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0❥CROWN⑩

 少し前まで頑丈な殻の中に居た聖南は、自身の事さえ好きにはなれなかった。  当たり前に受けられるはずの両親からの無償の愛を知らずに育ち、孤独だった聖南には、将来誰かと生活を共にする事など想像もつかない。  独り暮らしが長いと一人寝が得意になる。  一人でないと落ち着かなくなる。  もはや寂しくはないが、自宅に帰ると孤独による侘しさが再燃し心が空っぽになる。 そして、「家族」を考える。  世の「家族」というものは、毎日顔を合わせて鬱陶しくないのだろうかと不思議でならない。  喧嘩をしたり、家族間で気を使い合ったり、どうでもいい会話をしたり……その根底にある温かな気持ちを知らないので、未来の自分が見えなくて当然だった。  塞ぎ込んだ落ちこぼれの「日向聖南」からはいくらか脱却出来たかもしれないが、その点に関しては学びようがない。  この先、誰かを愛するつもりも、愛せる気もしない。  聖南の自虐的発言で、ひどく落ち込んでいたはずのアキラは翌日から通常通りに戻った。  フラれたアキラよりも悲惨な聖南の未来展望には、掛ける言葉が一つも無かったのだと後に聞いて、苦笑するしかなかった。  慰めは見事に失敗したが、ショックを引き摺らせなかったのは良かった。  アキラのその件以降は何の弊害も心配事もなく、聖南達三人は順調に「CROWN」としての階段を上っている。  元々子役として演技に定評のあったアキラとケイタに舞台の話が来ていると知った聖南が、強引に背中を押した事もあった。  CROWNの活動と芝居を両立出来る気がしないと泣き言を言う彼らに、俺がカバーするからと大口を叩いてリーダー面をしてみた。  二人には、役者としての才能が確かにある。  花開き実を付ける寸前で方向転換してしまったため、背中を押すついでに聖南はチャンスを逃すなと発破もかけた。  この時の聖南の中で、何よりも大事だったのは「CROWN」と、そしてアキラ、ケイタ。  優先順位のはっきりした聖南には、その責任があったのだ。  … … …  アイドル人生を歩み始めて七年が経った。  「CROWN」は音楽シーンの席巻のみならず、バラエティ番組のレギュラーをいくつも抱え、聖南はその華やかで整った容姿と恵まれた体躯を活かしてモデル活動をし、アキラとケイタは映画やドラマ、舞台に引っ張りだこである。  事務所の名前を借りなくとも三人それぞれが活躍の場を広げた事で、CROWNはまさに頂点へと上り詰めた。  そうやすやすとは蹴落とされない位置にまできた。  社長、スカウトマン、今は別事務所へと移ってしまったレッスン講師、この三人の采配はまさに的確だったのだ。  新しい住まいに引っ越してきた初日、聖南は今まで使っていた一人がけのソファに座って、感慨深く窓の外に広がる夜景を眺めた。  ワンルームが手狭だったからと、防音とセキュリティのしっかりしたここに決めたはいいが、少しばかり広過ぎた。  二部屋で良かったのに、三部屋もある。  以前のワンルームの部屋が二つはすっぽり収まりそうなほど、今居るリビングも広い。  シンプルなデザインのフルフラットキッチンはとても使いやすそうだが、まず家電を揃えなくてはならない。  細々とした生活用品や、家具もだ。 「あー…めんどくさ……」  忙しい最中に引っ越しをするものではない。  だが何となく、そろそろ住まいを変えたかった。  何かに突き動かされるように事務所から紹介された不動産会社に行き、暇を見つけては様々な物件を見て回ってここに決めた。  ただ独り暮らしには広過ぎる。 この馴染みのある一人掛けソファが、ポツンとリビングの中央に置かれた光景は何とも可笑しい。  馴染まない大きなベッドで眠る気になれなくて、その日は小さなソファで丸まって一夜を明かした。  おかげで体が固くなり、朝から騙し騙しモデルの仕事をこなし、生放送の歌番組のためにテレビ局に入った夕方まで首の凝りが取れなかった。 「痛てぇ…」 「セナどうしたんだよ。 首痛いの?」  衣裳に着替えてからも、落ち着きなくしきりに首を回してストレッチに勤しむ聖南にケイタが近寄る。 「あぁ、寝違えたっぽい」 「そうなんだ。 ヘアメイクさんとこ行って湿布貰ってきたら? 本番前に剥がせばいいんだし」 「ヘアメイクって湿布まで常備してんのか」 「知らないけど、この局で俺こないだ貰ったよ。 舞台練習がハードでさぁ」 「ふーん。 行ってみるわ」  少しでも違和感を緩和したくて、聖南は迷う事なく楽屋を出た。  生放送で失敗は許されないとの思いから、首元に手をやって解しつつ、やや早歩きで廊下を進む。 『お、新人か』  その途中、七、八名のアイドルと思しき女性らとすれ違った。  きっちりと一列に並んで廊下を左側通行している彼女達の先頭には、ここ最近業界で鉄仮面と噂されている佐々木マネージャーが居て、すれ違い間際に「お疲れ様です」と声を掛けられた。  歩みを止める事なく「お疲れ」と返し、何気なく聖南は背後の女性らに目をやる。  聖南の存在にソワソワしている様子の彼女らの中央、やたらと緊張した俯き加減の横顔にふと目を奪われた。 『おぉぉっ、かわいー!』  すれ違っただけなので、この時はまだ横顔がとてもタイプだというだけだった。  寝違えた首が一気に気にならなくなり、湿布は結局必要なくなった。  忙しさのせいか、はたまた過去の影響か、アキラとケイタには打ち明けていたが近頃少々聖南の心がうまく保てなくなっている。  やり甲斐のある好きだと思える仕事をし、もちろん金にも困らず、女にも不自由しない聖南には何の不平不満も無いはずだった。  一目惚れしたその者と本番中に目が合う劇的な瞬間まで、聖南は気が付かなかった。  根付いた侘しさに囚われ、無償の愛を知らぬまま育った幼かった聖南の心が、蓄積された闇によって砕け散る一歩手前のところまできていたのだ。  何か大きな力に手繰り寄せられるかのように、必然的に、この日聖南は…恋に落ちた。

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