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マリッジライフ2
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一周するにはあまりに狭い城だ。俺は城郭の上に足を運んで空を見上げた。真っ青だ。
遠くに見えるジャスマンがこちらにやってくる様子も無い。この城に入ってから一ヶ月ほどの間は、嗅ぎ回るように徘徊していたあの巨人が、ここのところぼうっとしている。
彼奴はあらゆる国の新女王の在処を探しているに違いない。なんたって無冠の間に花を飾るのは彼奴なのだから、新しい命の芽生えを欲しているはずなのだ。それが何の目的なのかは知らないが、とにかく探し回ったのに見つけられなくて、へこんでいるのだろう。
俺は城郭の外で収穫した食料を抱えてローゼンの待つ城に戻っていった。昨晩からローゼンは熱を出してうなされ続けていた。身ごもった大事な身体だというのにこんなところで病死するなんて笑えない。俺は万病に効く花の蜜を抱えてローゼンの元に急いだ。
「――……?」
女王の間に続く廊下を歩いていた時、何か聞こえた気がした。夕陽の灯りが僅かに届くほの暗い城は寒くてよく音が響く。
「っぁ……」
耳を澄ますと、それは甘い息づかいだった。それも隙間無く続いて荒く苦しげな。
「ローゼン!?」
まさか容態が悪化したのだろうか? 城を出るまでは静かに寝ていられる状態だったのに。急いで駆けつけ、扉を押し開けると、鼻孔いっぱいに甘い匂いを吸い込んだ。
寝台に寝ているローゼンはまるで見えない何かに犯されているような有様だった。仰向けに寝転んで膝を立てて足を開き、寝台の柵を縋るように掴みながら啼いていた。
「ぁああ……っ 苦し……っぃ、…っ」
口端から垂れた唾液がシーツに糸を引く。ボロボロ涙を流すローゼンの身体は、念入りに愛撫された後のように火照り、柔らかな肉付の胸元の突起が赤く凝っていた。熱さからか脱ぎ捨ててしまったらしい衣服が足に絡みついており、露わになった秘部は甘勃ちをしている。ダリは目のやり場に困りながらもふと見つけてしまった。
ローゼンの後孔から覗く、白い何か。
「おおきい……っ! 大きい、奥……っごりごり、する……っ」
ローゼンは、まさに剛直で犯されているような事を口走る。身を悶え、よじりながら男の腰使いに合わせるように尻を揺らしながら、恥ずかしい言葉を漏らしていた。
俺はようやく理解できた。甘い匂いはローゼンがアルファを誘う性の匂いだ。
「ローゼン!?お前なにやってんだ!?気を確かに持て!」
慌ててローゼンに駆け寄り肩を揺すってやるが、ローゼンの瞼はうつろで夢の中をさまよっているように見えた。
「ぁ あ、あ うごいてる……っ だめ、です……」
柵に縋り付いていたローゼンの指が離れて、俺の衣服を掴んだ。懇願するような瞼で縋り付かれてもどうしたらいいか解らない。ただ強い力で抱き返してやると、俺の視界の端にローゼンの後孔から飛び出す白いものが見えた。
卵だ。
それも大きくて少し長細い。ねっとりと粘膜が絡んだものが、ローゼンの後孔から顔を出している。排泄とは違う、命の誕生を目の当たりにした。
「でちゃう、でちゃいます……っ ぁあああ……っ」
俺に縋りながらローゼンが啼く。産卵は酷い快楽を伴うのか、ひときわ大きな声で喘ぎ散らしたローゼンは、絶頂を迎えたように身体を強ばらせた。その瞬間にずるりと卵が排泄されて、シーツの上を転がった。
「ぁ……っはぁ……、」
「ローゼン……」
俺は粘液を纏った卵に触れることができなかった。初めて目の当たりにした産卵という行為を飲み込むことが出来なかったからだ。俺の胸にしなだれるローゼンを見下ろして、母となったこの女王を抱き寄せて、ようやくその尊さを実感することができた。
「ローゼン、よく頑張った。偉かったな」
汗が張り付く頬を撫でてやると、未だに悦楽の余韻から立ち直れない表情で、ローゼンは笑った。
「はい……、カサンドラ様……っ」
俺は目の前が真っ暗になった。
**
ローゼンの産卵は絶え間なかった。
