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俺は時計を見ながら、春香の話に耳を傾けた。
memoryとは、俺も一昨日までお世話になってたダンススクール内の女の子だけで結成された七人組アイドルグループで、今や素人さんがmemoryの曲と振りをアレンジして動画サイトに投稿するのが流行ってるくらい、大人気らしい。
俺が初めて春香の影武者した時よりもさらに人気グループへと成長していて、半年に一回くらいの大きな歌番組の特番ではETOILEと出演が被ったりもする。
気心知れた彼女達とは、その都度労い合うのが通例だけど、そういえば年末の特番以来みんなとは会ってない。
あまり弱気な発言をしない春香がわざわざ電話してきた話の内容っていうのが、来月中旬にドームで行われる生特番用の楽曲の振りがうまくいかない、というものだった。
「……へぇ……春香がそんなに言うなんて珍しいね」
『うん。 葉璃の空いた時間でいいの、動き見てくれる?』
「俺でよければ行くよ。 力になれないかもしれないけど、早速明日にでも」
『ほんとっ? 良かった、嬉しい〜! 美南たちも葉璃に会いたがってたから喜ぶよ! あと、佐々木さんもね』
ふふ、と笑う春香は、佐々木さんが俺を好きだった事を知っている。 ……俺が佐々木さんに告白される前からだ。
女の子はそういうのに敏感なんだろうけど、好意を断ってしまった事について今もほんのちょっとだけ罪悪感があるから、他人事だと思って面白がらないでほしいな……。
俺とは真逆の性格で、意外と乙女な春香が振り付けの出来に悩んでるなんて尋常ではない事態だから、行けるものならすぐにでも行ってあげたい。
どんなに性格が合わないと思っても、切っても切れない縁で繋がった大切な家族だしね。
「みんなも佐々木さんも元気にしてる?」
『元気よ! 今年の冬から春にかけてツアーも決まってるし病気なんてしてられない! まだ五ヶ所だけど嬉しいよ〜!』
スマホを耳から遠ざけてても聞こえた、春香の盛大な喜びの声に笑ってしまった俺は、明日の仕事終わりに連絡するとだけ伝えて通話を終了した。
そっか……いよいよツアーが決まったんだ。
……おめでとう、春香。
ここぞという時にいつも怪我しちゃう不運な星の下に居た春香だけど、最近は絶好調みたいでほんとに良かった。
相変わらずあのテンションと勝ち気な物言いは苦手だけど、あれが春香なんだから今さらだ。
「あ、……過ぎちゃった」
スマホをテーブルに置く際に見えた画面には、0:05と表示されていた。
長引きそうって言ってたのは仕事だから別にいいんだけど……一番に言いたかったのにな。
今年は何も用意してなくてごめんなさい。 気が利かない恋人でごめんなさい。 いっぱいぐるぐるして、聖南をわずらわせてごめんなさい。 聖南を不安にさせてごめんなさい───。
これら一文ずつのあとに「いつもありがとうございます」と付いてる、下手くそな手紙が寂しくテーブルの上で聖南を待つ。
俺は数分くらいそのメモ紙を見詰めて読み返してみると、やっぱりこれじゃ謝罪の手紙にしか見えなくてペンを握り直す。
春香の助言通り、このメモ紙がたちまちピンク色に染まるよう最後に一文付け足してみた。
『聖南さん、大好きです。 いつもありがとうございます』
「うぅぅっ、……恥ずかしい……っ」
ペンを走らせたその拙い字での告白は、スマホで文字を打つのとも、言葉にするのとも違う。
まるでファンレターを書いてるみたいな感覚だけど、卑屈な俺が頭を悩ませて書いた文だと、聖南ならきっと分かってくれる。
家主の帰宅を待っていても良かったけど、俺はそっとペンを置いて寝支度を始めた。
シャワーを浴びてから聖南のパーカー(もうほとんど俺のもの)に袖を通すと、広いベッドの端っこに転がった。
書斎で夜遅くまで曲を作ってる時は、物音が聞こえるから聖南の存在を感じられるのに、今は何にも聞こえない。
時々メロディーを口ずさむ素敵な声も、聞こえない。
仕事だからしょうがないって分かってるんだけどな……。
「…………聖南さん……」
布団を頭から被って体を丸める。
瞳を瞑ると、異国の美しい女性と聖南が二人きりの部屋で顔を寄せ合い、共に一つのものを創ろうとする密接な姿が思い浮かぶ。
誰が見てもお似合いな二人のその光景は、俺の余計な妄想だ。
───早く眠らなきゃ。
この妄想が大きくなったら危険だって事くらい、俺にも分かる。 ぐるぐるが始まる。
だって深夜だよ。
月が綺麗に見えて、都会ではちょっとしか見えないお星様もとってもロマンチックで、美しい男女が寄り添い合ってたら何かが始まっちゃうかもしれないんだよ。
馬鹿げた妄想で息が苦しくなってきた。
聖南は仕事をしてるだけ。
……分かってるのに、ちゃんと理解してるのに、なんなら「仕事をしない聖南さんは嫌い」って以前そう強く豪語した俺が、ぐるぐるしてちゃいけない。
今日は、聖南の誕生日なんだから。
『聖南さん、お誕生日おめでとうございます。 産まれてきてくれて、俺を見付けてくれて、ありがとうございます』
0時きっかりに、聖南に言いたかったこれは毎年言うと決めていた。
不遇な少年時代を過ごした聖南には、俺と出会ってくれた事、産まれてきてくれた事に感謝しかないと、一番に伝えなきゃと思ってた。
「……お誕生日おめでと、……聖南さん……」
相手は居ないけど、俺はメソメソしながら布団の中で呟いて……ぐるぐるが激しくなる前に眠りについていた。
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