 一生、知ることは無い。何しろ城郭の向こう側はジャスマンの住処だからだ。  ジャスマンがいつから存在しているのかは解らない。太陽を知る先祖もジャスマンのことだけは知らなかった。  ジャスマンを「神」と位置づける連中が一定数いるが、奴に高度な知能があるとは思えない。  ジャスマンは俺たちに恩恵を与えることはない。  奴が俺たちに与えるものは、季節の訪れと”門を飾ること”だけだ。 「彼が持っているあの花は蜜が多いんだ。きっと婚礼の日に向けて摘んできたんだろう」 「……じゃぁ、いよいよ婚礼行事が近いってことか」  ローゼンは瞼を細めて頷き、俺の腕の中から逃れるように数歩踏み出すと、緩やかな髪の間から真っ白な羽を開いた。ローゼンの背中にある白い羽は、オメガとアルファだけが持つ唯一の特徴である。 「その日が来たら羽ばたかないといけない。うまく飛べるのかな……」 「飛ぶ練習なら、付き合ってやろうか?」 「いや、私が飛ぶのは婚礼の日の僅かな間だから。この羽は長く飛ぶように作られていない気がするんだ。アルファの連中ならともかく」 「それもそうだな、アルファ連中はオメガを追いかけ回さないとならねぇから、躍起になって飛ぶ練習に励んでるが、お前はアルファを待ってれば良いンだもんな」 「……そうだね、屈強な彼らから逃れられやしない」  ローゼンの視線はずっとジャスマンに注がれている様だった。  あの巨人は摘んだ花を城郭の大門に降り注ぎ、飾り付けをしているように見えた。  城郭の出入り口は大門一つしか無い。そこには監視塔と、頂上には女王が王を待つ玉座があるとされていた。アルファとオメガは何度かそこに足を運んだことがあるようだが、俺はベータだから近づかせても貰えなかった。 「無冠の間って、呼ぶんだろ?あの大門の頂上を」 「ああ。どの国の城郭も同じ造りになっているんだ。婚礼の日になると、オメガは自国の無冠の間まで飛んでいって、やってくるアルファを選別して種付けをする」 「選別って、どうやって?」 「さぁ……」  歯切れが悪そうに言うローゼンの後ろ姿に妙に苛ついて、俺はローゼンの腕を掴んで無理矢理向き直らせた。すると桃色の瞼がひどく困っていた。  「本当に解らないんだ。 昔はアルファ同士が決闘をして決めたとか、オメガが逃げ回ったとか、 母上からいろんな話は聞いたけど、どれも現実的ではない。 そもそもオメガが一国に1人しかいないのに、アルファは何倍も存在する。  婚礼に参加する国家が仮に10あるとしたら、婚礼の日に集まるオメガは10人しかいない。 そしてアルファが仮にオメガの5倍いるとするなら、50人集まるということさ。 釣り合いが取れないだろう?」 「倍率5倍の交尾ってことだろう?どうにか優劣を付けて貰わないと、5人相手にすることになるぞ?」 「その覚悟が必要になるのだろうさ。……婚礼の日が近いなら、いずれ母上に呼ばれることになるから、その時に詳しいところを聞いてみよう」  俯くローゼンの瞼が再び窓の外に向けられる。 城郭の向こうではジャスマンが大きな口を開けて咆吼していた。 豪たる地響きをもたらした後、ジャスマンは去って行く。  すると暗闇が訪れた。 *  俺は夜明けをしらない。世界も知らない。知らないことばかりだ。けれど大抵の奴らも知らないことが多すぎる。俺はきっと、他の奴らの中では物を知っている方だ。  なぜならローゼンのことを知っているからだ。  俺とローゼンは兄弟だ。他にも兄弟は大勢いるが、ローゼンだけがオメガで、あとの大半はベータ、そして少数のアルファだ。そして俺たちの母上はこの国を治める女王に他ならない。   生まれながらのベータというのは階級でいえば平民だが、俺は母親である女王の給仕を任されていた為、城で暮らすことを許されていた。  まだ俺が生まれて5年もしない頃、唐突に母に呼び出された。  そして母は俺にローゼンを手渡した。 「オメガだ、新しい女王の誕生だ、婚儀の日まで大切に育てなさい。誰にも触らせるな」  その日から俺とローゼンの2人だけの生活が始まった。  女王が暮らす城から少し離れた塔の頂上、大門の無冠の間が良く見える其処に、俺はローゼンを隠した。  同じ母から生まれたローゼンは俺にとっては弟だ。小さい時はただ可愛くて仕方が無かったが、ローゼンは日に日に艶めかしくなり、身体が成熟するに伴って女王の風格を現わしてきた。  俺が教える訳でもないのに言葉遣いは硬くなり、勝手に美しくなっていく。  日光のような金色の髪を見ていると、自分の黒髪が泥のように思えてくる。種としての格差を感じずにはいられなかった。  いつしか俺は兄から従者になっていた。  二人だけの監禁生活を送る中で、母親を女王としか見れなくなっていたし、同じように階級としての格差を感じていた。  しかし従者であると自覚をしたとき、ローゼンを愛していることにも気づいた。 「ダリ……っ、駄目だ、婚儀の前なんだ」 「婚儀が近くなければ良いみたいな言い様だな?」  浴室でローゼンの身体を洗ってやれるのは俺だけだ。未開の身体を隅から隅まで洗ってやるとき、性交をしている気分になれる。互いの身体に泡を付けて擦り合わせている時、ローゼンは恥ずかしそうに身を捩る。その身体を無理矢理開かせてやるのが好きだ。  ローゼンの膝を割ってやると、小ぶりな性器が顔を見せる。アルファじゃない俺に反応して起ち上がるくせに、後孔はちっとも開かない。かといってローゼンの雄を俺の中に入れるには小さすぎる。結局、身体の釣り合いは取れないでいた。  だから互いに擦れ合わせながら抱き合う。ただ、ローゼンの熟れた乳首だけは俺の飴玉だ。 「あ…っ」 「ほら、身体だけは堪らなそうにしやがって。婚儀が近いから発情してるのか?」 「それは仕方が無いことだから…っ」 「解ってる。……クソ、アルファの奴らになんでお前を渡さないとならない……っ」  生まれた時から決められている格差だと解っていても、納得が出来ない。  高嶺の花を閉じ込める背徳的な現実は俺の世界の全てなのに。  優しくて愛らしいローゼンを支えられるのは俺しかいない。俺たちは互いが全てのはずだ。  誰の目にも触れないように、この塔に監禁して育ててきたのに、俺はローゼンを抱けない。  『その日』を迎えれば、ローゼンはアルファの連中に犯されないとならない。    犯された後はどうなるんだろう?  この塔に戻ってきてアルファの子供を一緒に育てるんだろうか?  ローゼンから生まれてくる他人の子供を俺は育てられるんだろうか? 「ダリ、……怒らないで。私の身体は種の為にあるべきもの。けれど心はいつだって貴方に捧げている」  俺はよほど機嫌が悪い顔をしていたらしい。  ローゼンの腕が伸びてきて、身体を引き寄せられた。駄目だと突っぱねていたくせに結局は俺を求めてくるローゼンが愛しい。  雪肌に紅を引いたようなローゼンの唇にキスをした。互いに求め合うには舌で交じわうしかなかった。深く深く絡め合いながら、ローゼンの奥まで貫いた時を想像する。互いに淫らに腰を擦り付け合いながら登り詰めていく時、愛し合っていると信じられる。  種の隔たりなんて関係ない。 そうだろう?

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