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 なんだか中身が聖南みたいになった恭也と、そんな恭也にタジタジな俺は、林さんに連れられて社長室に赴いた。  そこにはすでに濃いグレーのサングラスを掛けた聖南と、CROWNのマネージャー成田さんが居た。  足を組んでふんぞり返った聖南は何だか機嫌が悪そうで、成田さんはその隣でオロオロしてる。  何やら「まいった」顔をしてる大塚社長は湯呑みを持って窓の外の夜景を眺めていて、二人はソファに腰掛けてるって状況だ。  ……何か……すんごく嫌な予感。  俺達の関係を知る人達だけが集うこの場で、いつもなら俺を見ると「葉璃っ♡」って甘い声で迎えてくれるはずの聖南の機嫌が、見るからに地を這ってそうだ。 「ハル、恭也、来たか。 座りなさい」 「お疲れ様、です」 「……お疲れ様です」  俺達の姿を見るや、あからさまにホッとした様子の社長は振り返って笑顔を見せた。  秘書の女性がお茶とお菓子を運んできてくれて、それに会釈しながら恭也と並んで腰掛ける。  恭也も聖南の異変に気付いてるみたいで、少しだけ俺に目配せしてきた。 「葉璃、恭也、お疲れ。 ……で、アイツはいつ来るんだ」 「まぁそう急かすな。 間もなくだろう」 「ふーん……」  聖南の声が、口元が、見るからに不機嫌だ。 サングラスをしてるのも、その不機嫌さを隠すためのものだってすぐに分かった。  重苦しい雰囲気に、社長室が静まり返る。  誰かが遅れてやって来るという事だけしか分からないから、俺も恭也も林さんも、黙って聖南の圧に耐えるしかなかった。  聖南……ほんとにどうしたんだろ……。  昨日はちょっと荒れてたけど、今朝はすごくご機嫌だったのに。  ……あ、……ヤバイ。 だめだ。  思い出してしまう。  泣きながらもめちゃくちゃによがってしまい、聖南の強過ぎる愛がとっても心地良かった事を、嫌でも思い出してしまう……。  何も喋らない聖南が据わった目で俺を押し倒してきてめちゃくちゃ怖くて、いきなりだったから何が何だか分からないし涙が止まらなかった。  でも、いつも優しい聖南が人が変わったみたいに荒々しくなるのは嫌いじゃない。  そうなる理由が「俺」だって、もう知ってるから。  回らない頭で、体を揺さぶられながら考えてたのは「聖南さんがこんな風になるのはヤキモチ焼いてるんだ、もしくは何か原因があってぐるぐるが始まっちゃったんだ」って事だった。  すぐに検討はついた。  十中八九、ルイさんの事だろうって。  俺がルイさんを睨んでたなんて、完全に無意識だったんだけど……。  なんの因果か、ETOILEの新メンバー候補の一人だって知った俺は今もまだ複雑な心境だ。  ルイさんは悪意の無い嫌味をストレートに言っちゃう人で、周りに居なかったタイプだからほんと苦手だっていうのに、聖南が見せてくれたルイさんのダンスに惹かれてしまった俺がいる。  気だるいようでいて、きちんと左右の二人と息の合ったダンスを魅せる聖南のルーズな動きが、俺はとっても好きなんだ。  あのゆるゆるとした緊張感の無い手足の動かし方は聖南にしか出来ない……そう思ってた。  動画を計三回も繰り返し観ちゃった俺は、聖南によく似た動き方をするルイさんの実力を、まざまざと知ってしまった。  だから今……すごく複雑な心境なんだよ。  嫌味な人で第一印象が最悪だったのに、実力とセンスを兼ね備えたルイさんが、まだ決まってもないETOILEに加入した後の事をついつい考えてしまうくらいには……。 「うぃっす、うぃっす! あれ、俺最後やったんか! お待たせしてすんません!」  バタバタと足音が近付いてきて、勢い良く開かれた扉から走り込んで来たのは、今は聖南とは接触させたくないルイさんその人だった。  相変わらずチャラい様相のルイさんはぐるりと社長室内の面子を見回してから、ソファの端に座ってる俺の隣……の、肘掛けにぴょんと腰掛けた。  地を這っていた聖南の機嫌が、さらに地中へとめり込んでしまったかのように空気が重たくなる。  ルイさんが現れた事で、聖南の不機嫌さに拍車が掛かってしまった。 「来たか、ルイ。 この時間だから手短に言う」 「またいきなりやな。 何ですか?」  社長は語りながら、自身の革張りチェアにドカッと座る。 ルイさんに視線をやる前、チラッと聖南を見たのは気のせい……? 「ルイ、年末までハルの付き人をやりなさい」 「……っえ!?」 「………………」  驚いて声を上げたのは、俺だけだった。  ちょっ、ちょっと待ってよ、どういう事!?  マネキンみたいに微動だにしない、聖南から放たれる重たい雰囲気に身を縮ませてたら、いきなり俺の名前が出てきてピンと背筋が張った。  お、俺なんかに付き人は必要ないよ……っ。  映画の撮影をしてる恭也に林さんが付いていくからって、不満を持った事なんか一度もない。  何なら俺一人であちこち行った方が「成長」に繋がるかなって、ヒナタを遂行し始めてからのこの一ヶ月は余計にそう感じてる。  俺だけじゃなくルイさんも、唐突な付き人の依頼に苦い顔をした。 「いやいや……なんでなんすか? 俺はETOILEには入らんってあれだけ力説したやないですか」 「ルイ、お前ほどの実力でバックダンサーだけを生業としていくつもりなのか?」 「……ダンサーでも充分食っていけます。 俺な、有名になりたいとか金稼ぎたいとか一切思わんのですよ」 「そうでなくとも、少なくともCROWNのバックダンサーとしてうちとの関わりがある以上は、断るわけにもいくまい。 ハルの付き人はやってもらう。 訳あって年内いっぱい、林マネージャーには恭也専属になってもらいたいんだ」 「だからって何で俺が? 大塚のスタッフなんていくらでもおるでしょーが」 「それはな、ルイ。 お前がハルを甘く見ているからだ」 「……は?」

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