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3♡「ルイ」

 聖南のピアスにあんな美談があったなんて知らなかった。  プライベートでは連絡先も知りませんみたいなあっさりとした関係じゃなく、もっと繋がりの深い兄弟みたいな間柄だなって常々思ってはいたけど…。  荒れていた(多分俺の想像以上)聖南に、まだCROWNとしては駆け出しだった二人があげたピアスには、俺なんかじゃとても分かり得ない大切な思いが込められてる。  とにかく物凄く感動した。  聖南は社長と仕事の話をしに来たのに、俺が泣いたせいで中断してしまい場を乱すのが申し訳なくて、社長室を飛び出した俺は俯いたまま一つ下の階のトイレに駆け込んだ。  社長室がある階のトイレは役員専用と書かれてるから、使うのを躊躇う。 「……ふっ……うぅ…っ」  顔に水をかけて、バシャバシャと豪快に洗って涙を流してしまう。  ひとまず今日のヒナタとしての収録が終わって色んな意味でドキドキしてたのも、聖南が迎えに来てくれた事で落ち着いてきたっていうのに…。  また取り乱しちゃったよ。  だってあんなに感動的な話を聞いたら、CROWNの三人の事をもっともっと好きになってしまう。  いい関係性だなぁ、分かり合えてるなぁって、これまで以上に温かい気持ちが芽生えた。  男同士の友情を超えた先にあるのものは、そう簡単に壊される事のない強い絆だ。  恭也と俺も、そんな関係になれたらいい。  ETOILEのメンバーとして、同士として、そして何より無二の親友として、ずっと支え合っていけたらいいな。 「……わぁ…もうちょっと冷ましてから戻ろ…」  込み上げてくるものが落ち着いた俺の目は、鏡越しにもまだ薄っすらと赤らんでいるのが分かって、おまけにお構いなしに洗ったせいでビショビショだ。 「あっ、ここ紙じゃないんだ…!」  濡れた手と顔を拭こうとしたのに、この事務所ビルはなんとハンドドライヤータイプだった。  何度もこのビルのトイレは利用してるはずなのに、いちいち気にした事なかったからなぁ…。  えぇ…このビショビショどうしたらいいんだよーっ。  この中に顔突っ込むわけにもいかないしなぁ…ていうか顔入らないよなぁ…?  でも濡れたまま戻るわけにもいかなくて、ものは試しでハンドドライヤーに顔を近付けてみた、その時だった。 「…何してるん?」  俺の間抜けな後ろ姿に、方言混じりの声が掛けられた。  う、嘘…人居たの…?  じわ…と鏡越しに背後の人物を確認すると、何故ここに居るのか、それはさっきヒナタの姿で会ったあのチャラそうな男で───。 「あ、自分ETOILEのハルやないの? 何してるんや」 「え…あ、いや……その…」  顔を乾かそうとしてました、なんて…誰が聞いても「は?」って薄ら笑いを浮かべられそうな事を言う気にはならない。  その上、この人はやたらと距離が近いんだ。  さっきだって腕をグイッと掴んでなかなか離してくれなかったし。  顔に付いた水滴が、服や床に滴り落ちる。  何とかうまく誤魔化して外に出て、ワンちゃんみたいにプルプルすれば水気飛ぶんじゃないかな。  チャラ男にジッ…と見下されてるのが分かったから、俺は下を向いたまま少しずつ後退る。  それなのに一歩近付かれて、後退った分がチャラになった。 「なぁ、もしかして顔乾かそうとしてたん? タオルとかハンカチは?」 「……っ! 持ってない、です…」  バレてる! 顔を乾かそうとしてたのバレてる!  そ、そりゃそうだよね…あんな変な態勢してたら誰だって気付くか…。  目を合わせられない俺は、とにかく下を向いてそーっとそーっとチャラ男から距離を取っていく。  すると、俯いた俺の目の前に白いタオルが差し出された。 「はい、俺が使うたやつやけど使えば?」 「…あっいえ、あの…っ」 「なんや。 俺が使うたやつは嫌やって言うんか?」 「いえ! そんな事は…!」 「ほんなら使いーな。 あのETOILEのハルがあんなアホみたいな格好してたらいかんと思うよ」 「アホな格好って…!」  うぅ〜〜〜! なんかムカつくー!  見下されて鼻で笑われる感じがすごく嫌だ。  俺の周りには、こんな「ケッ」みたいな嫌な喋り方する人居ないから、どうしても比べてしまって腹が立った。  ありがたくタオルを使わせてもらうと、この人には似合わないナチュラルな柔軟剤の香りがしてホッとする。  顔と手の水気が切れて安堵し、チャラ男にタオルを返した。 「……ありがとうございます」 「自分さぁ、ほんとに目見らんのやな」 「え……?」  言いながらわざわざ屈んで目線を合わせてきて、驚いた俺はすかさず目を逸らす。  なんだよ…っ、分かってるなら見てこないでよ…!  世間にもすっかり浸透している「ハルは上がり症だ」という事実。  俺は未だカメラの前でのトークだとガチガチに緊張して、いつも恭也が率先して喋ってくれるからそれに甘えてる。  少しずつ直そうね、俺が引っ張るからね、と、恭也は優しく言ってくれるけど、俺だっていつまでもそんなんじゃ駄目だって分かってるよ。  そんな俺が、事務所からもスタッフさんからも世間からもあまり批判がこないのは、本番だけはノーミスでやり切れるからだ。  曲がかかり始めたと同時にスイッチが入る。 どこにどんなスイッチがあるのかは自分でも分からないけど、それは無意識に切り替わるんだ。 「せっかく会えたから言うてしまうけど。 そんなんでいいと思ってんの? 人様の前に出る仕事やろ? アイドルなんやろ? 何を甘えてんの?」 「……………っっ」 「人と話す時は目見て喋らないかんやろ。 そんなんも出来んのに、よくデビューさせてもろたな」 「………………!」 「ずっと不思議やったんよ。 自分、大塚のレッスン生でもなかったやろ? なんでデビューする事になったん? ダンスはまぁうまいと思うけど、トークと笑顔があってなんぼやん。 アイドルなんやし」 「………っ…」  図星な事をズバズバ言われて、せっかく洗ったのにまた涙が出そうになった。  目を見ていないとさらに目線を合わせようと躍起になられて嫌だったから、俺は大人げなく睨み付けるようにしてチャラ男を見上げる。

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