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第1話

 ジジッ……と手元で小さな火花が飛び散った。  手のひらサイズの箱の中では、細いコードが何本も複雑に絡み合っている。  真新しい電池が入っていることを確認してから、小平慧人(こだいらけいと)は箱の蓋を閉めた。そして縁同士を樹脂で固め、絶対に外れないように加工する。 「慧人、そろそろ休んだ方がいいよ」  ラフな格好をした青年が部屋に入ってきた。慧人の兄・和人(かずと)だ。 「昨日からずっとラボに籠もりっぱなしだろう? 生身の人間はちゃんと寝なきゃだめだよ」 「……ああ、そうだな」 「さあ、もう休もう。お前のベッド、ちゃんと綺麗にふかふかにしておいたんだ。きっと気絶するようにぐっすり眠れるよ。歩けないなら、お兄ちゃんが抱っこして連れてってあげようか」 「……いや、いい」  完成したスイッチをポケットに入れ、慧人は側に立て掛けてあった松葉杖を掴んだ。そしてよろよろと椅子から立ち上がった。  自分の脚は数日前に折れてしまって使い物にならない。もうどこにも行かないようにと、和人が折ったのだ。 「うちでは僕がいるんだから脚なんかいらないよね。外に行く用事もないし、何の問題もないだろう?」  弟の脚を折った時、和人はさも嬉しそうにそんなことを言っていた。  もちろん、最初からそんな狂気じみた性格だったわけではない。和人はもともと、とても穏やかで優しい人だった。慧人もそんな兄のことが大好きだった。  歯車が狂い始めたのはほんの一ヶ月くらい前のことである。  ――本当にすまない……。  慧人は和人に近づき、縋るようにその身体を抱き締めた。生身の身体ではないせいか、やや機械的な硬さを感じた。 「兄さん、愛してる……」 「うん、僕も大好きだよ。死んでからもお前といられるなんて、僕は本当に幸せだ」 「そうだな。……でも、もう終わりにしよう」 「えっ?」  兄の心臓部めがけて、慧人は背中からナイフを突き立てた。  電気を帯びている特殊なナイフは、すぐさま和人の全身に回り、機械でできた身体をショートさせた。 「けい、ト……?」  和人が目を見開いた。何故刺されたのかわかっていないようだった。人工皮膚の下で、金属部分がバチバチと漏電していた。  和人がドサッと床に倒れた。しばらくカタカタ細かく震えていたが、やがて耳から焦げたような煙を出すと、パタリと動きが止まった。  慧人は手の甲側で和人の頬に触れた。ショートしたばかりだからか、中の機械がものすごく熱くなっていた。偽物の肌が爛れたように赤くなっている。  ――兄さん……。  底なしの哀しみがこみ上げてきて、慧人は涙を溢れさせた。  こんなことになったのは、全部自分のせい。兄の死を受け入れられなかったことが、全ての元凶だった。自分はあまりに未熟だった。  だからせめて、自分の手で終わらせなければ……。 「俺が口にするには、虫がよすぎると思うが……」  ポケットから作りたてのスイッチを出し、自分と和人の間に置く。  そして倒れた和人の隣に横になると、唇を震わせながら囁いた。 「来世でも、またあなたの弟でありたいな……」  慧人はしっかりとスイッチを押した。  次の瞬間、まばゆい光が視界を覆った。  壊れた和人の顔が見えなくなった頃には、慧人も家も全てが吹き飛ばされていた。

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