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第16話【僕の忘却】
父親に間違えられたのは、小学校に入るよりも前だ。その時はまだ、自己を見失ったりしていなかったから、よく笑っていた気がする。
不安定になり始めたのは、小学校高学年くらいだった。
――でも、それだと変だ。
だって、小学校の修学旅行中……一太郎君はよく、笑っていた。僕の手を引いて、あっちだこっちだとスケジュールには無いところを歩いて、先生に怒られたんだから。
そう、確かその時も一太郎君と僕は先生に間違えられて――。
――間違えられて……その、後は?
「……っ、う……ッ?」
――何だ?
――何だ、何だこの違和感は?
一太郎君と僕は、何度も間違えられた。小さい頃も、今もずっと。
その度に、一太郎君は傷付いていたじゃないか。泣きそうな顔をして、現に……泣いていた筈だ……ッ!
――じゃあ、何で……どうして、記憶の辻褄が合わない……?
笑っていたんだ。一太郎君は。中学生の頃はまだ、笑っていたんだ。
でも、泣いていたじゃないか? 間違えられて『僕は誰なの』と……。それは、中学よりも前の出来事。
だけど、一太郎君が笑顔と泣き顔を両立させていた時期なんて、無かった筈だ。
――でも、笑っていたし……泣いて、いた。
だったら、逆を考えたらいい。一太郎君と僕は、常に一緒だった。
じゃあ、それじゃあ……?
――僕は、何をしていた……?
「な、んで……っ?」
街並みを眺めると、色々思い出す。あのお店は母親の友人が経営していて、そこでも間違われたとか……あの公園では、友達に何度も間違えられたとか。
――酷く、鮮明に思い出せる。
それは、一太郎君が傷付いていたからだ。一太郎君の事は、僕が一番知っていなくちゃいけない。知っていて当然だし、憶えていなくちゃいけないんだ……ッ!
――だったら、どうして……?
「僕はその時……何て、言った……っ?」
――どうして……一太郎君に掛けた言葉だけが、思い出せないんだ?
震え始める足を何とか進めて、僕は見ず知らずの人と待ち合わせをしている場所へ向かう。ゆっくりだった歩調は、自分でも制御出来ないくらい、速まっていた。まるで、焦燥感のように。
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