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第6話
その夢は、どこかリアルだった。
「お兄ちゃん!いつものオムライス作ってきたよ!」
双葉は、いつも楽しそうにニコニコ笑っている奴だった。
両親に見捨てられても、学校で虐められても、世間に冷たい目で見られても、僕の前では必ず笑っている。
それはきっと、僕だけが唯一心を許せる人間だったからだろう。
「有難う双葉。これで僕も勉強に専念できるよ」
「よかった!お兄ちゃんが受けるとこ、偏差値高い大学だもんね!勉強頑張って!」
「勿論、絶対に受かってみせるよ。そしたら給料の良い大手会社に就職して、双葉を迎えに行く。そしたら僕と一緒に住もうな」
「うん!」
双葉の想いに応えるため、僕は双葉だけを守ると決めた。
全てを投げ捨ててでも、全てを敵に回してでも。
「双葉。僕だけは双葉をずっと愛しているよ」
「有難うお兄ちゃん!私もお兄ちゃんの事、大好きだよ!」
そう……言ってたのに。
「お兄ちゃん!私、好きな人が出来たの!」
僕は、双葉だけを愛しているのに。
なのに、なんでお前はーー。
「なぁ?お前は僕だけが頼りなんだよな?僕だけが味方なんだよな?僕だけを愛しているんだよな?」
生暖かな血と、白い精液で汚れる双葉を見下ろす僕。
これは夢。
分かっているのに、まるで自分の罪を見せつけられているような気分になる。
「僕から離れるなんて、許さない」
これは本当に……夢?
*
瞼を開けると、いつもの天井が視界に入った。
「……嫌な夢」
今でも微かに残っている夢の跡。
大好きな双葉が泣いていた。傷ついていた。
「もう……たくさんだ」
双葉の為に復讐しなければいけない。
けれど今の僕は、それが出来なくなってきている。
このクズで犯罪者の尾白了史に、僕は少なからず好意を抱いてしまっているからだ。
「こんなはずじゃ……なかったんだ」
一体何が原因だったのだろうか。
一体どこで間違えてしまったんだろうか。
「……んん」
漏れるような小さな声に、ドキッと心臓が高鳴る。
僕の腕に触れたのは、隣で寝ていた尾白の冷たい指。こんなに冷えている原因は、服も着ず。布団もかぶらず寝ていたせいだろう。
しかも下半身は、目も当てられないくらい精液で汚れている。
一体どれだけの時間ヤッていたのか、想像もしたくない……はずなのに。
快楽に溺れる尾白の緩んだ表情や、甘い声。そして僕を見つめる潤んだ瞳は、とても鮮明に残っていた。
「やばい」
思い出しただけで、下がじくじくと痛くなってくる。
勿論尾白は発情なんてしていない。今も隣ですやすやとアホ顔で寝ている。
「じゃあやっぱり僕は、コイツの事が」
その時、僕のスマホから着信音が鳴り響いた。
慌てて画面を開くと、そこに載っていたのは父親という文字。
なんだか、嫌な予感がした。
「……も、もしもし」
父親は、αの僕に勝手な期待を抱いている。
金をつぎ込んでは習い事をさせ、良い学校に通わせ、運動も頭脳も社交性も完璧な人間にしようとしてきた。
そんな僕が、怒鳴り声を上げた挙句。それから大学にも行ってないことが父親の耳に入れば、なんて言われるか……そんなのすぐに想像が出来る。
「この愚か者が」
いつもトーンの低い父親の声が、耳元でさらに低く聞こえる。
やはり、相当お怒りのようだ。
「問題ばかりおこしよって。お前はαとしての自覚が足りんようだな」
「っ……そ、れは」
「黙れ。言い訳など聞きたくない」
冷たい声に、思わず背筋が凍る。
本当はもっと言い返したい。
僕は貴方の道具じゃない。問題ばかりなんて起こしてないし、本当ならもっと好きに生きたいと。そう言い返してやりたい。
それでも、父親という存在は思っていたほど大きくて強い。
まだまだ子供の僕に、言い返す度胸なんて……。
「決めた。お前にはお見合いをしてもらう」
「……は?」
今、何て言った?
