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前編
魚住家三男・瑪瑙が通う某大学。
俺はその大学の門の前で弟である瑪瑙が出てくるのを待っていた。
(ナシ。…ナシ、…ナシ。…ん~、ギリアリか?)
大学生と言えば20才前後で、俺の守備範囲ギリギリの年齢だ。まあ中には俺に近い年のヤツもいたが、往々にしてタイプなヤツはいなかった。
「ん?アイツはいいな。10年後のヤツならドストライクだ」
ニヤニヤ値踏みをするように見ていると、その相手が俺に気付き駆け寄ってきた。
「マジュ。こんな所でどうしたんだよ」
驚きながらも嬉しそうに笑う瑪瑙だった。
「一緒にいた友達は良かったのか?」
「ああ、アイツらはまた週明けに学校で会えるからな。せっかくマジュが来てくれたんだ、マジュが優先だよ」
一回りも年の違う弟を拐うように友人達の前から連れ出した。
下手したら援交と思われてもおかしくない。
(…あながち違うとも言えねぇがな)
自嘲しつつ、学校の近くのパーキングに停めておいた車に乗り込む。
「それより、マジュは何で学校の前にいたんだ?」
「お前がちゃんと学校に行ってるか確認する為だ」
「なんだそれ?ヒデーな。ちゃんと行ってるよ」
「どうだかな。平日の昼間に俺達の家に現れたのは誰だったか」
「そ、それは…」
数週間前――。
その日は朝から天気がよく掃除日和だった。
ついでにと、布団を干す為にベランダに出るとマンションの前でウロウロしているヤツがいる。
「…なんだあの怪しいヤツは」
じっと見ていると、こちらの方に顔を向けたソイツとばっちり目が合った。
「…あ?…瑪瑙、か?」
俺に気付いた瑪瑙が安心したような顔をし、そしてマンションの玄関へ急ぎ入っていく。
ほどなくして、部屋のインターフォンが鳴った。
部屋にあげた瑪瑙が、少し戸惑ったようにソファに座り俺を見る。
「…真珠だよな?」
「…ああ、そうだが?」
俺が真珠じゃないと気付いたのだろうか?だが瑪瑙は、俺の言葉を信じよう、とするかのように俺を見つめ直した。
「それより、お前、学校はどうした?こんな時間にうちに来るのはおかしいだろう?」
「え?あ、学校行ったら急にこの時間の講義が休みになってて、それで俺…」
しどろもどろに言い訳をする瑪瑙。
俺は溜め息をつくと立ち上がった。
「学校まで送ってやっから、ちゃんと行け」
「え?ちょっ、待ってくれ。話が済んだらちゃんと行くから…」
瑪瑙が慌てて俺の腕を掴み引き止めようとする。
俺はそんな瑪瑙を少しからかってやろうと、ソファに押し倒した。
「話ってのは、テメェが俺を好きだって話か?学校サボってまで来たのは俺に抱かれに来たって事か?」
瑪瑙を組付し、全てを見透したような笑みを浮かべてそう問い詰めた。
すると、瑪瑙は顔を赤く染めながらもあっさり肯定する。
「…そうだよ。好きなヤツに抱かれたいってのは普通だろ?性欲真っ盛りの学生をナメんなよ?」
と、挑戦的な目を向け言い放ってきた。
「…ふ、くくっ」
俺が堪らず笑い出すと、瑪瑙は「むうっ」と不機嫌な顔になる。
「…何がおかしいんだよ」
「…いや、勿体ねぇなと思っただけだ」
(こんなに想われてんのに真珠のヤツはコイツを袖にしてんのか。1度くらい抱いてやりゃあいいのに…)
よくよく見れば、やはり兄弟だけあって真珠に似ている。違うところと言えば末っ子らしい愛嬌があるところか…。
(…20代前半の真珠も、こんな感じだったのか?)
俺は瑪瑙の髪をかきあげ、頬に手を添えると親指のハラで瑪瑙の唇をなぞった。
「…キス、してやろうか?」
妖しい笑みを浮かべそう囁くと、目を瞠る瑪瑙。
「…したけりゃ、…しろよ」
と、強気な言葉を発するが俺から視線を反らす。
俺はもう一度、フッと笑いを零すと、瑪瑙の唇に自分の唇を合わせた。
瑪瑙の柔らかな唇を舌で押すとおずおずと薄く開いていき俺の舌を迎え入れる。
俺の舌が瑪瑙の舌を絡み捕らえると瑪瑙もそれに応えようと必死で絡め返してきた。
その様子に堪らない気分になる。
いつしか瑪瑙の腕が俺の首に巻き付き、俺も瑪瑙の頭と身体を抱きしめ、お互いの唇を貪っていた。
十分に堪能してから唇を離すと、瑪瑙は荒い息をつきつつ
「はぁ…キス、…こんな… きもち…いい の、しらな…」
と、蕩けた顔で言った。
俺は自分の中の何かのスイッチが入ったのを感じた。
瑪瑙に優しく笑いかけ、髪をすいてやる。
「…もっと気持ちいい事、教えてやるよ」
そう囁き、もう一度キスしようとした時、リビングの扉が開いた。
「………」
「………テメェ、何してやがる」
「………チッ」
怒りの形相をした真珠が、俺を瑪瑙から引き剥がす。
俺が離れた事で視界が広がった瑪瑙の目に写ったのは…
「………え?……真珠が二人?」
…だった。
絶句する瑪瑙に『しまった』と言う顔になる真珠。俺はというと瑪瑙がどう反応するのか興味を持って見守る事にした。
「…………なるほどな」
だが意外にも、瑪瑙はこの情況を素直に受け入れたようだった。
「…なるほどって何だ?」
「今、喋ったのが真珠だろ?…合ってる?」
「…ああ。合ってるな。でもなんで違いが分かんだ?」
「なんとなくかな?真珠は真珠だって分かるんだ。でも微妙に違うってそっちの真珠からは感じる。ただの気のせいかなってくらいで、そっちの真珠と二人きりの時は分からなかった」
「…今は?」
「はっきり違いが分かる。だから、真珠が二人だったんだ、で、なるほどな」
瑪瑙はクスリと笑うが、改めて俺達を見比べる。
「…でもなんで真珠が二人いるんだ?」
「さあな。それは俺達も分からねぇ」
肩をすくめ俺がそう言うと、真珠が不機嫌そうに俺を指差す。
「コイツが突然現れたんだ。…と、いけねぇ。すぐ戻らなきゃいけねぇんだった」
真珠は急ぎリビングを出ていくと、別室でガタガタと音をさせ手に封筒のような物を持って戻ってきた。そして
「いいか、瑪瑙。コイツにだけは近づくな!コイツがいる間はうちにも来んじゃねぇ!分かったか!」
と、瑪瑙に強く言って真珠は慌てて部屋を出て行った。
「…だとよ」
俺は瑪瑙の様子を伺った。瑪瑙は複雑そうな顔をしていた。
「…真珠じゃなかったんだな。…でも真珠でもあるんだよな?」
瑪瑙の顔はみるみる晴れていく。…何かを吹っ切ったらしい。
「…さっきのアンタのキス、気持ち良かった。…もっと気持ちいい事も、教えてくれんだろ?」
好奇心と欲が混じったような顔で見てくる瑪瑙。
これは、色々と教えがいがありそうか?
俺は細く笑む。
「マジュだ。アンタじゃねぇ。真珠じゃ紛らわしい。俺の事はマジュと呼べ」
――俺達の内緒の関係が始まった日だった。
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