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2❥②

 スタッフとの打ち合わせを済ませ楽屋に戻ってみると、ケイタが衣装に着替えているところだった。 「あっ、セナ、アキラ、お疲れー! なんか揃うの久々だな!」 「お疲れ」 「お疲れ」  リハーサルまで楽屋で待機との事なので、聖南はコーヒーを注ごうとさっき覚えたポットに近付いた。  紙コップを持ち、蓋をほんの少しスライドさせるだけのなんら難しくない注ぐだけのポットから、味気ない薄いコーヒーを注ぐ。  ただ味はいまいちでも、この香りを嗅ぐと無性に落ち着くのだ。  アキラにもコーヒーを手渡してやり、聖南は菓子パンを食べ始めたケイタの隣に腰掛ける。 「てかセナ、レッスン用の素材渡してくんねぇって何だ?」 「なになに? 何の話?」 「ハルがLilyで影武者やってんじゃん? 自主練素材くれないんだと」 「え、なんで? Lilyの振り付けは素材ないと自主練キツくない?」  聖南の予想通り、アキラに続いてケイタも訝しんだ。  今日の日までほとんど毎日練習に付き合っていた聖南だったが、とうとう昨日までMVでの無茶な練習だった。  CROWNとしての認識では、MVとは曲そのものの世界観を視覚的に表現するものである。  葉璃が持ち帰ってきたMVもまさにそうで、曲にノッたメンバーの表情がアップで撮られているカットも多く、とてもじゃないが練習に適しているとは言えなかった。  大塚ほど大きくも知名度もない事務所だと、予算をケチっている可能性もあるかもしれないので聖南はそこではあまり出しゃばれなかったのだ。 「葉璃が家で振り付け練習してんだけど、素材として渡されたのがMVなんだよ。 葉璃は全体見られるからいい、なんつってたけど、あれじゃ振り覚えらんねぇ」 「MVが素材? 出たてのアイドルじゃあるまいし」 「ハル君はそれで自主練してたの? 可哀想…」 「だろ? Lilyくらい知名度と人気ありゃ、SHDのレッスン生に配ってる素材があるはずなんだけどな。 でも分かんねぇじゃん、内情は」 「まぁな」 「えー…でもLilyだよ? あると思うけどなぁ…」  アキラは聖南に同調してくれたが、他事務所の男性アイドルに振り付け指導を行った経験のあるケイタが首を傾げている。  やはり、ランキング常連であるLilyのダンスレッスン教材がないのは不自然なようだ。  もう少し出しゃばれば良かったと、聖南も顔を歪める。  そして腕時計を見た。 そろそろ本番の録りが始まる頃合いだ。  スタジオで練習してきた振りを体に叩き込んで、自宅でMVを見ながらフォーメーションの確認もしつつ目を凝らして毎晩頑張っていた、葉璃の努力がこの目で見られないのはツラい。 「でも葉璃は覚えたんだよ。 週四でスタジオ通ってやっと形になってきたって喜んでた」 「………ふーん…」 「……ハル君大丈夫かな…?」  ───大丈夫だ、本番にめっぽう強い葉璃なら。  そう思いはしても、抱き締めた小さな体は微かに震えていたから心配でたまらない。  これがETOILEとして収録に来ているなら、現場に行ってもうまく繕える自信はあるが今日は無理だ。  超超超超極秘事項である「ヒナタ」は、CROWNとは何の関係もない。  もちろん現在の聖南ともだ。  LilyとCROWNにも接点は「共演経験がある」「昨年セナが一曲プロデュースをした」というだけ。  きっと心配でしょうがないのはアキラとケイタも同じなので、ゾロゾロと三人で収録現場に押し掛けてしまえば何事かと疑われる。  葉璃が半年間隠し通さなくてはならない、極秘影武者任務。  絶対に失敗は許されないのだ。 …特に外野である聖南達がどれだけジリジリしても、沈黙していなくてはならない。 「そうだ、今日バックダンサー来てたよね?」 「あぁ、隣の楽屋に九人揃ってるはず」 「セナは知らないんだっけ?」 「何を?」 「メンバーが三人入れ替わったんだよ。 今年はスケジュールの都合でツアー出来ないけど、来年はその九人で一緒に回りたいよね!」 「あー、そういえば挨拶がまだだったな」  葉璃と会った時にそんな話をされたが、聖南はその三名とは会った事が無かった。  御礼巡業ではないが、昨年ツアーで回った土地土地で、聖南は一人で地方番組に出演するという仕事を今年の四月まで順に行っていた。  ミュージカルが千秋楽を迎えてすぐからだ。  そのため葉璃とはほとんど会えないし、作曲も滞るし、珍しく体調が悪くなるしで個人的には散々だったが、CROWNの爪痕はガッツリと残せて良い巡業が出来た。  アキラとケイタ、社長、事務所、直属の後輩であるETOILEのために、CROWNは立ち止まってはいられないので、聖南を含む三人は各々の役割を二百%の力を出して頑張っている。 「収録前に会いに行こうか」  菓子パンを食べ終えたケイタがおもむろに立ち上がる。  なんやかんやで今日のリハーサルで合わせる事になったので、聖南もそうするべきなのだが腰が重い。  バックダンサーとはいえケイタが見立てた精鋭達が集まっているのだから、わざわざ聖南が行って恐縮させても悪いと思ったのだ。 「あ? やめとけよ。 俺らが行ったら邪魔になるかもしれねぇだろ。 萎縮させちまうっつーかさ」 「うわ、セナどうしたんだよ。 謙虚〜」 「何言ってんだ。 俺は元から謙虚で慎ましくておしとやかでな、まぁ昔はヤンチャしてたかもしんねぇけど今は……」 「ケイタ、行くぞ。 俺も会いたいし」 「おっけー! 行こ行こ」 「おい! 俺に話振っといてそれはねぇだろ!」  瞳を瞑り、胸元に手をやって悠々と語っていた隙に、アキラとケイタは楽屋を出て行ってしまった。

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