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 薄暗いリビングにポツンと居ると、無性に寂しくなってくる。  ダイニングの方に腰掛けた俺は、苦手な手紙というものをしたためている最中だ。  あれから林さんに送ってもらって、恭也ともバイバイして、ルイさんにはフンッと鼻を鳴らして、そのあと自分でタクシーを呼んで向かった先は二十一時まで開いてるケーキ屋さん。  予約していたものを受け取って、いつ聖南が帰ってきてもいいように灯りを暗くしてから、かれこれ二時間ちょっと。  今日は長引きそうだっていう聖南からのメッセージを見た俺は、そうは言ってもそんなに遅くはならないだろうと踏んでたんだけど……。  もうすぐ日付けが変わる。  去年もの凄くど派手なサプライズプレゼントをあげちゃったから、今年は何にしようかすごく迷った。  迷って、迷って、迷って、……何も用意出来てない。  強いて用意出来たと言えば、甘いものが苦手な聖南のため、ビターチョコクリームを使ったかなり甘さ控えめのホールケーキだけ。  聖南の見様見真似でコーヒーを淹れる支度をして、2と5のロウソクも引き出しに隠して、肝心のケーキは箱に入ったまま冷蔵庫の中で待機中だ。  今年は何もあげるものがない俺は、短いけど手紙を書く事にした。  俺を選んでくれてありがとうという気持ちと、いつもいつでも好きですって想いをどうにか伝えたくて、書いては消してを今も繰り返してる。  ───その時だった。 テーブルに置いてたスマホがブルブルと振動した。 「うわっ……。 ……なんだ、春香か……」 『なんだとは何よー! 失礼な弟ね!』  画面に表示されてたのは、期待してたその人の名前じゃなく双子の姉の春香だった。  俺が実家を出てからめっきり会う事も少なくなったのに、「なんだ、春香か」は自分でもちょっとどうかと思う。 「ごめん……てっきり聖南さんかと……」 『え? セナさん帰ってきてないの? だってもうすぐ……』 「うん、そうなんだ。 仕事で遅くなるとは聞いてたんだけど……」 『仕事ならしょうがないね。 ねぇねぇ、今年はどんなプレゼント用意したの?』  ───ギクッ。  たまに忘れがちになるけど、こういう記念日事にウキウキするらしい春香はれっきとした女の子なんだった。  まさに去年も、この春香の大それた提案のおかげであんなにも聖南を喜ばせてあげられた。  あれを超えるものは、たぶんこの先一生してあげられない。  俺には大それた提案も気の利いた名案もまったく浮かばないから、だから今ここにケーキしかないんだよ。 「………………何も」 『………………え?』 「何も用意してない」 『ケーキも?』 「いやケーキは用意したよ。 プレゼントは、……」 『あ、……もしかして去年に勝るものナシって感じ?』 「そうだね……。 去年も俺がプレゼントに悩んでたとこで、春香がライブ出演提案してくれたんだよ」 『あはは……! そうだったね。 あれやっちゃうと二年目からキツいよね〜!』 「キツいなんてもんじゃないよ……。 去年のサプライズライブが最高潮だった。 俺にはもうあげられるものが何もない」 『出た、ネガティブ!』  これは得意のネガティブなんかじゃない。 悲しい現実だ。  俺は聖南に愛されるだけ愛されて何も返せてないなって常日頃から思ってるのに、こういう時にそれを痛感してしまう。  精神的な面で支え合えてるんだから、「物」なんて要らないと聖南ならきっとそう言う。  でも俺は、考えたところで一つも浮かばないけど、何かをプレゼントしたい気持ちはある。  一生残るような、思い出にもなるような、そう……例えば、アキラさんやケイタさんが聖南に特別な思いを込めて贈ったピアスみたいな、些細だけれど素敵な物を……。   『セナさんの好きなものって何なの? 趣味とかさぁ』 「うーん……。 聖南さんって昔からお金持ちだから欲しいものは全部自分で買ってるし、何でも持ってるし、今の趣味は曲作りだって言っちゃうような人だから……何をプレゼントしたらいいのか全然分かんない……」 『じゃあほんとにケーキだけ? っていうかケーキすら要らないよって言ってくれそうだよね、セナさんは』 「まぁ……うん、そうなんだけど。 実は今、手紙書いてた」 『手紙?』 「……そう。 日頃の感謝を伝えたくて……」 『日頃の感謝って……それは誕生日に書くべきじゃないよ。 せめてラブレターにしたら?』  ええっ……ラブレター……っ?  春香にそう言われて下を向くと、何の変哲もない書きかけのメモ紙が急に恋のピンク色に見えてきた。  でももしこれがそうなら、あまりにもお粗末過ぎる内容だよ。  いつもありがとうございます、っていう文章が四つも出てくるこれは、やっぱり感謝の手紙としか言いようがない。 「ね、ねぇ春香。 電話掛けてきたって事は、何か用事あったんじゃないの?」 『そうだった、すっかり忘れてた。 葉璃、ETOILEの仕事の合間に、ほんのちょっとでいいからこっちのレッスンスタジオ来てくれたりしない?』 「えっ? なんで? どうしたの?」

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