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第4話

「お腹すいたな」 グルグルとお腹が鳴りだして時計を見ると、いつのまにか夜の十時を過ぎていた。 「はぁ……めんどくさい」 もしも僕が食べなくても生きていける身体だったら、きっと双葉がいなくなったあの日から何も口にすることなく生涯を終えていただろう。 そのくらい食事というものが、僕にとってどうでもいい作業のように感じていた。 「何を食べても美味しくないし」 その時。近くで身を縮こませて寝ていた尾白の腹からも、僕と同じような音が聞こえてきた。 「そういえば、今日コイツに何も食べさせてなかったな……」 今は眠っている。いや、気絶している尾白を見て今日のご飯をどうするか考える。 こんな奴にも、流石に飯くらいはきちんと与えている。 この監禁生活は、双葉の時と同じように半年間は続けるつもりなのに。もしコイツが勝手に餓死してもらっては僕が困るからだ。 だがしかし。ここ二週間、僕もコイツもカップ麺しか口にしていない。 これでは流石に栄養面も心配だ。 僕一人だったら別にそんな事どうだっていいのに、コイツを死なせないようにするためだと考えるとしょうがない。 「はぁ……なんか作るかぁ」 のそのそと起き上がって冷蔵庫を覗くと、入っていたのは卵となんかの肉。後はからしやわざびといった調味料。そして大量の水だけだった。 「米は……まだある」 今ある材料で作れるものを想像した時、一番最初に浮かんだのはオムライスだった。 「オムライスか……」 オムライスは双葉の得意料理。 ご飯をパラパラにするよりも、どれだけ卵を半熟に焼けるかいつも挑戦していたのを思い出す。 「たまに食べるのが美味しかったな……」 ご飯はケチャップ多めで、卵は少し甘め。 勉強を遅くまでしていた僕に、双葉がこっそりと夜食で持ってきてくれたのがオムライスだった。 でも、料理をほとんどしたことがない僕には到底無理だろう。 「しょうがない。とりあえず卵かけご飯で」 なんとか二人分ありそうなご飯をお茶碗によそって、卵を割って中身だけを入れようとしてみるが……。 「あ」 何度割っても、卵は割れた殻と一緒にご飯に入ってしまう。 「あぁもうまた。なんで、なんで!!クソッ!!」 半ばやけくそになって割っていると、いつのまにかお茶碗の中は、卵と卵の殻で溢れそうになっていた。 「っ……ムカつく」 ぐちゃぐちゃになった物を見て、僕の気分もぐちゃぐちゃになってくる。 もうあのオムライスを食べらなくなってしまったんだという事実が悔しくて、双葉がいなくなってから、どんどん駄目になっていく自分に嫌気がさして……。ぐちゃぐちゃになる。 「クソッ!!クソッ!!」 何もかもにイライラする。 いっそのこと、この憎しみも哀しみさも全部放り出して、何も考える事なく一人でひっそりと生きていたい。 双葉の事も忘れて、尾白の事も忘れてーーーーいや。それならいっそ死んでしまった方が一番楽なのかも……。 「オイ」 「え?」 「卵」 「……あぁ」 急に僕の背後から現れた尾白は、無意識に卵を叩き割ろうとしていた僕の手を止めて「何してんだコイツ」と言うような不審な視線を送っていたが。ご飯の上に乗っていた卵の悲惨な状態を見て察したのか、置いてあった箸で卵の殻を器用に取り始めた。 「なにしてるんですか。勝手な事しないでもらいたいんですが」 「俺が作ってやる。テメェは座ってろよ」 「はぁ??」 一瞬聞き間違えかとも思ったが、確かにこの男は言った。 俺が作ってやる。と。 こんな奴が料理なんて到底出来るとは思えないし、そもそも監禁されている身で一体何を言っているんだコイツは感しかない。しかも、そんな手錠をした状態で料理なんか出来るわけがない。 「やっぱり貴方って、馬鹿なんですね」 「あぁ!?誰が馬鹿だ!!いいからテメェは飯が出来るのを待ってろ!!変なもん作らねぇし、今はテメェに逆らえねぇΩなんだ。α様は後ろでΩが働いてる姿でも眺めてればいいんだよ」 その言葉に、胸がチクッと痛んだ。 それじゃあ僕はまるで、Ωを見下してるαと同じじゃないか。 「じゃ、じゃあ僕は隣で見てます」 「はぁ?別にくつろぎながら待ってればいいじゃねぇか」 「それじゃあまるで僕が、Ωを奴隷みたいに働かせているみたいじゃないですか!」 「いや、俺を監禁しているくせに。今更なに言ってんだ?」 「うっ。いやそれは……ただ、僕は……」 そうだ。相手はΩでも尾白了史なんだ。別にためらう必要はない。ご希望通り奴隷のように扱ってやればいい。 なのに。 いけないことをしているみたいな気持ちになってくるのは、一体なんなんだ。 「……はぁ。分かった分かった。今から飯を作るのは俺が好きでやることだ。だからテメェは気にするな。それより目の下の隈すげぇから寝てろ。