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いつも以上に静かな社長室は、普段とは違う大塚社長の真剣な表情と、不機嫌の鬼と化した聖南の圧で空気がずっと重たい。
俺を買い被ってる社長の言葉に「そんな事ないです、俺は甘ちゃんです」って反論しそうになったけど、とても言える雰囲気じゃなかった。
俺の真横の肘掛けに居るルイさんを、黙って見上げる。
「甘く見てるて……俺は思ってること言うただけなんに」
「ここで延々と私に語っていたあれはルイの主観だろう。 とにかくハルの仕事ぶりを見て来い。 それからでなければ返事は受け取らない」
「………………」
「………………」
社長の口振りは、すでにルイさんの気持ちが固まり次第ETOILEへの加入が決定的である事を示していた。
でも……付き人として俺の仕事ぶりを見たところで、ルイさんの意思が変わるとは思えないんだけど……。
それに俺は今、「ヒナタ」が忙しい。
Lilyに関わっている事、俺がヒナタである事はトップシークレットなのに、付き人って言うくらいだからルイさんにバラすつもりなのかな?
何しろ俺が極秘任務に携わり始めてから、林さんはETOILEの仕事よりもLilyを優先したスケジュールを組んでくれている。
週に四日はSHDのレッスンスタジオに出向いている現状で、その事を隠しておく方が難しいよ。
……なんてね。
正直、ルイさんが四六時中一緒に居るなんて耐えられそうにないだけだ。
それなら一人がいい。
気を使うのも、またグサッとくる台詞を言われるのも、ストレスでしかないんだもん。
「あ、あの……えっと……、俺は一人で大丈夫、ですけど……」
どんよりとした悪天候みたいな雰囲気の中、勇気を出してやんわりと断りを入れてみる。
でも社長は俺の断りを遠慮と勘違いして、受け取ってくれなかった。
「心配をするな。 付き人はETOILEのハルだけだ」
「……あぁ……そう、なんですね」
……って事は、ルイさんに極秘任務を打ち明けるつもりはないって事か。
この件は誰が何と言おうと決定事項のようで、俺は「えーっ」と拒否したい気持ちを抑えておくしかなかった。
───ルイさんからの視線を感じる。
すごく感じる。 めちゃくちゃ俺を見てる。
喉がカラカラになってきた俺は、湯呑みを見詰めた。 今は微動だに出来ない。
周囲はみんな黙っていて、普段はおしゃべりな聖南がムッとしたまま一言も発さないせいで、これ以上ないくらい居心地の悪い俺も動けずにいた。
「───なんで俺なん? なんで?」
しばらく俺を見ていたルイさんの視線が、大塚社長の方に移る。
なんでこんな新人アイドル……しかも成長の見えない奴の付き人なんかしなくちゃならないんだって、思ってるんだ。
理解出来ないといった声色が、俺を少しだけ苛立たせる。
ルイさんの言う事も、付き人に戸惑う気持ちも、間違ってない。 でもどうしても「何も知らないくせに」って思ってしまう。
「お前が「ETOILEは恭也で保っている」と言っていたからだ。 ルイは五年、実質十年も業界から去っていて忘れたのかもしれないがな、演者がどれほど日々たゆまぬ努力をしているか、ハルがそれを怠っているのかどうか、その目でしかと見届けろ」
「………………」
「最中にハルの人柄も知るといい。 ハルと恭也、二人のデビューを私自らが急かした意味がきっと分かる」
「………………」
社長……それはやっぱりすごく買い被り過ぎてないかな……?
ネガティブ思考な俺でも、今のはちょっとだけ自惚れちゃうよ。
血反吐を吐くほど頑張ってるつもりなんてない。 まだまだやれるはずだと思ってるのに、俺はすぐ良くない方に考えてしまうし、何より致命的なあがり症はアイドルとして相応しくないとデビューする前からそんな事分かってた。
俺は色んな人に背中を押してもらえてるから、「努力」が出来る。
気付かれなくてもいい、それを見せないようにこなすのがプロだって、俺の大好きな聖南の背中が教えてくれている。
社長が俺を、聖南の恋人だからって色眼鏡で見ないで、きちんと評価してくれてると思うと感動した。
「早速明日からだ。 林、向こう二週間のETOILEのスケジュールをルイに渡しておいてくれ」
「は、はい! すぐに!」
「マネージャーはあくまでも林だからな、ルイはハルの身の回りの世話、つまりサポートだけしてくれたらいい」
「………………」
「葉璃、ルイ、もう決まった事なんだ。 この頑固一徹オヤジが譲らねぇんだよ。 ……分かってくれ」
林さんが慌てて鞄からタブレットを取り出し、成田さんも何故か同じく鞄を漁り始めた。
その隣で、黙りこくったルイさんを見かねた聖南が帝王のようにふんぞり返って社長のフォローを入れる。
いくら決まった事とはいえ、俺にあんまり良い感情を持ってないルイさんの答えこそが……決まってるんじゃないの……?
「……で、でも、百歩譲って俺は良くても、その……ルイさんが……」
「分ーかったって。 やればええんやろ、やれば」
「あぁ、そうだ。 必ずお前の成長にも繋がる。 ハルのサポートをしつつ現場の雰囲気も味わえるんだ。 一石二鳥じゃないか。 ……そしてな、ルイ。 思い出せ、昔の感覚と熱意を」
「……熱意ねぇ……」
チャラい長髪の茶色い髪を掻き乱しながら、ルイさんが渋々と諦めたように承諾した。 ……承諾、してしまった。
今度こそ、「えー…」と小さく漏らした俺の顔を、整った俳優顔が覗き込んでくる。
正論を嫌味で言うこの人は、あろう事かヒナタに惚れてるんだよ。
バレちゃいけない極秘任務を抱えた俺が、「ハル」の間だけとはいえルイさんと行動を共にしなきゃならないなんて……またデッカい枷が増えたんだけど……。
「ハル、番号教えて」
「えっ……? 嫌です」
スマホを手にしたルイさんに、俺は即答した。
なんで教えなきゃなんないのって思いが滲み出たまんま見上げると、仏頂面で見返されて「は? 何言うてんの」と小馬鹿にされる。
こういうとこが嫌いなんだってば──!
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