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翌朝、俺は不機嫌なのを隠そうとがんばってる聖南にSHDのレッスンスタジオまで送ってもらった。
なんたって、記憶が飛んじゃうくらいの激しいエッチをして爆睡してたところに、今は火種でしかないルイさんからの着信で二人して飛び起きたんだ。
……朝の七時に。
『おはよーさん! 今日は十三時からB局で撮影らしいなぁ、朝はゆっくりのんびり寝てるやろと思て起こしたったよー。 二度寝したらいかんからな? あ、てか自分、家どこなん? 俺迎えに行かなやろ、付き人やし?』
『……おはようございます。 お迎えはいらないので、直接B局まで来てください』
『え〜? せめて大塚の事務所までは迎えに行くつもりでおったんやから、それくらいさせてぇな』
『……じゃあ、事務所までお願いします。 それでは』
聖南の口を塞いでいた俺は、スマホを遠ざけて急いで通話を切ってしまう。
今にも「ルイてめぇ…朝からうるせぇ」って言い出しそうな顔をしていた聖南は、俺の手からスマホを取り上げて熱ーいキスを仕掛けてきた。
危うく朝から「二時間」が始まっちゃいそうだったけど、今日はLilyの方のレッスンスタジオに行かなきゃならないから、渋々と聖南は自重してくれた。
Lilyは来月の生特番では二曲披露の予定で、そのうちの一曲は去年聖南がプロデュースした楽曲だ。
まだ秘密にしてるけど、いずれバレちゃうからその時までに完璧に振りは覚えていたい。
刺さる視線は冷たいままだけど、聖南が背中を押してくれた日から割り切る事が出来てるから、重たい雰囲気のレッスンもそんなに苦じゃなくなった。
あっという間に午後の仕事の時間になって、俺は帽子とマスクを装着して電車に乗り込む。
事務所の駐車場でほんとに待ってたルイさんの車(何だか落ち着く国産のセダンだ)で、俺単独でのバラエティー番組の収録を終えた。
こないだの生放送の時も、やいのやいの言いながら俺の支度を手伝ってくれていたルイさんは手際がいい。 スタッフさんとの距離感はアレだけど、ちゃんと気も利く。
手汗がヤバイからずっとおしぼりで手を拭いてた俺を見て、「潔癖症?」と聞いてきたルイさんにはフンッて鼻を鳴らしておいたんだけど。
「これケツやろ? 家送るけどどこなん?」
「あ、いや、あの……」
春香のところに行くつもりで返事を渋った俺は、ルイさんの長い追及に遭ってしまった。
掻い摘んで事情を説明し、付き人を全うするルイさんからやむなく相澤プロのダンススクールまで送ってもらう事になった。
何時になるか分からないから帰ってていいって言ったのに、ダンスなら俺に任せろなんて大口を叩いたルイさんは、スタジオの隅にドンと居座っている。
「みんな……久しぶり」
「葉璃! 久しぶりー!」
「葉璃ー! ETOILE見てるよ〜! もうっ、すーぐ売れっ子になっちゃって!」
「全然こっちに来てくれないから寂しかったじゃんー!」
俺が来る事を春香から知らされてたみたいで、memoryのみんなが俺を取り囲んで久々の再会を喜んでくれた。
こんな事思っちゃダメなんだろうけど、同じ女の子でもLilyのメンバーとは大違いだ……。
「葉璃、元気そうだな」
曲を通して振りを見せてくれるらしいから、俺は出入り口付近でみんなを見渡せる位置に立つ。
すると背後から声を掛けてきたのはmemoryのマネージャー、佐々木さんだった。
「佐々木さん……! お久しぶりです!」
「葉璃の活躍見てるよ、それはもう食い入るようにな。 全番組を録画できるBDデッキとデカいテレビ買った。 引っ越さねぇと今の部屋とテレビが釣り合わない」
「えぇっ? それ、俺のせいですか……?」
「そう、葉璃のせい。 いいやつ買わねぇと画質も悪いし、てか大画面で葉璃見たいし」
「佐々木さん……聖南さん公認だからってぶっちゃけ過ぎですよ……?」
「あぁ、悪い悪い。 セナさんも元気そうで何よりだ。 ……ところで、あの用心棒は?」
聖南と結託?した佐々木さんはいつからか俺のファンを公言するようになっていて、包み隠さずそのファンっぷりを伝えてくるから困っちゃうよ。
好意が別ものになってホッとしてるけど、これはこれで照れくさい。
そんな佐々木さんが指差した先には、真剣にmemoryの振りを見ているルイさんが居た。
「あ、あぁ……ルイさんっていいます。 年末まで林マネージャーが恭也専属になるので、あの方が俺の臨時マネージャーに」
「……ふーん……。 どこかで見たことあるなぁ」
「昔子役をしてたらしいですよ」
「……へぇ……」
「……………?」
何やら首を傾げていた佐々木さんは、俺に会うためだけにスクールに寄ったとかですぐにバイバイとなった。
それから約二時間。
Lilyと同じく二曲披露するmemoryの所見の振りを、俺も覚えてみながら春香の動きを入念に見てみた。
春香が悩むほど動けてないようには見えなかったけど、二曲ともが彼女達には真新しいハウス系だから迷うのもしょうがないのかもしれない。
本番まではまだ一ヶ月近くあるし、俺も来れる日は来るよと約束して、二十一時にはルイさんとスクールを出た。
隅にジッと座って俺達の練習風景を見ていたルイさんは、車に乗り込むなり感心したように俺を見る。
「すげぇ、ハルっぺもうあの振り覚えたんか?」
「は、ハルっぺ!?」
「あだ名作ったんよ。 結構気に入ってるんやけど、どう? ハルっぺ」
「気に入らないですけど、もう好きに呼んでください……」
「ていうか、ちょっと見直したわ」
「え……?」
───ビックリした。
俺を散々「甘えん坊や」と呼んでいたルイさんの口からそんな言葉が出るなんて、何か裏があるんじゃないの。
内心疑ってかかる俺の心中を呼んだ運転中のルイさんが、「いやいや」と首を振った。
「俺の中での印象は甘えん坊やに変わりないけどな、ダンスのセンスと振り覚えの早さは並やない。 俺には理解出来ん振りやからほとんど覚えてないんよ、やからすげぇって言ってる」
「……褒めてくれてるんですか?」
「褒めてないわ。 すげぇと思ったからすげぇって言ってるだけやん。 勘違いせんとき」
「なっ……! 勘違いしません!」
「なぁなぁ、ハルっぺ家どこ?」
「えっ、あっ、……じ、事務所でおろしてください」
「なんで? さっきも事務所とか言うてたし。 家知ったとしても押し掛けてどんちゃん騒ぎしたりせんよ、俺?」
「いや、そんな心配してるわけじゃ……っ。 とにかく事務所で!」
「…………分かったわ」
訝しむルイさんを見送って事務所で聖南の迎えを待つ間、今日一日がすごくすごくすごく長く感じた俺は溜め息ばかり吐いていた。
はぁ……なんかめちゃくちゃ疲れるぅ……。
これがあと半年も続くの……?
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