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 声と表情にムカついてじっとり睨み上げると、ルイさんは「いやいや…」と呟いてテーブルへと手を伸ばし、俺のお茶を飲んだ。  張り詰めた空気の中、俺が飲みたくても飲めなかったお茶をルイさんは一気飲みした。  ほんとにこの人は………サングラスのせいでどこを見てるか分からない聖南の圧が怖くないの? どんな心臓してるの? 「ルイさんには教えたくないんですけど……」 「嫌や言うても社長の命令は絶対やんけ。 観念してスマホよこしーや」 「えっ、嫌だ! 触らないでくださいっ」  よこせと言うルイさんの手のひらが迫ってきて、思わず恭也側に逃げた。  苦手意識から、思いっきり体を捩って触れられないようにすると、ルイさんが「おいっ」と声を荒げる。  無神経にズバズバ言うところだけじゃなく、声が大きいところも荻蔵さんっぽい。 「なんや、俺が汚い言うんかっ? 毎日風呂入ってるわ!」 「そんなこと言ってないじゃないですか!」 「そのキッツい眼が「お前小便したあと手洗わないでしょ」って言うてるやん!」 「それも言ってないです! えっ、もしかしておしっこした後……手洗わないんですか? きたな……」 「いや待て待て、洗うわ! そんな事言うてるどっかの誰かさんはトイレで顔面乾かそうとしてたっちゅーのに。 俺の胸に秘めてたアレ、みんなに言うてええんか? 恥ずかしいんやないの? ハンカチかタオルくらいは持ち歩きーや」 「ああぁっ、やめて! もう言ってるのと同じですよ!」 「───葉璃」 「………………っ!」  ルイさんと言い合っていた俺の耳に、帝王の低い声が届く。 不機嫌なそれは、俺以外の人達の事もドキッとさせたに違いない。  でも、でも、……!  トイレで変な格好してたのをバラすなんて言われたら、穴があったら入りたいどころか今すぐこの部屋から飛び出したくなっちゃうじゃん。  喧嘩腰というより、揶揄いを含んだそれにもいちいちイライラした俺もいけなかった。  恐る恐る聖南の表情を伺ってみる。  サングラスの奥はまったく見えないのに、俺を凝視しているような気がした。 む、と引き結ばれた口元からも、怒ってるのが滲み出ていた。  ……こ、怖い……。  つい昨日、ルイさんと俺との間に漂う親密な空気(聖南の誤解だけど)が嫌でぐるぐるしてた聖南だ。  人見知りな俺が、出会って間もないルイさんにこんなに言い返すなんておかしいんだけど、これは自分でもなぜそうしちゃえるのか説明出来ない。  また聖南のぐるぐるが始まってしまいかねないから、俺は姿勢を正して黙る事にした。  聖南は組んでいた足を床に下ろし、悠然と立ち上がる。 「解散でいいか、社長?」 「あ、あぁ、……いや、聖南は残ってくれ。 レイチェルの件で話がある」 「それって……」 「悪いが、聖南だけだ」 「…………分かった」  あ、……このあと一緒に帰れるのかなって期待してたんだけど。  ほんのちょっとだけ残念に思ってしまうのはしょうがなくて、けれど仕事があるなら仕方ない。  帰りに寄りたいところがあったから、まぁ……いっか。 「ハルが連絡先教えてくれんのやったらどうも出来んな。 社長、俺やっぱ付き人はせん……」  聖南と社長が向き合う中、ルイさんの声でハッとした俺は、これ以上言い合いをしてたくなくてポケットからスマホを取り出した。 「……お、教えますよ! 教えます!」 「はよそうしてくれたらええのに。 これやから甘えん坊やは」 「…………っっ!!!」  甘えん坊やって何! と、言い返そうとルイさんを見上げた視界の端に、サングラス越しの痛い視線が見えた。  ルイさんは、空気を読めない荻蔵さんと明るさの塊である聖南を足して二で割ったような人なんだ。  感情的になったら負けなのに、どうしてこんなに言い返したくなっちゃうのかな。  そもそもこのネガティブで卑屈な俺をイライラさせるって、よっぽどだよ。  もう黙っててほしい。 ルイさんが口を開く度に聖南の視線が痛いんだから。 「ルイさん、これがハルくんの向こう二週間のスケジュールです。 ETOILEとして二人が揃うのは水曜と木曜の準レギュラー番組で、……」 「あぁ、あぁ、今言われても覚えきらんからやりながら覚えてくわ。 すまんな、それでええ?」 「な、なんで俺に……」 「だって俺、ハル様の付き人やし」 「ハル様っ!? 絶対バカにしてるでしょ! あなたのそういうとこが俺は……っっ」 「───葉璃」 「…………っっ……!」  肘掛けに腰掛けたルイさんに見下されてるのも気にいらなくて、立ち上がってまで言い返してた俺の腕を取った、帝王・聖南。  うわぁ、またやっちゃった……!  ほらね……俺って、聖南以外にこうやって激しく言い返すなんてしないんだよ。  それだけルイさんがイラッとさせるような事言うから悪いんだ。 絶対そうだ。  聖南は俺の腕を掴んだままスマホを操作した。 その数秒後、俺の手に握られたスマホが振動し、耳打ちされる。 「葉璃、あとでいいからメッセージ読んで」 「…………!」  こんな状況なのに、聖南の色っぽい声に体がゾクッとした。  分かりました、の意味を込めて聖南を見上げて小さく頷くと、そっと腕を解放してくれる。 「それではルイ、頼んだぞ」 「へいへーい」 「お前という奴は……」  社長と畏まらずに話が出来る人ってCROWNの三人だけかと思ってた。  ルイさんの気のない返事に社長が苦笑を浮かべて、俺達にも「お疲れさん」と声を掛けてくる。  一礼していそいそと出て行く林さんと成田さんの後ろを、恭也とルイさんに挟まれるような形で俺は社長室を退室した。  レイチェルさんの仕事の件で話があるらしい聖南は、その場に残る。  それが何時に終わるのかは分からないけど、出来れば0時を超える前に帰ってきてほしいな。  だって今日は…………。 『先に寝てて。 レイチェルの件、今日は長引きそう』  さっき言われた通り、林さんの車に乗り込んですぐに聖南からのメッセージを確認した俺は、やっぱり「残念」だと思った。

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