俺を監禁させて復讐を果たすんだろ?なのにテメェが倒れたら意味ねぇぞ?」 「それは……」 それは確かにそうかもしれない。 けど僕は、双葉を失ってからはろくに眠れなくなっている。 「寝ろと言われて寝れるかどうか……」 「いいからとりあえず横になってろ!!」 ドンッと胸を押され、僕は半強制的にベットへ押し倒されてしまう。 監禁されている立場のくせに、変わらず強引な尾白に少し苛立ちもしたが。アイツに言われたことは耳が痛かった。 「はぁ。しょうがない」 渋々僕は瞼を閉じてみる。 暗くなる視界の中、聞こえてくるのはアイツが何かを作っている音。 何かをトントン切ったり、じゅうじゅう焼いたり、ぱしゃぱしゃと水で洗う音。 誰かが僕の為にご飯を作ってくれている。 どんなものが出来るのか、少し楽しみに待っている僕がいる。 こんなのは、いつぶりだろうか。 そんな事を思いながら閉じていた瞼をゆっくりと開けると、僕の隣には尾白が座っていた。 「う~ん……?あれ?もう出来たんですか?」 「寧ろ出来てから三時間経ってるな」 「は!?そんなはず」 と、時計を確認すると。針は既に深夜一時をまわっていた。 ということは、あの一瞬で僕は三時間も寝てしまっていたという事になる。 「なんで。いつのまに」 「お前いつも遅くまで起きてんだから、たまにはいいんじゃねぇか?」 「何で知って……」 「同じ家にずっといるんだから、分かるに決まってんだろ。オラ、いいから食え」 僕が起きてからすぐに温めなおしてくれたのか、ホカホカと湯気を出しているオムライスがテーブルに置かれた。 その匂いは、どこか懐かしさを感じてしまう。 「冷える前に食えよ」 一仕事を終えた尾白は、いつのまにか定位置になっていた窓際の壁に寄りかかり。そのまま座り込んでウトウトと眠たそうにしていた。 尾白は一体、何を考えているんだろうか。 僕が尾白に抱いている感情と同じように、きっと尾白にとっても僕は殺したいほど嫌いな奴なはずだ。 だってあれだけ痛めつけて、犯して、プライドをずたずたにしたのだから。 なのに。 「……いただきます」 どうして。 「……美味しい」 どうして。 「どうしてこんな、美味しいオムライス作るんだよ……」 気が付いたら、僕の頬は涙で濡れていた。 思い出してしまったのだ。双葉の事を。 だってこのオムライス。卵は凄くふわふわで半熟なくせに、ご飯は水分が入ってちょっとべちゃっとしている。きっとケチャップの量が多いせいだろう。 「同じだ……」 双葉が作るオムライスと、同じ味だ。 「なんで、なんで同じなんだ!!」 悔しい。双葉を殺したのは尾白なのに。 悔しい。それでもスプーンを持つ手が止まらない自分が。 悔しい。全部食べ切ってしまった自分が。 「クソッ。クソッ!!」 尾白のおかげでこんなにも胸が温かくなっていた自分が、尾白のおかげで涙を流せるようになった自分が、凄く悔しい。 「……なぁ、起きろよ尾白了史」 「んん~~……んぁ?なんだ?」 「セックスさせろ」 「……は?」 僕の言葉に呆ける尾白を無視して、そのまま胸倉を掴んで床に押し倒す。 そして強引にシャツをめくると、傷だらけのやせ細った身体が僕の視界に映った。 今まで気にもしてなかったけど、最初の頃より尾白は明らかに痩せてる。前はすぐに消えていた傷跡も、今は消えにくくなっているようだ。 よく見ると、目やうなじが隠れるくらい髪は伸びきっているし。爪も伸び切ってあちこち割れている。 僕が監禁させてから、尾白はここまで痛々しく。目も当てられない姿になっていたのか。 「オイ。セックスさせろつってたが、いいのか?今の俺は発情してねぇぞ」 「そ、れは……」 確かに。どうして僕は、発情もしてない尾白にセックスさせろなんて言ったんだ? 発情していなかったら、僕が尾白なんかとセックス出来るわけないじゃないか。 Ωのフェロモンがあるから、僕はその気になれるのに。 なのに僕は、尾白とセックスしたいと思ってしまった。 「でも、それじゃあ……」 それは行為じゃなく。好意になってしまう。 復讐の為ではなく、好きでセックスすることになってしまう。 そんなのは可笑しい。 だって僕が、尾白なんかを好きになるわけ……。 「なぁ、今日は寝ようぜ?別にいつだって俺を壊せるんだ。疲れてんなら無理する必要もねぇだろ」 「……貴方はそれでいいんですか?」 「あ?じゃあ家に帰してくれんのかよ?」 「そんなわけないじゃないですか!!寧ろもう二度と家に帰れないと思ってください!」 「じゃあ別にいいだろ?オラ、先に寝るぞ」 「ちょっ!」 一瞬で夢の中へ入ってしまった尾白に、思わず気が抜ける。 「最初の頃は、一睡もしようとしなかったくせに……」 尾白了史。 お前は一体、何を考えているんだ。

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