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第7話

 音を失った空間が、耳を鳴らす。 「……逝くな」  ふたつの黒い世界が、俺に埋め尽くされた。   「逝くなアンジェ」  だが、そこに光はもう――ない。 「俺をひとりにしないでくれ……!」  教えてくれ、アンジェ。  お前なしで、俺はどうやって生きていけばいい?  今際の際で両親に託された、生まれたばかりの生命。  ひとりで歩くこともできない、食べることもできない幼い弟を抱え、途方に暮れた。  必死だった。  生きるためなら……生かすためなら、どんなことでもした。  気がついたら十四年が過ぎていた。  ずっと、俺だと思っていた。  家も、  ベッドも、  食事も、  安全も、  安心も、  愛情も。  俺がすべてを与えてやっているのだ、と。    そう、思っていたのに。  、気づいてしまった。  誰かの温もりを求めていたのは、  差し伸べられる手を待っていたのは、  俺の方だった。 「アンジェ……!」  ただの冷えた肉の塊となってしまった身体を、腕の中に掻き抱く。  すると、開いたままの小さな手のひらから、ふいに何かが零れ落ちた。  カシャンと陳腐な音を立てたそれは、小型のピストル。  依頼人が与えたという、慈悲の道具。  アンジェの命を奪った、残忍な武器。  白い空間の中に、たったひとつの黒い塊。  そのアンバランスな映像が何故だかとても滑稽で、可笑しかった。  手に取ると、案外ずっしりと重い。  それがアンジェの命の重さだと言われているようで、鼻の奥が沁みた。  くるりと向きを変えると、奥の方で銀色が煌めく。  まさか――! 「は……ははっ……やっぱり優しいな、アンジェは」  カチャリと高い音がして、安全装置が解除される。 「俺の分も、弾を残しておいてくれたんだな……」  アンジェ。  神は、お前を嫌ってなんかいなかったよ。  ちゃんと、愛してくれていたよ。  だってこうして、俺をお前の元へと導いてくれているだろう?  だから、安心して待っていてくれ。  これからはずっと一緒だ。  どこへ行っても、俺はお前を愛しているよ。 「アンジェ――」  その瞬間閃光のように脳裏に浮かんだのは、俺の名を呼ぶアンジェの笑顔だった。  fin

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