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「……はーる」  深い深い眠りの中で、大好きな人の声が俺を呼んだ。  早く帰ってきてよ。 会いたいよ。 ……という気持ちが強過ぎて、夢にまで聖南が出て来ちゃってる。 「なぁなぁ、はるちゃーん」 「ん、うっ……」  また呼ばれた、と思った次の瞬間、お腹辺りに何かが乗った気配がしてさすがに目が覚めた。  薄っすらと開けた瞳が捉えたのは、俺が未だにドキドキしちゃう眼鏡姿でニコニコな聖南だった。  ちっとも悪びれない声色で「起こしてごめんな」と笑顔を見せている。 「ただいま」 「……あ……聖南さん……、おかえりなさい。 お疲れさまです」 「ん、お疲れ。 起こして早々悪いんだけど、葉璃、もうひと声」 「え……? もうひと声……?」 「うん、うん、もうひと声」 「………………」  聖南さんだぁ……とうっとりしてた俺の上で、数時間前とは打って変わって上機嫌な聖南が、耳に手をあてて訳の分からない事を言ってくる。  寝起きで頭が回らず、不意打ちで聖南の眼鏡姿を見た俺はドキドキしながら視線を彷徨わせて考えた。  もうひと声って、何だろ……?  普段は俺が先に寝てたら絶対に起こそうとしない聖南が、俺を叩き起こした。 体格がまるで違うのに、甘えるように俺のお腹の上に乗っている。 しかも、思わず「可愛い」って言っちゃいそうなくらいめちゃくちゃニコニコ。  こんなにご機嫌な理由って……。 「……あっ! お、お誕生日おめでとうございます!」 「ありがとうーっ、葉璃ーっ♡」 「んむっっ」  待ってましたとばかりに上体を起こされて、その喜びを表現するが如くぎゅむっと力いっぱい抱き締められた。  それはもう、息が苦しくなるくらい。 「手紙読んだよ。 葉璃らしさ全開でめちゃくちゃ萌えた。 ありがとな」 「えっ、あっ……あ、あれもう読んだんですか……っ?」 「うん。 感謝と謝罪が交互に入ってて可愛かった。 謝ってんのかありがとうなのか分かんなくて笑っちまったよ。 でも葉璃の気持ちは伝わった」  聖南はやっぱり、俺を起こさないようキッチンでコーヒーでも飲もうとしてたのかもしれない。  不自然に用意されたコーヒーメーカーと、キッチンからちょうど目に入るあのメモ紙はそういう意味で置いてはいたけど、改めて思い返すとあまりにも下手くそな文章で恥ずかしくなってくる。  最後の一文は余計だったかな、とかね……。  ただ、聖南が俺を叩き起こすほど喜んでくれたなら、書いて良かったよ。  何度も耳元で「ありがと」と感謝を伝えてくる聖南には、俺が一番そう思ってるんだもん。 「…………聖南さん」 「ん?」  やっと寝起きでぼんやりしてた頭が働き始めた俺は、聖南の体をベリッと剥がして手のひらを握った。  誕生日の聖南に、一番に言いたかった事は忘れちゃいけない。 「お誕生日おめでとうございます。 産まれてきてくれて、俺を見付けてくれて、ありがとうございます」 「………………っ!」 「ほんとは一番に言いたかったんですけど、……寝ぼけてて……すみません」 「……葉璃ー……」  驚いた表情で俺を見詰めていた聖南は、眉をハの字にして感動の面持ちになった。  聖南が産まれなかったら、俺は聖南に見付けてもらえなかった。 愛してもらえなかった。  今まで何気なかった誕生日という記念日が、聖南と出会ってからは格別な日になったんだ。 自分の誕生日よりも、聖南の誕生日の方が嬉しいんだよ。  大好きな人が産まれた日だから。  感極まってる様子の聖南に、またぎゅっと抱き締められる。  今度は慈しむように優しく。 「───あ!! 今何時ですか!?」 「今? ……ん、……一時半」  穏やかな時間と温かな体温ですぐにでも寝てしまえそうだった俺は、もう一つ大切な事を忘れるとこだった。  まだ俺の太腿の上に居る聖南の両肩をパシパシ叩いて、退いてと急かす。 「あ、あの、じゃあ、食べるのは朝でもいいんで願い事だけでもしましょ!」 「願い事? ……あぁ、もしかしてケーキ買ってくれたのか?」 「はい! 聖南さん用の甘くない特製ケーキです!」 「マジか。 葉璃、元気だなぁ。 かわいー♡ 好きー♡」 「聖南さんが帰ってきたからです!」  聖南が俺の上から退いたと同時にベッドから飛び降りた俺を見て、男前度がさらに上がってる眼鏡聖南がククッと風雅に笑った。  思ったより時間が早かったから、ちゃんと誕生日の儀式もしないと気が済まない。  これまでの人生で、聖南は家で誕生日を祝った事がないなんて聞いたら、張り切っちゃうよ。 「おぉ、豪華だな」  冷蔵庫から取り出したダークチョコのホールケーキには、フルーツが盛り沢山のっている。  聖南はあんまりフルーツの類も食べないから、ケーキはともかく俺が「あーん」ってしてあげれば瑞々しい果物も食べてくれそうだと思った。  火を使うから箱を遠ざけていた俺の腰を、自然に抱いてくる聖南。  ……聖南が帰ってきて嬉しい。  まだこの家に住み始めてそんなに経ってないのに、帰ってくるはずの聖南が居ないと寂しくてたまんなかった。  俺は無意識にはしゃいでる事にも気付かず、数字のロウソクを両手に持って、優しいお兄さんな顔をした聖南を見上げる。 「でしょでしょ! 聖南さん二十五歳で合ってますよね?」 「……あぁ」 「なんでムッとしてるんですか。 今日その下唇ずっと見てますよ」 「だって今日から一ヶ月は俺と葉璃 七歳も差があんだぞ。 葉璃が祝ってくれるから誕生日は嬉しいけど、歳の差が開くのは嫌だ」 「……まったく……子どもじゃないんですから……」

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