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第1話

「ねぇ見て見て、法学部の黒崎(くろさき)君よ!」 「やっぱ顔が良いよね……性格も王子様って感じで優しいし」 「しかもαで……いいなぁ。番になりたい」 「無理無理!私たちβだし」 「だよねぇ」 甲高い声できゃきゃと話しながら、僕を食い入るように見つめてくる化粧の濃い女の子達に、僕は吐き気を覚える。 確かに僕は母さん似で、顔は良いのかもしれない。 昔から女性的な顔立ちをしていると言われてたし、体系も高身長でほどよく筋肉もある。きっと僕は、男からも女からも好まれる理想的な外見なのだろう。 でも、もし僕が『Ω』だったら? きっとあそこで黄色い声を上げている女共は僕に見向きもしなくなって、顔目的で言い寄ってきていたむさい男達は、一切僕に近づかなくなるだろう。 美しさに見惚れていた眼は汚らわしい嫌悪感に変わり。きゃきゃと弾む声は、ひそひそと蔑んだ声に変わる。 これが、αとΩの違い。 αは才能にも地位にも恵まれ。Ωはそんなαの子供を産むためだけのただの道具としか見られない。 この世の中は、理不尽で不平等だ。 だからきっと双葉(ふたば)も、あのαの野郎に……。 「(はじめ)。どうした?」 「……忠継(ただつぐ)」 「お前、ペットボトル握り潰してんぞ」 「あ」 どうやら僕は、たったさっき自販機で買ったばかりのペットボトルを、いつのまにか握り潰してしまっていたらしく。右手は飲み口から溢れ出た水でびちょびちょに濡れしまっていた。 「あ~あ。せっかく買ったのに」 「いや、潰したのはお前だろ」 「あはは。つい力が入っちゃった」 「いや、ついって……」 「大丈夫、また買うし」 「……妹さんの事でも思い出してたのか?」 「……」 僕の友人でβの透依忠継(とういただつぐ)は、あの日以来。僕をやけに心配してくれている。 そりゃ友人なら当然の反応だろう。 きっと僕が逆の立場だったとしても、忠継と同じことをしている。 でも、それでも今はーー。 「違うよ」 「でもお前!!」 「大丈夫だよ忠継。もう僕は平気だから」 もうそれ以上、妹の事を口にしないでくれ。 「っ……わかったよ……。お前がそう言うなら」 僕の気持ちに気付いてくれたのか、忠継はそれ以上は追及せず。 未だ不満げな顔のままだったが、納得してくれた。 「でも、なんかあったら俺に言えよ?な?」 「うん!有難う。忠継」 でも、あながち嘘ではない。 今の僕は、昔みたいに悩んでいないし。悲しんでもいない。 だって今はこの憎しみを、怒りを、アイツに向けることが出来るのだから。 だから忠継。もうこれ以上僕の邪魔はしないでくれよな……。 何かあったら俺に言えって言ってくれたけど、それはもう遅いんだ。 だって僕はもう、友人にも言えないようなことをしているのだから。 * 「ふんふ~ん。さてと、楽しみだなぁ~」 大学の授業を終えた僕は、夕食の材料が入ったビニール袋を片手に、古くなったアパートの階段を上っていく。 このアパートはとても都合がよかった。 隣と真下の部屋に人は住んでないし、このアパート自体細い道に入り込んだ目立たない場所にある。 僕を信用しきっている両親が、突然家に来ることなんてないし。忠継にも僕の住んでいる場所は教えていない。 これなら、僕のやっている事は絶対にバレることはないだろう。 「さてと」 バックから鍵を取り出し、がちゃりと回す。 「ただいま」 勿論返事はない。 僕はそのまま靴を脱いで、寝室へと向かった。 秋に入ると、靴下を履いていてもひんやりするのが伝わってくるくらい、畳は冷たくなっている。 こんな場所に暖房器具も無く、羽織るものもなく。カーテンも閉め切ったままの暗い場所でずっと寝転がっていたら、人はどれだけ体温が下がってしまうのだろうか?もしかすると、風邪くらいは引いてしまうかもしれない。 「けど、その心配はなさそうですね。尾白了史さん」 襖を開けた瞬間、寝室から溢れ漂うのは甘い香り。 その匂いが僕の鼻を通って、脳をびりびりと刺激していく。そのたび僕は、まるでお酒に酔った時のような気持ち良い感覚に溺れていくのだ。 「ふっ、ふふ。あははは!!いいねぇ!!たまらない!!これがΩの発情期って事なのかな?」 僕を誘惑するこの甘い香りは、尾白の身体から発せられていた。 短い金髪頭で、人相の悪い険のある目付き。 口や耳にはピアスがしてあって、おまけに口も悪い。後ついでに女癖も悪いし金遣いも荒い。 こんなどうしようもない汚らしい男でも、Ωであれば嫌でも発情し。好きでもないαの男の僕に縋って、抵抗も出来ない。 きっと今頃、彼のプライドはズタズタだろう。 けれど、それでも彼はΩの性には抗えない。 「うっ、くろ、さき……」 手首と足首に付けられた手錠と鎖が擦られて、ガチャガチャと音を立てている。どうやら下半身がもう限界を超えているらしい。しかし僕に拘束されているせいで、コイツには自慰行為も出来やしない。 つまり尾白は、僕が帰り着くまでずっとこの発情した状態で放置されていたってわけだ。 おかげでコイツの顔は真っ赤になったまま、涙と唾液でドロドロに汚れてしまっている。 「ひっ、うっ……お、おねがい。くろさきっ。さわって、くれぇ……くるしくて、しにそうだ」 「黙れ。僕に指図するなよ」 「あぁあっっ!!」 我慢汁でぐちゃぐちゃに濡れていた部分をかかとでぐりぐりと押しつぶしてやると、ずっと溜まっていたものが一気に溢れ出してしまったのか、じんわりと布を濡らしていく。 「はっ。踏まれてイくだなんて、淫乱野郎ですねぇ~」 「うっ……ぐっ……」 足りない。 こんなもんじゃ全然足りない。 「あはは!!こんな事で泣かないでくださいよ?淫乱Ωさん。僕はまだまだ貴方に酷い事をするつもりなのに、こんな事で泣かれたらつまらないじゃないですか!」 僕は尾白の目の前で、お店で買い占めた大人のおもちゃをバラバラと袋から出していく。 「ただ犯されるだけだと思わないでくださいね?しっかりとこの手で、痛みと恐怖と絶望を味わせてあげますから」 お前が、僕の妹にしてきた事と同じように。 「さぁ楽しもうか。尾白了史さん」 お前を、遊んでやる。

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