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第1話

痛みというものは心に余裕があるときに感じられるものだと最近知った。何もかもが嫌になり、考えられなくなったとき、何も感じなくなる。触覚だけではない、味覚も聴覚も・・・五感全て。 最初は痛かった。死ぬかと思った。死ねたらどんなに幸せかと思った。この世は地獄だと悟った。 まだ子供である自分の身体は、大人であるガタイのいい男が振り上げた手に耐えられなかった。ある時はゴンッと鳴り、そしてまたある時はミシミシと嫌な音が身体を響かせた。 父だと言うそいつは、俺のことを容赦なく殴った。 『小汚いΩから産まれやがって!!』 俺は母親が誰だか知らない。知っているのはαのこの男だけ。 『あの女が死んだ時てめぇも死んだらよかったんだ』 なら何故今殺さないのだろう。疑問に思った俺はある日何故殺さないのかと聞いた事がある。 『俺が捕まったらどうすんだ。第一、てめぇは俺の奴隷(こども)だ。どうしようが勝手だろ』 タバコの煙を口から吐き出してそいつは嗤った。 痛みを感じなくなったとき、殺してやりたくなった。 自分でも驚いた。まだ自分にもこんな感情が残っていたなんて。こんなにも黒くてドロドロした感情が残っていたなんて思ってもいなかったからだ。 自分には何も無い。だから失うものはなかった。 殺そうとナニカを手にして帰りを待っていたとき、既にそいつは死んでいた。 事故だった。呆気なく死んでいった。俺がやつに残せたものはなかったが、やつは俺に色々なものを残した。 αへの憎しみ、殺意。とにかく負の感情ばかりが残った。 (やつ) がいなくなった俺は施設に預けられる予定だった。元々αの中でも底辺の(やつ)には貯金もなく、俺に遺産は何ひとつ残す気がなかったからだった。 だが、俺は養子としてある家庭に迎え入れられた。 間口(まくち)家。外のことをあまり知らない俺でも知っているその名前は、金持ちの家だった。 『君が悠真くんかい?』 誰、あんた 『間口 和彦。君の亡くなったお母さんとは知り合いでね。ずっと君を探していたんだ。迎えに来るのが遅くなってすまないね』 かあ、さん? 迎えって? 『よかったらうちに来ないかい?』 間口和彦からのばされた手をじっと俺は見つめた。なんせこいつらは皆αだ。許せないα。憎いα。 だが、こいつに着いていかなかったら俺は施設で何をするんだろうか。 母親なんて知らないがこの男、嘘はついていないみたいだ。 ・・・・・・。 俺は無言でその手を取った。 小学生最後の冬の話だ。

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