一人目の卵を産んだすぐ後に再び御産が始まり、うつ伏せになって尻を突き上げながらシーツに縋り付いていた。
冷静になって眺めてみれば、ローゼンは妄想の中で誰かに犯されているようだった。
恐らくそれは、あの無冠の間で種付けをしたアルファたちとの記憶だろう。そうでなければ次々に名前が飛び出てくる訳がないし、淫らに体位を変えたり、媚びへつらったりしながら腰を振ったりもしないはずだ。
後孔を産道として使う故に、猛烈な悦楽を伴うらしい。ましてアルファを前にした(妄想の中の話だが)オメガにとってそれは拷問のように強すぎる悦であるだろう。
このままローゼンは卵を産み続けるのだろうか? 無冠の間の記憶の中で。
俺はその場に居合わせることはなかったけれど、産卵をしているローゼンを眺めていれば嫌でも当時の状況が目に浮かぶ。腹が膨れるほど犯されながら、卑猥な言葉を吐いていたのかと思うと気が狂いそうだった。
「ぁあっ……! あっ、や……っ イルマ様の、すきです…っ」
ずぶ、と粘着質な音をさせながら、イルマという男との卵がシーツに落された。カサンドラの卵よりも面長で小さいものが複数落ち、途中でつかえた卵が半分ほど顔を出していた。それが苦しくて仕方が無いのか、必死に呼吸を整えて吐き出そうとしている。
内股が痙攣している様子を見れば、肉筒がうねっているのは予想がつくことだ。感じすぎて御産ができないなんて本末転倒じゃ無いか。
俺は指を伸ばして、卵をローゼンの内側に押し込んでやった。
「ぁあああん……っ」
ローゼンが背をそらして何度もビクビク痙攣する。絶頂を極めて蕩けた表情で、「イルマ様おやめください……」と懇願していた。ローゼンの瞼に俺は映らなくなっていた。
「ダリっ」
しらけた気分を逆なでるように甲高い声がした。振り返ると、カサンドラとの卵から生まれた第一子がいた。真っ赤な髪色を持つこいつは、あの婚姻の日に俺を蹴り飛ばしたアルファと同じ毛色をしている。
「女王様にいたずらはお止め下さいっ それよりも新女王様の選定を手伝ってくれませんか!」
「ああ……そんな時期か」
この子供たちはけして俺を父とは呼ばない。位の低いベータだと見抜いているからだ。
見え透いた態度が憎々しいと思う。
「そうだ、新しい女王には西の草原に咲いている草の根を食わせてやりなさい。栄養価が高いんだ、それを食べれば良い子が育つ。暫くはみんなに同じ餌を渡して、一番優秀な子供を跡継ぎにして育てれば良い」
「なるほど!ありがとうダリ!みんなに伝えるね!」
働き者の子供は目を輝かせながら去って行った。
そしていつまでも新女王が生まれることはなかった。それどころか子供たちの数は減った。草の根は毒を持っていると、気付けるほど博識な子供が生まれる前に、頭数を減らさなければならない。
身体の弱い子供は斧を振ればすぐに死んだ。そうして片付けていればまたローゼンと過ごす日々が戻ってくるかと思った。
けれどローゼンの産卵はひっきりなしに続いた。アルファの子種はすべてローゼンの腹の中にストックされているのかもしれない。そうでなければ計算が合わないほどに生み続ける。きっと死ぬまで生んで、俺を思い出すことはないんだろうか。
何回目かの婚姻の日、無冠の間に表れないオメガをジャスマンは不審に思っているようだ。花を飾ってもアルファがやってきても東の国の新女王は姿を見せない。そうして何時の日かジャスマンもやってこなくなった。
長い月日がすぎたある日
俺は女王の間の窓を開けた。
ローゼンの腹を裂いてやったら産卵は止まった。
ローゼンは動かなくなってしまったがようやく俺だけの恋人が戻ってきた。
窓の外にはたくさんの墓を作ってある。アルファどもとローゼンの子供たち。哀れな彼らを見下ろしながら、俺はローゼンを再び幽閉する。
今日は婚姻の日だ。ジャスマンが金色の花を持っている。
俺の為には存在しない一日。
あの金色の花びらがどこからともなく舞っていた。
空は眩しくて、呆れるほどに青い。
結婚生活にうってつけの日だった。
fin
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