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0❥CROWN⑨

 ───は……?  と、うっかり間抜けな声が出そうになった。  半分は心配が継続していたが、もう半分は冷血な聖南が顔を覗かせてしまう。 『フラれたって……女に? そんな事でこんなに凹んでんのか? フラれて凹むタイプだったの? てかアキラ、彼女いたんだ?』  聞きたい事がいくつも浮かんだけれど、恋をした事のない聖南が今口を開くと、つい「くだらねぇー!」などと落ち込んでいるアキラに向かって心無い台詞を言ってしまいそうだった。  口を滑らせてはいけないので、しばし黙っておく事にする。 「………………」 「セナの事だからどうせ、「くだらねぇ、んな事で落ち込んでんの?」とか思ってんだろ」 「おぉっ? なんで分かったんだ!? ……っあ! いや、ソンナコトナイヨ! フラれたなんて可哀想だ! ドンマイ!」 「声デカイ。 あと嘘くさいから下手な慰めはするな」 「クールだな〜っ」  黙り込むまでもなく、聖南の心を見透かすアキラはやはり落ち込んでいつつも冷静沈着だ。  このドリンクスペースはスタジオを出入りする者しか通らず、スタッフや従業員は皆二階から上に常駐している。  もちろん誰も居ないのを確認してはいたが、アキラに彼女が居たなどとマスコミにバレたら面倒な上に、せっかく上り調子なCROWNの今後が危ぶまれる。  なんと言っても、その手の話とは無縁そうなアキラに彼女が居たという事に驚きを隠せなかった。 「っつーかアキラ、女がいたんだな」 「あぁ、まぁ…」 「成田に切れって言われなかったのか?」 「……黙ってたからな」 「そういう事か」  万が一彼女の存在がマスコミに嗅ぎ付けられたら、事務所もCROWNも叩かれてしまう恐れがあるというのに、その辺りを一番気にするアキラが誰にも言わずに隠し通していた。  それほどの相手だったという事だ。  一学年下の同じ高校の芸能コースに通い、最も顔を合わせる事の多い聖南が知らなかったのだから、恐らくケイタも知らないだろう。  ……水くさいではないか。 「で、フラれた原因は?」 「こんなとこで根掘り葉掘り聞こうとするなよ」 「誰も居ねぇからいいじゃん。 何なら三階のブース行くか? あそこならあんまり使われてねぇし、滅多に人来ないけど」 「ここでいい。 そのかわり声のボリューム間違えるな」 「分かった分かった」  話してくれるのだと分かれば、聖南も真剣に耳を傾ける。  隠し通してまで別れたくなかったアキラがここまで落ち込んでいるのなら、慰めたいとの思いもあった。 「十こ上だったんだよ」 「───はっ!? 十も!?」 「セナ、声」 「あ…悪い。 続けて」  分かったと言ったそばから大声で反応した聖南を、冷静にアキラが窘めるが驚くなという方が無理だ。  聞きたい事が四つは増えた。 「……デビューしてから忙しいじゃん。 これからもっと忙しくなるかもじゃん、俺ら」 「そうだな。 そうなるように俺もアキラもケイタもスタッフも頑張ってるもんな」 「……CROWNやめるか、私を取るかって」 「は? んなの天秤かけらんねぇだろ」 「俺もそう言った。 でも…どっちか選んでくれって。 年齢的にも早く結婚したいんだと。 役者としての俺なら望みはあったけど、アイドルの早婚はファンは許さねぇじゃん」 「あー、……だな。 結婚するにしてもかなり歳いってからってのが暗黙のルールかもな」 「……そうなんだよな……」  芸歴が長い分、アキラもそのルールは誰に教えられずとも把握し、理解している。  無理やり天秤にかけなくてはならなくなり、それでもここでこうして項垂れているという事は、アキラはCROWNを取ったのだ。  デビューが決まってからも隠し通してきた彼女の存在を、アキラは断腸の思いで切った。  聖南にはまるで気持ちを分かってやれないが、何でもないとはぐらかすのではなく打ち明けてくれたアキラは、誰かに思いを聞いてほしかったのかもしれない。  隠していただけあって、言いづらそうに苦笑を浮かべっぱなしではあったけれど。 「………どれくらい付き合ってたんだよ」 「トータル三年…くらい。 社長が俺達集めてCROWNの話するちょっと前から」 「へぇ…そんな前からか。 てかその頃ってアキラまだ中学生だったろ。 …すげぇな」 「あの時はまださすがに付き合ってる感覚は無かった。 ここ一年ぐらいだろうな、すげぇ密だったのは」  幼い付き合いでも、そこにれっきとした好意があったのなら年齢など関係ない。  どこでどうやって出会い、どちらから付き合おうと言い出したのか、年頃故に聞きたくてウズウズしたが我慢した。  聖南には何年経とうが分かり得ない、そんな貴重な恋愛というものに多少の興味はあっても、傷心のアキラにそれを問うのは不謹慎だ。 「───今はツラいかもしんねぇけど……でもいい経験したな。 俺には一生味わえねぇやつだ」 「……一生味わえねぇ?」 「アキラはよく分かんねぇ中坊の頃から、何となくでも恋とか愛とか経験出来てんじゃん。 しばらくはそういうの御免だって思ってるのかもしんないけど、その経験って俺からするとめちゃくちゃ羨ましい」 「………………」 「俺は愛された事がねぇから、この先も誰の事も愛せる気がしないんだよ。 だから結婚とか子どもとかまったく考えらんねぇ。 俺の人生にそういうのはもう諦めてる」  聖南はそう言うと、フッと笑い立ち上がる。  自販機でコーヒーを買うも、冷えたものを所望していたが取り出し口に落ちてきたそれは熱かった。  アキラの視線が背中に刺さっている。  ホットコーヒーに口を付けて振り返ると、先程とは違うアキラの表情の曇り具合に「しまった」と思った。  落ち込んだアキラを慰めようとしていたのに、……失敗した。

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