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何の脈絡もなく突然ベシッとおでこを叩かれて、聖南は我にかえった。
「楽しかったか?」
起立したアキラに冷たくそう言われ見上げると、冷めた視線が向こうからも飛んできていた。
菓子パンを頬張ったケイタである。
「そのハガキ、セナの指圧でヨレヨレになってる」
「え……」
左手にあったリスナーからのハガキが、ケイタの言う通りの形状になっていた。
おかしい。 今の今まで葉璃と熱い夜を過ごしていたはずなのに。
アキラが「行くぞ」とスマホの画面を見せてきた時刻に、聖南は今度こそハッとして勢い良く立ち上がった。
「うわ、もう本番始まるじゃん!」
「十分前、五分前もセナに声掛けた」
「そうそう〜でもセナ、どこか遠くに行ってたもんね〜」
呆れ返ったアキラと、しみじみ聖南にぼやくケイタによって、聖南が今「遠く」に行っていた事を自覚させられた。
仕事の現場で時間も忘れて回想に耽るなど、聖南にとってもなかなかある事ではない。
葉璃に思いを巡らせてキュン…♡とはしても、きちんと仕事をしないと嫌われてしまうのでタイムスリップには気を付けていたのだが。
「悪りぃ、完全に飛んでたわ」
「だろうな」
「いいなぁ〜いいなぁ〜俺にもそんな相手欲しい〜!」
アキラとケイタは、聖南がどこへ飛んで行っていたか語らずとも知る。
一枚目のハガキしか目を通していない聖南を含む三人は、急いでブース内に入り、スタッフらに合図をして所定の位置に掛ける。
聖南は時刻を確認した後に台本を開き、ケイタはノートパソコンを広げ、アキラは台本と控え室から持ち込んだハガキを目の前に置いていった。
そしてそれぞれがマイクの微調整を行った頃、スタッフから一分前の指示が飛んでブース内が静まり返る。
『こんばんは〜時刻は二十一時五分を回りました。 土曜の夜、皆さんいかがお過ごしですか』
番組タイトルコールから続けてCROWNの持ち歌が一曲流れた後に、聖南はマイク越しにリスナーへと語り掛ける。
回想によって準備を怠った後ろめたさから、台本通りの堅苦しい文面を読み上げたのだが、これが二人の失笑を買った。
『セナらしくない! もっとおちゃらけなよ!』
『真面目に仕事に取り組もうと思って』
『いい心掛けだけどな、いきなり過ぎて気味悪い』
『なんでだよ。 俺は……じゃなくて、どうも、セナでーす』
『ケイタでーす』
『アキラでーす』
『三人合わせてぇ、……はいせーの、CROWNでーす』
一度手を打ってのケイタの「せーの」に、アキラと聖南は顔を見合わせた。
なんだそれは、とケイタを見やり、聖南はBGMのボリュームをやや下げる。
『おいケイタ、それなんかダサイ』
『ちょっとちょっと、なんで言ってくんないの』
『いやそんな事言うの初めてじゃん。 三人合わせてCROWNでーすなんて。 見ろよセナのこのドン引き顔』
『せーのって言ったよ? 俺達もう十年以上の付き合いなんだから、そこは阿吽の呼吸でいこうよ』
『分かるか、そんなの』
アキラの突っ込みにケイタは肩を竦め、もう一度手を打つ。 気持ちを切り替えたかったらしい。
台本通りに進行していくべく、聖南は足を組んで手元のボタンを押した。
軽やかなBGMと、聖南のタイトルコールの声にエコーが掛かる。
『えーっとな、今日はみんなも大好き恋愛相談特集でーす』
『大好きなのはケイタだけじゃね?』
『恋愛相談は大好物だね! 片想いも両想いも最高じゃん! 役柄的にスパダリ系多いからさぁ俺。 どんな悩みもズバッとビシッとお答えするよ!』
『今リア充なのはセナなんだから、セナが答えた方がいいだろ』
『えぇっ! 俺にも答えさせてよ!』
『はーい、まずは一通目のお便りアキラよろしく』
促されたアキラが、事前にピックアップしていたハガキを手にマイクに向かう。
対面位置に居る聖南は水を一口飲んだ。
『ラジオネーム、"アキラ推しからセナに変更"さん』
『おっ? この子前送ってきてくれたアキラ推しの子じゃね!? 俺にしろって言ったの聞いてくれたんだ』
『俺からセナに鞍替えしたんだ。 ふーん、そうなんだ。 読むのやめよっかな』
『アキラ拗ねんなって〜セナが喜ぶだけだよ?』
『はっはっはっ! やっぱ俺の魅力には敵わなかったっつー事だな』
『……次送ってくる時は「セナからアキラに最終変更」な。 信じてるぜ』
『うわ、見てよセナ。 アキラのガチ拗ね』
『男の嫉妬は見苦しいぞ、アキラ』
『セナは絶対それ言えねぇだろ。 お前ほど嫉妬狂いの男見たことねぇよ』
『それは認める』
『認めちゃうんだ!』
聞き覚えのあるラジオネームにはしゃぎ、聖南とケイタはリスナーには見えもしないのに腕を組んで大袈裟に頷いた。
鞍替えされたアキラは聖南をひとイジリして満足し、ハガキに視線を戻す。
CROWNのラジオ番組は放送開始から八年が経った今も、度々話が脱線傾向にある。
『話逸れた。 えー…私には今好きな人が居ます、相手は六つも年下で、職場の後輩です、仕事上では普通に話したり出来るんですがプライベートでの関わりが一切ありません、どこから進めばいいか分からないので、CROWNの皆さん、アドバイスと喝をお願いします……との事です』
『年下かぁ。 しかもそこまで仲良くない感じ?』
『みたいだな。 連絡先交換するほどではない仲?』
ケイタとアキラが頷き合っているのを横目に、聖南はチラと葉璃を蘇らせていた。
来月の葉璃の誕生日までは七歳差ではあるが、聖南と葉璃も六つ歳が離れている事を思い出したのである。
しかも職場の後輩で、連絡先も知らないなどとは思い当たる節があり過ぎた。
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