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2❥⑥
何となく心ここにあらずだったトーク録りは、一時間ほど掛かって終了した。
ゲストはCROWNの他に二組居るらしいので、いざ番組でトーク場面が流れるのはおよそ十五分程度にも関わらず、聖南が喋るとどうしても場が盛り上がって長くなる。
「今日は残念ながら髪型がイケてねぇから」などと我儘を言ってケイタを司会者の隣に座らせ、自身は一番端を取った。
案の定、ケイタへのさり気ないボディータッチを聖南は何度も目撃した。
売れ始めたグラビアアイドルは、有名どころはモーションを掛ければ全員堕ちると信じて疑わない節があるので厄介なのだ。
独り身で愛など要らないと思い込んでいた当時の聖南は、何度もその分かりやすい誘惑に乗ってきた口である。
今や、余計なものこそ要らない。
葉璃を愛し、愛してくれるだけで聖南は生命を維持できる。
スマホに「葉璃」の名前が表示されているだけで、こんなにも晴れやかで温かい気持ちでいられる。
「じゃ、後でな!」
「ハル君終わったって?」
「あぁ! 向こうの事務所居るらしいから、近くで拾ってメシ食ってスタジオ入るわ!」
「社長のとこ行くの忘れんなよ〜」
「……あっ………忘れてた」
トークが弾んでしまった事と、葉璃からのLINEで一気に浮かれた事でプロデュースの一件をすっかり忘れ去っていた。
やれやれという表情を隠さない二人に手を振り、聖南は車に急ぐ。
仕方ないが、葉璃も事務所に連れて行こう。
連れて行くとなると理由を話さなくてはならなくなり、「実はイチャイチャを優先したいから断りたいんだ」とは言えない空気になる。
『なんだよ……結局やる方向になんじゃん…』
仕事が嫌なのではなく、葉璃との時間が削られる事が嫌なのだが、それを言うと恐怖の二文字が待っている。
それだけは避けたい。
二度と言われたくないのだ。
愛する葉璃にだけは、絶対に絶対に絶対に、何があってもアレは言われたくない。
『社長の姪ってのが逸材である事を祈るしかないか…』
没頭出来るほどの実力さえあってくれれば、聖南も頑張れる気がする。
自身を過大評価しているわけではないが、やるからには良いものを創りたい。
それは葉璃に発破をかけられるまでもなく、聖南はプロとしての意気込みだけはあると自負している。
「葉璃?」
『あっ、聖南さん! また迎えに来てくれたんですか?』
ヒナタの影武者任務が始まり、時間があれば度々こうして迎えに来る、聖南の車の停車位置はいつも大体決まっていた。
電話越しに聞こえた葉璃の声に、「ん〜♡」と甘い声を上げてデレデレした聖南の瞳に愛しい者の姿が映る。
サイドミラーに映った人影は、小さな鞄を斜め掛けして小走りで車まで走り寄ってきていた。
「あぁ、ちょうど俺の方も収録終わった」
『そうなんですね! もう車に近いから電話切りますよ』
「え、ダメ。 切るなよ、そのままにしといて」
『そんな事言われても……』
途切れた葉璃の声のすぐ後、助手席のドアが開く。
「…ぅんしょっと…。 もう近いって言ったじゃないですか」
「葉璃っっ♡」
聖南の車はSUV車で車高が高く、葉璃はいつも手すりを持って弾みを付けて乗り込んでくる。
その勢いのままこちら側へ来た体に抱き着こうとした聖南は、瞬時に態勢を整えた葉璃に叱咤された。
「聖南さん、外ではダメですよっ。 マスコミがどこにいるか分かんないんですから!」
「さっき会ったのは葉璃じゃなかったから…会えて嬉しくて…」
「朝もぎゅってしてお見送りしたでしょ。 ていうかさっきのも俺だし」
「そうだけど。 葉璃なのに葉璃じゃないって嫌なんだよ。 あーあと半年も影武者やんのか…俺の葉璃が…」
「応援してくださいね」
「……頑張れよ」
「もっと心込めてくださいよ〜!」
「家でぎゅーしてくれたら力一杯応援する。 あ、違うな。 ぎゅーっしてちゅーっしてぎゅーっしてちゅーっ、な」
「聖南さん駄々っ子発動してますよ…」
「葉璃の前では俺は日向聖南に戻んの! 許して!」
歳上の威厳など微塵も無い。
心が通って間もなくして自身の過去をも話してしまえるくらい、葉璃には甘える事が出来る。
好きな人の前ではかっこよくありたいと思うものなのかもしれないが、聖南のこの子ども染みた発言も葉璃は笑顔で聞いてくれるので、ひと時だけでもCROWNのセナを忘れられる貴重な時間なのだ。
走り始めて眼鏡を掛けた聖南の隣で、ちょこんと鞄を抱いて座る天使につい目がいく。
「ふふ…っ、聖南さんほんと可愛いですね」
「はぁ? 葉璃の方がかわいーし。 何言ってんの?」
「聖南さんの方が可愛いです」
「いーや、葉璃だね! 葉璃の方がかわいー!」
「聖南さん」
「葉璃ちゃん」
「聖南さん」
「葉璃ちゃん」
「聖南さ……っっ」
他人には到底聞かせられない不毛な言い争いの途中で、都合良く信号が赤になった。
すかさず聖南は、葉璃の小さな唇を奪って前歯を舐めた。
前方にも左右にも車は居なかったが、後続車は居た。 それでも可愛い唇を一瞬だけ味わった聖南の笑みは深い。
「外では、だ、だめだって…!」
「誰も見てねぇよ」
「…………っ」
もう!と頬を膨らませた葉璃が愛おしくてたまらず、右手を取って絡ませて肘置きに落ち着いた。
「ヒナタとしての初仕事はどうだった?」
用意していた台詞は、浮かれた聖南の脳裏から一時的に脇に追いやられていた。
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