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2❥③
バックダンサーの面々は全部で九名。
うち六名は三年以上付き合いのある、レッスン生時代から知る若き精鋭達だ。
しかし左端に固まる三名は確かに知らない顔で、聖南はそちらへ歩み寄った。
すると以前から知るバックダンサー等も集まってきて、聖南達に気付いた新入り三名もガバッと頭を下げて気持ちのよい挨拶をくれた。
「おはようございます!」
「おはようございます!」
「おはようございまーす!」
「ども。 CROWNのセナでーす。 なかなか挨拶出来なくてごめんな」
「アキラでーす」
「ケイタでーす」
「真似すんなよ」
背の高いチャラついた男が語尾を伸ばしたそれに倣っただけなのに、二人がおどけるのでジロ…と睨んでおく。
そのチャラついた男はどこかで見た気がして記憶を辿るも、自己紹介された「ルイ」という名に聞き覚えはなかった。
「歳いくつ?」
「俺っすか? 十九です!」
「俺は二十歳っす!」
「俺も二十歳っす!」
「あぁ、そうなんだ。 ルイっつったか? お前どっかで見た事あんだよなぁ」
バックダンサーの経験はCROWNで初めてだとケイタに説明されて、スキルに関しては全く心配していない。
馴染みのダンサー等と年齢もさほど変わらないようで、入って来た時に感じた和気あいあいな雰囲気がより安心をくれた。
ただ一つ、どこでルイの顔を見たのかと気になってしょうがない聖南は、不躾なほどその顔をジロジロと見詰めた。
「俺、昔子役やってたんすよ〜! 五年くらい芸能界離れて地元帰ってて、最近戻ってきたって感じなんす」
「だからか、見た事あったのは。 事務所は?」
もしかして過去のヤンチャ時代の知り合いではないかと、行き着いた結論にヒヤリとしたがそうではなくてホッと胸を撫で下ろす。
今でこそあまりテレビそのものは見ないけれど、一人で寂しかった聖南は自宅のテレビを四六時中付けっぱなしにしていた。
子役として活動していたなら、チラッと視界に入った事があったのだろう。 腑に落ちてスッキリした。
「今はフリーっす!」
「そうか。 まぁケイタの見立てた三人だから俺は何も心配してねぇ。 一発本番でもいいくらい信頼してるからな」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございまーす!」
じゃ、よろしく…と言い残して立ち去ろうとした聖南は、アキラとケイタがダンサー等と和やかに会話をしているのを目にして立ち止まる。
『……あいつら本番までここに居る気か?』
ここで聖南一人が出て行くと、場の空気が悪くなるかもしれない。
少しだけ考えて、聖南もその場に居る事を選んだ。 新しいダンサーと交流を深めるのもいい。
ここは九名も居るダンサーが寛げるようにだだっ広い楽屋なので、飲み物や食べ物も豊富に置いてある。
聖南はそばの椅子に腰掛けて、CROWNの楽屋にあったコーヒーポットを探した。
しかしそれは見当たらず、手近にあったペットボトルのお茶に手を伸ばす。
人見知りとは無縁な聖南は、しばらく新入り三名と談笑し、特に地方出身で度々方言が飛び出すルイとは妙に波長が合って話が盛り上がった。
程なくしてスタッフからお呼びがかかり、スタジオへと向かう。
廊下に出てスタジオへ向かう道中も、聖南の隣にはルイが居た。
「ところでセナさん、上でLilyの収録やってるって知ってます?」
わざわざ口元に手を添えて耳打ちしてきたので、何事かと思い立ち止まってしまったではないか。
見た目は大人びていても、まだまだ若いルイのはしゃぎようにフッと笑いを漏らしながら、聖南は再び歩き始める。
「んなヒソヒソ声で何かと思ったら。 知ってるよ」
「Lilyって綺麗どころ集めてるやないですか、その中にマジでタイプな子居て!」
「あ、あぁ、そうなんだ」
「俺らみたいなバックダンサーが局に呼ばれる事ってそうそう無いと思うんで、何とか連絡先ゲットする方法ないかなぁ…」
タイプな子、というのが、葉璃扮する「ヒナタ」ではないのかと不安がよぎったが、ヒナタは今日がメディア初収録なので、ルイがその存在を知るはずがない。
少しだけ動揺してしまったけれど、聖南は持ち直して薄く笑った。
連絡先を知りたがっているルイが、葉璃と出会った頃の自分と重なって何とも微笑ましい。
それならば何としてでも自分の力でゲットして、仲を深めてほしい。
聖南もはじめは周囲の協力(主に成田だが…)をあてにしていたが、最後には自分で動かなければ意味がないと奮起した事さえ懐かしく思う。
「そんな気に入ったんだ」
「マージでタイプだったんすよー! 俺ケバい女が好きやったのかも!」
Lilyのメンバーのうちの誰かならば、そういう事になるだろう。
スタイル抜群の美人揃いなのは否定しないものの、Lilyは気が強そうな女性ばかりなのだ。
メイクも濃いし、目線も鋭い。
共演した際にその女豹のような視線が次々とCROWNの三人に集まってくる、異様な居心地の悪さを覚えるほどである。
若いルイには、顔立ちといいスタイルといい、外見だけは他を逸脱するアイドル集団「Lily」がうまそうに見えても仕方がないのかもしれなかった。
葉璃に恋する以前の自分がそうであったように。
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