僕が、お見合い?
「相手は大手自動車メーカーの社長の娘で、勿論αだ」
「えっと、父さん?話が見えないよ……なんでそんな急に」
「お前だけでは問題ばかり起こすからだ」
「だ、だからそのαの女と結婚しろと?」
「そうだ」
当たり前かのように淡々と答える父親の声を聞くたび、吐き気を感じた。
この人は、僕を息子どころか人間としても見てない。αというただの個体としか見ていないんだ。
だからΩの双葉には、全く見向きもしかなった。
父親のくせに、家族なのに。
「聞いているのか、一」
「煩い」
「……なんだと?」
「黙れって言ってんだ!!お見合い?ハッ!ふざけんな。僕達を道具として見るのは止めろ。僕はもうアンタの言いなりにはならない。αとかΩとかそんなもん関係なく生きてやる!!」
「何を言ってるんだお前は!!」
「煩い!!アンタとの縁もここまでだ!!」
「ふざけたことをぬかすな!!勝手な事ばかりするなら、お前の罪を晒すぞ!!いいのか?」
「……僕の、罪?」
なんのことだ。
僕が何をしたっていうんだ。
「……まさかお前、覚えていないのか?」
回らない脳で記憶を遡る。
思い当たる節はないのに、冷や汗が止まらない。
「僕が、一体なにを……」
「本気で言っているのか!?お前が双葉にしてきたことを、本当に覚えていないというのか?」
僕が、双葉にしてきたこと?
「黒崎。落ち着け」
「お、じろ……さん」
「なに?今尾白と言ったか?そこに尾白了史がいるのか?答えろ一!!」
怒鳴り声を上げる父親の声はもう僕の耳には届かず。そのままピッと着信を切って、そのまま倒れるように尾白の胸の中へ顔をうずめた。
「分からない」
僕の罪?双葉?一体どういうことなんだろうか。
考えれば考えるほど、頭の中はぐちゃぐちゃになっていく。
「尾白さん。また貴方を痛めつければ、このぐちゃぐちゃは消えると思いますか?それとも……このまま貴方を好きになってしまった方が楽になると思いますか?」
怨むか、憎むか、それとも愛するか。
変な質問だって分かっている。
けど、今の僕は尾白の口から聞きたかった。
「んなもん俺が知るわけねぇだろ。特に俺は、今まで間違った生き方しかしてこなかった人間なんだ。どっちが正しいなんて分かるわけがねぇ」
「そう、ですよね」
「まぁ、ただな……」
尾白の手が、僕の肩を掴んでゆっくりと引きはがす。
あんなに冷たかったその手は、今はとても熱かった。
「俺の勝手な考えを押し付けていいってんなら……俺はな、テメェと番になりてぇ」
「お、じろ……さん」
一気に高ぶる感情は、涙となって流れてくる。
「本当に……いいんですか?僕は今まで貴方に酷い事をしてきたんですよ?それは決して消えるものじゃありません。それでも……僕と番になってくれるんですか?」
「っ……何度も言わせようとしてんじゃねぇ。殺すぞボケが」
相変わらず口が悪い。外見だって全然僕の好みじゃない。
大事な妹を殺した犯罪者で、僕が憎むべき相手。
それでも僕は、この人を僕のモノにしたいと思ってしまった。
「どうせ抑制剤も飲んでねぇんだ。明日か明後日くらいにはまたヒートが来ると思うぜ。だから……そん時にでも」
「はい。その時が来たら僕は、貴方のうなじをーー」
その時だった。
耳を澄ますと、外から微かに聞こえてくるウーウーというサイレンの音。しかもどんどんこっちに近づいているようだ。
きっとあの電話の後、異変を感じた父親が警察に通報したのだろう。
どうやらそれは僕だけでなく、尾白も気が付いていたようで、互いに目を合わせて覚悟を決めた。
ここから逃げようと。
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